戦場に煌めく光
残酷にも、無情にも、その光景は絶望を意味していた。
宙に浮く白い塊。それは何だ?
頭だ。誰の?
重力に従い、それは地面へと落ち、転がる。
切断された箇所から、紅に照らされた赤黒い液体を散らし、地面へ染みを拡がらせる。
「アギサ!!!!」
頭がやっと現実を理解した時、彼女は、レンは思わず叫んでいた。
やっと、やっと出来た気の置けない友人が、目の前で首を落とされる瞬間を見てしまった。レンだけではない。隣に立つリルリィもまた、その光景に言葉を失ってしまう程の衝撃を受けたのだ。
「……ふん、仲間か。一足遅かったようだな……白銀の勇者は死んだよ。今、ここでな!!」
レンの叫びにマディガンは面白く無さそうに振り返り、押さえ付けられたままの首無の胴体を蹴りつける。
「こい、つ……!!」
明らかな挑発だとは分かっていても、友人の肉体を、亡骸を弄ばれる事に怒りを抑えられなかった。この男は殺す。その思いが、レンの頭の中を支配する。
彼女は通常なら、魔鎧持ちを三人相手にするのは厳しいと、もっと慎重に考えていただろう。けれど、この時はそんな理性よりも、怒りの方が先行してしまっていた。
「アギサを、返しなさい……」
「……アギサ、というのはこいつの事か。勿論返してやるとも、粉々にぶっ潰した後でな!!!」
魔鎧リーヴォルグの能力により生み出された、目に見えない破壊の振動は撃ち出された。明らかな攻撃の動作に、レンは身構えるが、次の瞬間感じた魔力の向かう方向に、気付いてしまった。
着弾。
地面に転がる、アギサの頭部は、見る影もなく粉砕され、それがなんであったのかももう、分からないほどの破壊を受けてしまった。
全身の血が冷たくなる感覚が、レンを襲う。
泣き崩れるリルリィを気遣う余裕すら、もうレンには無かった。
「お前は殺す!!! 今、ここで!!」
怒気を孕んだ魔力による一撃が、マディガンへと襲い掛かる。
「無詠唱の魔法か……だが、私のリーヴォルグの前では!」
互いの魔法は魔力を辺りへと撒き散らし、相殺し合う。相殺、それに驚いたのはマディガンであった。
「リーヴォルグをもってしても相殺だと……? この女、それ程の魔法の使い手とでも言うのか!?」
「黙れ」
休む間もなく次の一撃が放たれる。それは何度も何度も、繰り返し放たれていった。マディガンは同様に、撃ち出された魔力を一つ一つ確実に相殺していく。
「些かの威力の衰えも無しか……魔鎧を持たずして、あれだけの魔力。油断のならない相手か」
「一々口を開くな。耳障りだ。黙って死ね」
レンの燃え盛る憤怒の火焰は、今尚燃え続けている。だが、同時に冷静な思考にも戻りつつあった。目的は変わらない。目の前の男を殺す。それだけだ。
「……ふん。だが、私とてビモグランデの兵士……そう易々と死んで堪るものか!!」
マディガンは両腕を前方に突き出し、魔力を収束させる。リーヴォルグの破壊のシャボンは、直線的に突き進む射出型と、スピードこそ劣るものの、放った後に動きを操る操作型がある。
攻撃自体は目には見えないので、この二つを織り交ぜることで戦いのペースを自分のものにするのが、彼のやり方であった。
今、両腕を通すことで魔力は消耗してしまうが、一度に複数の破壊のシャボンを自身の周りに漂わせていく。その全てが、マディガンの思い通りに動かせるのだ。
レンも、ただ漂わせるだけの魔力の感覚に警戒を強める。マディガンが仕掛けてきた。アギサの魔鎧を破壊するだけの威力のある一撃。魔力を視認できるエルフのレンだからこそ、マディガンの次の攻撃が生半可なものではないと認識できる。
「リーヴォルグ最大解放!! ヴォルグストーム!! 奴らを破壊し尽くせ!!」
大小無数の破壊のシャボンが直線的に、不規則に、レンとリルリィへと襲い掛かる。
対するレンは一つ一つを確実に魔法で撃ち落としていく。が、数が多過ぎる。次第に迎撃する距離が縮められ、ついに、一つ、リルリィへと向かうシャボンの通過を許してしまった。
「リルリィ! 横に飛んで!」
レンの言葉に咄嗟に反応し、横飛びでその場からを身を躱すリルリィ。地面を転がるように移動した彼女の元いた場所は、地面が少し抉られていた。
「あ、危なかったっす……」
そうして、泣き崩れていたリルリィも、今が戦闘中であると再認識する。
「甘い!」
だが、攻撃はそれで終わりではなかった。
破壊のシャボン、全てがマディガンの思い通りに動かせるのだ。地面の抉れは、更に広がる。リルリィへと向けて。
回避できたという気の緩み、それがリルリィの反応を鈍らせた。
「しまっ……!」
「リルリィ!!」
レンも多方向から攻めてくる破壊のシャボンに囲われ、身動きが取れない。また、目の前で仲間が……。
「終わりだ!」
着弾の瞬間、リルリィとシャボンの間に、小さな光が煌めいた。
『対象の防衛、成功しました。敵対するターゲット、確認。どうやら、大変な状況のようですね』
無機質な声が、その場に響いた。




