三人の涙
ぼんやりと、目を開く。
外は薄らと明るく、澄んだ空気と低めの気温から、早朝ではないかと推測する。
私は、眠っていたのだろうか。
死んで、なかったのか。
首を跳ねられて、死んでいないなんて……やはり、この体は常識では計り知れないものになってしまっているのだろう。
少なくとも、もう人間とは呼べないのは確かかもしれない。
ゆっくりと身を起こすと、頭から肩に掛けて感じていた温もりが離れたのを感じた。振り返るとレンが木に凭れ、私を膝に寝かせたまま眠っていたようだ。
じんわりと胸が熱くなる。
焚き火は私が起きる少し前までは火が灯っていたようで、近付くと少し熱を感じる。枯れ木を足して、指先から火種を生み、焚き火を復活させた。
よし、これで少しは暖まれるだろう。
それから、周りを見渡してみる。
リルリィはどこかな。
暗がりになっている先を覗こうと、大きな木の幹に手を掛けた瞬間、首元には冷たい刃が突き付けられていた。
「……こんなところに、何の用っすか?」
低く、威圧したものだが、この声はリルリィのものだ。
「私だよ……リルリィ。アギサ、だよ」
「アギサ……? そっか、アギサだったっすか……やっと、目が覚めたんすね」
どうやら、リルリィが哨戒をしていてくれたようだ。
どこかホッとしたような安堵の笑みと、焦燥の感じられる表情を彼女はしていた。
けれど、何だろう。
違和感を彼女から感じるのだ。
私が知っているようで、知らないリルリィが立っているような気がする。
「リルリィ……?」
「大丈夫っすよ。そろそろ夜が明けてきたし、レンの所に戻るっす。突然居なくなったりしたら、レンがビックリしちゃうっすよ?」
リルリィに促されるまま、私は先程まで眠っていた場所へと戻る。
焚き火を復活させてたから、分かりやすい。
遠目でもぼんやりと明るくなっているのが分かる。
「ん……? 火が……レンももう目が覚めてたっすか?」
「私だよ。寒いかな……って私が火をつけたの」
「アギサが……っすか?」
訝しげな表情でリルリィが私の目を覗き込む。
失礼な。私だってちゃんと魔法くらい扱え……て?
「……あれ?」
私、魔法なんて使えたっけ?
必死に記憶を辿ってみるけれど、魔法を使ったというような体験はしていない。
強いて言うのなら、魔鎧を発動させていた時に飛ぶのに利用したりしていたものは魔力だったのかもしれないけれど。
魔法と言えるような魔法は使ってはいない筈だ。
「……アギサ?」
「…………リルリィ、私、おかしいよ。魔法、使っちゃったの。当たり前みたいに、使えちゃったの……」
「…………取り敢えず、レンの所に急いで戻るっす。それから、ゆっくり話して欲しいっす」
「…………うん。分かった」
言われるがままに明かりを目指して歩き出す。
自分に何が起こっているのか。
死んだと確信して、最後を感じた筈なのに私はこうして生きている事。
一瞬、腕に魔鎧を纏わせてみたけれど違和感は無い。
問題無く発動しているようだ。
けれど、魔法を使ってしまった。
試しに歩きながら指先に意識を集め、ライターに灯る火をイメージしてみた。小さい灯火が揺らめく。
……不気味。
自分の体に何が起こっているのか分からない恐怖。
自分が、自分でなくなっているような恐怖。
震える体を両手で抱き、震えを誤魔化す。
「……アギサ、大丈夫っすよ。アギサは私たちの知るアギサのままっす」
「リルリィ……」
「それに、アギサには話さないといけない事が沢山あるっすよ……」
「話さなければ、いけない事……?」
遠い目をしたリルリィはその視線を空へと投げると、私へと向き直る。
けれど、すぐにレンが体を起こした音でそちらへと視線を移した。
「……どうやらレンも、起きたようっすね」
「……リルリィ、ありがとうございます。アギサ……良かった、目が覚めたのですね」
レンの瞳には薄らと涙が浮かんでいる。
「感動の対面は後にするっすよ。それより、アギサに今の状況を知らせるのが先決っす」
「そうですね……それでは、私から」
レンが覚悟を秘めた瞳で私を見据える。
そして、緊張を飲み込むとゆっくり口を開いた。
「……アギサ。あの、戦いは覚えていますか? 思い出したくはないかもしれませんが、貴女の敗北した戦いです」
敗北。
その言葉が私に重くのしかかる。
レンの問いに口を開かずに、頷くことで肯定を伝える。
「……あれから、もう既に半年程時は流れています。半年、です」
半年も、私は眠っていたの……?
口にしなくても、私の衝撃は二人に伝わったようだった。
「……半年?」
「半年っす。正確には、半年と数十日くらいっすけど……」
半年以上、私は眠ったまま……?
理解が追いつかない。
「そんな、いつ目が覚めるかも分からない私を連れて……半年も?」
「放っておけるわけがないじゃないっすか……仲間っすよ? アギサは、私たちの……」
「そうですよ、アギサ……」
瞳いっぱいに涙を浮かべて、レンが私を包み込むように抱き締める。
「レン……ごめんね。リルリィも……二人共、ありがとう」
ぽつり、ぽたりとあたたかい雫が零れ落ちてくる。
レンの腰に手を回し、顔を押し付けるようにして抱き締めた。
「アギサ、アギサ……!! 私を置いて行かないでください……私を一人にしないで…………貴女は、私にとってもう、かけがえのない存在なんです。アギサじゃなきゃ、ダメなんですよ……」
「……だから、私達二人はずっとアギサと一緒に居たんすよ。それに……」
リルリィが私達二人を上から覆い被さるようにして、纏めて抱き締めた。
「私だって、二人は大切な存在なんすよ……私に残された、繋がりなんすから……仲間なんすから……!!」
それから日が昇るまで、三人で泣いた。
泣いて、泣いて。
今までの不安、寂しさ、恐怖。それら全てをお互いが拭い去るように。
涙は全てを洗い流した。




