求める心
少し時間は遡ります。
晴れ渡る空の下、疲労困憊となった少年はそのまま後ろへと倒れ込む。
「どうした、もう終わりか?」
「ま、まだ……まだ…………」
相手はまだまだ余力がある声で、倒れた彼へと言葉を投げる。
押せば倒れそうな程、疲労が目に見える状態ではあるが、彼は再び立ち上がる。
「やる気だけは充分だな、こいつは……まぁ、いい。休憩だガナード」
「ま、まだまだやれます……!」
「馬鹿野郎。お前は今、完全に魔力を消費しきってるんだ。鍛えてるのに命を削ってどうする。休憩だ小童。ベル、後は頼む」
ノルマルドは後方で二人の特訓の様子を観察していたベルルマントへ声を掛けると、屋敷の中へと姿を消した。
あの日、ガナードは絶対強者とも言うべき存在を目の当たりにした。
白銀の勇者。アギサを追い村を出て、アギサと出会い驕っていた己の力が遠く及ばない存在だという事を強く認識した。
魔眼の力もあり、緊張の糸が切れ気を失いはしたが、魔鎧を持つノルマルドの攻撃を受けきれた自分の力は、並ではないと慢心していた。
けれど、魔力の流れを読むこの魔眼の力を持ってしても、アギサの魔力の底が見えなかった。
アギサだけではない。
レンという、アギサの隣にいた女性の魔力すら、読む事も叶わなかった。
強い、とは何なのか。
あれからガナードは考えていた。強さのそこが見えないあの二人は規格外だとして、自分の知る限りの強者の存在。
あの日、村を襲って来た盗賊のリーダー。
魔鎧を持っていた為にたくさんの人が殺された。
けれど、強いかどうか今思えば、微妙なところだ。
強い力を持ってはいたが、それを振り回すだけの存在。
言うなれば、人間というよりは強力なモンスターに近い存在だ。
同様に、モンスターも一体一であれば村からこの王国付近に出没する程度の相手ならそこまで苦ではない。
群れだと自分ひとりでは厳しい相手もいる。
そして、貴族であり武人であるノルマルド・メイビス。
魔鎧を抜きにしても、彼は強かった。
場数が違う。
最初は、魔眼の力を使いこなすことが出来れば勝てると、甘い考えを持っていた。
今の自分と、ノルマルドとの差を知りたくて、全力で挑んだのが数日前だ。結果は、手も足も出なかった。
魔力による先読みを利用され、弄ばれる事しかできなかった。
完敗。
負ける事が、こんなにも悔しいなんて。
力が無く、守られるだけだった時と何も変わっていないじゃないか。そう悔やみ、慢心していた自分を恥じ、そして再起した。
その経験がガナードの強くなりたいと思う気持ちへの火種となり、翌日にガナードはノルマルドに修行をつけてもらうように願い出たのだった。
強くなる為の準備段階として、魔力を枯渇させた状態での訓練が始まった。
魔眼や肉体を強化する程度の魔力すら残していない状態での、ノルマルドとの組手や打ち合い。
技術を磨くにはこれが一番だとノルマルドは言う。
相応に危険も伴うが、格上相手との戦闘経験を積ませ、魔力に頼らず己の肉体のみで戦うか。
ガナードも初日は魔力枯渇による疲労感、重く感じる体、魔眼による先読みの封印により殆ど何も出来ないまま訓練を終えてしまった。
この方法が一般的に使用されないのには理由がある。
第一に、死の危険き晒される可能性が高まる事。次に魔力枯渇状態とは、魔力の量が多い者であればあるほど身体機能の低下による苦しみが大きい事。
心が強くなければ続けられず、魔力は瞬間的に回復するものではないので襲われればひとたまりもないのだ。
訓練を開始して一ヶ月。
今日もまた、ガナードは一太刀もノルマルドに当てられないまま訓練を終えた。
「……ガナード、立てる? それと水ね」
ベルルマントが応急手当用の道具と水を注いだ器を片手にガナードへと駆け寄り、声を掛ける。
息を切らし、全身から汗を吹き出す彼を案じて水にはほんの僅かに塩が溶かされている。
「な、なんとか…………ありがとう、助かる」
その水を受け取り、喉に流し込むとガナードは再び地面へと倒れ込んだ。
その体には無数の痣や、小さな切創など幾つもの傷が浮かんでいた。
「また思い切りやられたわね……パパったら。んー……血が滲んでるのは脇腹と肩の二箇所ね。応急用の回復薬を掛けるから少し痛むわよ」
「ぐっ……これ、効くんだけど傷に触れた瞬間が凄くしみるんだよな」
「気付けの為らしいわよ。ほら、体拭いて包帯巻くから起き上がりなさい!」
やや強引に引き起こされ、痛みに涙を浮かべつつガナードが起き上がる。
「痛い、痛いって!ベル、 分かってるからもう少し優しく……」
「はいはい。ご飯の用意は出来てるから早く行くわよ。どうせ食べたらまた訓練なんでしょう。あんまりやり過ぎると体が持たないわよ……」
「明日は体を休める日だから、大丈夫だって」
「まったく……明日は訓練も鍛錬も禁止だからね!」
「分かってるよ……」




