第31話 やっぱり最後は父上
1545年 2月
今回の戦について話があると父上に呼ばれた。
そこには神妙な顔をしている父上以外に不機嫌そうな英雄、宗滴殿と今回は珍しく出兵に参加した景隆殿がいた。
そして俺の後に、一番最後だからか、気まずそうな鷹瑳が来た。
「全員来たな。では太郎左衛門殿、頼む」
「その前に宗滴殿、景紀殿が未だのようですが?」
「アレはうるさいから置いてきた。始めるぞ」
父上が会議の開始を告げる。ちなみに太郎左衛門は宗滴殿のことだ。父上はそう呼んでる。
生まれた当初は諱を呼んではいけないと思ってた。だけど皆普通に諱で呼びあってるし書状にも書いてる。寧ろ諱で呼ぶのは諱を教え合う程仲が良いということらしい。また下の者が上の者に対して諱に殿や様を付けるのは最上の尊敬の証らしい。無論、諱を呼び捨てにしたら切り捨てゴメンだ。
それに諱を呼ばれて凄く切れる人もそんないない。
それでは父上は宗滴殿を尊敬していないのかと言われるとそうではない。国主が目上の者を作ってはならないからだ。しかし宗滴殿は父上の治世においての恩人でもあるし、尊敬出来る人だ。なので別名で呼んでいる。マァ、そこらへんは人によりけりだろう。
「では率直に言う、今回の戦で道三が降伏したのは真田の小倅のせいだろう」
真田の小倅って。貴方からすれば誰だってそうだろうけどさ。と言うか「せい」どういうことだ?
「真田の指揮のままいけばおそらく道三を討てただろう。それを分かったからあの禿坊主は降伏したのだ。頼純を蜂起の旗頭にする事で美濃において我等に呼応する者も多かった。美濃の混乱で頼純を餌に敵を叩く作戦も上手く行ったはずだ。一万以上の兵を幾つかに分断させて行う連携の準備もしていたのだからな」
なるほど、
てか、宗滴殿の言う事が本当なら道三を討てたのか。孝綱凄え!
「だがあの坊主はそれを見抜いていた。そしてそれを上回りおったわ。頼純も奴の手に落ちたお陰で今後の内応も、真田の考案した散兵の闘い方も今後は通用しないだろうな。我等の敗北は奴に時間を与えたことだ」
フゥっと一息吐いて喋りを続ける
「今川を呼応させ、頼純と朝倉の戦後の取り決めを探り当てたのだろうな。そして不満があることも。婚約話も見事じゃった。己と傀儡をよう守りよる」
チラッと俺の方を見る宗滴殿。
「真田がもっと早く朝倉に居れば勝てたかもしれん、然れど今回は真田が美濃の情報を学ぶ時間が敗因じゃった」
......と言うか、さっきから悔しそうなことをずっと言ってるのに何で表情も声色も一切変わらないんだ?このおじいさん。
もうちょっと、こうさ...抑揚とかアレばマシになるんだけど...怖えよ。
茶化なさいと呑まれそうだな。
以上だ。
そう言って宗滴殿は話を終える。喋った本人はそんな風に見えなくても、家中随一の将が敗北したと断言したからか周囲に沈黙が籠る。
そんな中で鷹瑳が父上に向かって質問してきた。
「それで六郎様の許嫁となる子女を早急に呼び出したのは如何な理由でしょうか?」
確かにそれは気になる。イヤ、婚約者が気になるんじゃなくて父上が皆と協議せずほとんど独断で呼び寄せたらしいじゃないか?
そうやって皆が父上を見る。そんな視線を気にせずに父上は
「簡単なことだ。六郎の許嫁が坊主色に染まるのを少しでも防ぐためよ」と答えてああ、成る程、と皆が顔で納得する。
それに、と付け加えて父上は続ける。
「儂はあの坊主が怖い。今回の一件でそれが濃くなった、儂ではあれに勝てん。いくら頼純が美濃守護に返り咲いたとて道三の傀儡なのは目に見える。そして今度は越前に逃さんはずだ。奴は、我等の頼純という武器を奪って勝ったのだ。ワシでは、儂では奴に勝てんだろう」
父上がいつも以上に感情的だ。これは不味いな。俺と鷹瑳は何て言って諌めようか考えている。だが景隆と宗滴殿にいたっては冷静だ。
子の俺が言うのもアレだけど、ここは付き合いの長いあんたらが止めるパターンじゃないのか?
