第28話 戦時中でもやることはかわらない
こんなんで上手くいくのだろうか?と、思う所が多少ありますが割りきってくれると有難いです。
また拙い描写表現もありますがそこも見逃してくれると有難いです。
1544年 9月
いよいよ美濃侵攻まで1ヶ月を切った。今回派遣する軍は1万4000の大軍だ。織田も準備は出来てるらしい。
そして生まれてこの方、初めて一乗谷を出た。
出兵するこの大軍を見るために。
一乗谷から馬で駆けて三時間、凄くお尻が痛かった。あれはお尻の筋肉ないとダメだわ。馬は子供が乗る物じゃない。鞍はパイプ椅子を少し固くした感じで、それでお尻を叩かれ続け、蒙古斑のある綺麗なお尻に赤い腫れが出来たよ。
青い尻が赤くなったこの日、
俺が綿でクッションを作ると決めた時だった。
それと道の整備だな。この時代の道は現代で言うと獣道を大勢の人間で踏んで作った感じだ。
悪い所では石も穴も多く凸凹。草木は刈り取られてないので、それを踏み倒して道を作ってる感じだ。
街道整備は初期から提案する予定だったが、朝倉家の内情を知ると、それを提案してもいいのか戸惑うことになる。越前も火種が有る所には有る。街道整備の結果、各所に飛び火するのが恐かったから提案しなかった。だが今日で整備派に鞍替えだ。お尻が理由の奴は多分俺一人しか居ないだろうが。
敵から攻めにくくするために道は整備しない事常識だが、一乗谷から隣の村落までなら問題ないだろう。そろそろ一乗谷以外の近場にも色んな施設を作る予定だったのだ。ちょうどいいのかもしれないしね。
俺が産まれたときから一乗谷は手狭だった。情報面からは賛成出来ないが機密性の低い施設から周辺に作る事になるだろう。
実際に養鶏所や、特別な製作技法を持たない石転製作所は、一乗谷から別の場所に移しても問題は無いだろうから。
他のメリットとしては周辺の村々と一乗谷のアクセスが楽になって連鎖的に周辺の村はもっと栄える。そうなると一乗谷も更に栄える。
一乗谷と周辺が強固になれば一乗谷の防衛も楽になるし、人も沢山来るだろう。商人も、間者も。
間者は各所に分散した拠点の何処を調べたら良いか迷ってくれたらいい。街道整備の案が通った時には施設の分散化と一乗谷を今まで以上にガチガチに固めるように進言する積もりだ。
街道整備や拠点移設が行われるのは忍びの里が創設された後になるから、防諜力も上がっているだろうから。
まぁ、防諜を潜り抜けた優秀な間者に根付かれても困るが、間者も領内ではお金を降ろしてくれるお得意様だ。送った勢力はそんな間者にどんどん金銭が飛んで行くだろう。間者への金銭の供給が少なかったら間者は裏切って本当の意味で越前に根付くんじゃないだろうか?
兎に角、俺はキノコハウスや石鹸、硝石造り等の重要な施設は一乗谷から動かす積もりはない。
父上も同じ意見で機密性の高い施設の増築や新規建築を行う時も、一乗谷から離れた平地ではなく、一乗谷館に近い山の中を態々(わざわざ)切り開いて、土地を整備して作らせている。
金と労働力のコストが平地に造るより段違いであるが、防衛・防諜のしやすさを考えるとそうなった。
それに合わせて工作部隊の常備化を提案しようか悩んでいる。これは鷹瑳とも協議中で、上手くいきそうなら父上に提案する予定だ。
街道整備や土木建築に特化したスペシャル部隊だ。武田にも穴堀に特化した部隊―(城攻めでは水脈を断ち、平時は金を掘る)がいるのだからこんな方向性もありだろう。
毎回毎回、賦役で農民を徴収するのは時間が掛かるしね。
これは常備兵の部類になるのだろうか?
とりあえず最初は50人くらいかな?平時には伐採に向かわせよう。
そして戦場での武装はシャベルだ。ちょうど兼定達も来たんだ。越前に骨を埋めると決めた奴にシャベルを作らせてみるか。
後は整地するためのトンボかな?トンボは木製で良いだろう。そんで善次郎を起動させよう。歯車が上手く噛み合わない様で行き詰まっているみたいだし気分転換のトンボ作りだ。
気分転換の提案に、彼は発狂する位に喜んでくれるだろうなぁ。
街道整備の許可が貰えなくても工兵の常備化は、城の縄張り作りにも活躍出来るはず。今は戦時で人が少ないから募集も難しいだろうから、提案が通っても皆が帰って来てからだろうな。
それと、とりあえずは難民の開拓村では大きな問題も特に無いらしい。ただ畑は出来るだけ正方形の形をとるように整備―ハッキリとした区画分けから始めているため。あまり進んでいない。
農民は畑に関しては自由にやりたいのだろう。それでも区画は自由にさせなかった。
ただ、こう言うものを所謂ところの太閤検地と言うんだっけ?イヤ、父上は太閤じゃない。弾正検地かな?
他にも導入したいものがあるが一気にやると混乱するだろう。
特に俺が。
まだ時間はある。農業で時間が掛かるって言ったのは自分自身だったハズだ。
「今はゆっくりでいい」逸りそうな自分にそう言い聞かせた。
それでも朝倉家の指導に従わない者には厳しい折檻を行ってる。食料を与えないだけだ。大抵は直ぐに根をあげる。それでも従わない者は殺すようにしている。他国に逃げられて農村の新規開拓とそれに伴う農業改革していることをバラされたくない。
いずれはバレるだろうが遅いに越した事はない。
逃走者は間者扱いとして処罰し、この世から消えていった。




