激動の幕開け
「……その情報、間違いないあるまいな?」
アギルゼス国王は訝しげに男を見る。
「はっ! このヴェギアの名にかけて、嘘偽りないと誓います」
迷いなく、真っ直ぐに国王と視線を交わすヴェギアという男。この男こそ、アギルゼス王国よりボスティア草原の調査を命じられた国内有数のエリート騎士だった。
鋭く釣り上がった目に、しなやかに鍛え抜かれた体をアギルゼス王国の紋様の刻まれた装束に包んでいる。
「ふむ、お主がそう言うのなら、間違いないだろうな。草原の周囲の町や村に調査の者を回せ」
「ありがとうございます!」
数多くの実績を誇るヴェギアは、国王からの信頼も強かった。対するヴェギアも、国王に対する忠誠に歪みや澱みは一切無く、それこそが国王からの信頼でもあった。
国王は考える。ボスティア草原へと踏み入った者は一夜にしてその命を落とすと言われている。その場に、恐らく人間が、軍隊での討伐すら確実とは言えないザンドレアを仕留めていたと、そう報告された。
ザンドレアは夜行性で、生半可な魔法や刃を受け止めるほど強靭な長い体毛と、腕のひと振りで大木をも薙ぎ倒す怪力、鋭利な爪、凶悪な牙。
出逢えば死を確実なものとする、草原の死神なのだ。
それを、そのザンドレアを事も無げに斬り伏せた者が現れるとは。
更に、複数人で取り囲んだような痕跡もなく、暴れた痕跡すらも殆どなかったという。
そんな者が存在するともなれば、その者1人が一軍団規模の戦闘力を有するという、非常に危険な存在であるという事。
なんとしても、その実態を把握しなければならない。
国王は、背筋に冷たいものを感じた。
災厄だ。これはきっと、災厄なのだ。
「……ヴェギアよ、お主に続けて命ずる。草原の災厄の正体を突き止めよ。下手に刺激をせぬように、慎重にな」
「必ずや、命を果たして見せます!」
ヴェギアは敬礼の後、踵を返し王座に背を向ける。まずは周囲の町村への調査団の手配、そして災厄の情報収集か。
休む暇もないな、と片隅で思いつつも自らの指揮する部隊の編成を練り始めた。
国王はヴェギアの背中を見届けると、大きく息を吐く。
よもや、そんな化け物が現れようとは。
事と次第によっては、この国の脅威となるであろう存在。敵対する者なのか、どこから現れたのか、そもそも実在するのか。
全てが謎に包まれた、草原の災厄。
国王はこの国の未来を想う。
「……こうしてはおれんな。手の空いている者は過去の事件や伝承、何でもいい何か手掛かりとなりそうなものを片っ端から集めよ! くれぐれも慎重に、国の守りも固めるのだ」
その言葉に、控えていた者達が行動を開始する。
徹底的に訓練された兵士達が動き始め、国王も王座から腰を上げる。
一刻も早く正体を突き止めねばならない。
国王は自らの足を1歩、踏み出した。