そう思い二人を眺めていたら
「だから我等は加賀を獲る!!」
ビビったぁ!? 急にさぁ、なんなの?デカイ声は元気な証拠だけど...
勢いが体にも現れたのか、姿勢も崩して足を立ててるし。
「今なら加賀の全土を支配しても誰も文句は言うまい!守護の冨樫家は見る影もないのだからな!幸いにして先の戦では兵を失っていない!加賀でも坊主を殺し、小慣れたら美濃の坊主を殺ろうぞ!」
ははっ!
当たり前のことを言っているのに熱くなるな!
俺達朝倉はいつだって加賀を狙ってたのだ。今回は頼純の要請に応じて美濃に攻め行っただけで基本方針は加賀の攻略だ。
そんな当たり前の事を改めて宣言しただけなのに、この部屋にいる皆が熱くなっている。
あの宗滴殿も笑ってる。だけどやっぱ怖いわこのお爺さん。普通に笑っていても怖い。年齢的には好好爺になるんだろうだけど、孫の鷹瑳も顔を赤くしながらも器用にドン引きしている。
好好爺って言葉からかなり遠いんじゃないか?
この人の恐怖に耐えられるのは景紀殿しかいないな。あの人も少し頭がおかしいし。
宗滴殿の余りの異様さに、心の中でもやらないと決めていた茶化す行為を行ったからだろうか?
お陰で少しばかり冷静になった。
そうやって回りを見ると宗滴殿以外の二人は顔が赤いな。なるほどな、父上はそうやって熱を伝えるのか。
父上の様に言葉だけで人を熱くさせるのは、このまま俺が大人になっても出来そうにないな。
個人の性質に依るだろうが前世の価値観と記憶を持つ俺と、この時代の価値観だけで育った人間では人の持つ熱量が違う。
この時代は現代と比べてモノが少ないからこそ人は生き生きと、素朴になるのだろうか?
情報が殺到する社会で育った俺はこの時代の人と比べ、どうしても人としての熱量が圧倒的に低く、何をするにしてもアレコレ無駄に考えているタイプになるのだろう。
何かに付けてこの時代についてツッコミを入れるのがその証拠。この時代に合ってない、もしくは馴染んで無いのだ。
そんな俺が、仮に父上の様に檄を飛ばしても計算による演技しか出来ないだろう。
この熱の少なさはカッコ良く言えば「冷めている」と言われるモノだろうが、それは単に心の何処かで、人前で威勢の良いことを大声で放つ事に気恥ずかしさが出てしまってるだけだ。
それかもっと単純で、心の根底でこの時代に対して斜に構えてるだけなのかもしれない。
かといって熱量が全く無い訳ではなく、一乗谷への熱意は親子二人で会話をしたあの日から持っているツモリだ。
他の事柄に関しては前世の記憶と価値観のせいで吹っ切れていないのは分かる。
無論俺は前世についてのソレらを捨てる気は無い。この時代においてのソレらは足枷でもあるが俺の武器でもあるのだから。
幸いにして今の生を受けまだ5年だ。この時代の熱は少しずつ蓄えていけばいい。武器には馴染ませ、足枷だけを融かす程度に。
話が飛んでしまったが、まぁ、要するにだ。
父上は俺と違い、相手に合わせた演技と、素の激情を使い分けることが出来る。
ちゃちな言い方だが纏めると父上はカリスマ呼ばれる人種で、色んな手管手腕を使って人を熱くさせる。
現代でも見ること無かったその手腕と器量を持つ男に、俺もいつかは成りたいと思うのだが、届くのだろうか?
そんなことを考えながら、一頻り皆が落ち着き戦の総評をまとめると、今後について話を詰めて本日を終えた。
寒い冬空の中、未来への空想を抱かせた父の存在と、その言葉で熱くなった日だった。
ちゃかさないと決めてたのに宗滴殿を茶化してしまった六郎でした。




