世界は暗転する
ただ、頭の中に思い描かれるイメージを信じ、掌の中に生み出されたそれを握り潰す。同時に、光の粒子となって砕けたそれは、瞬間にして正面に不可視の盾を生み出した。
不可視、とは言ったものの、私にはその位置が見えている。純粋な魔力の塊。押し固められた魔力が、空間に固定された壁のようにその場に存在しているのだ。
そして、生み出された盾は正体不明の攻撃に触れた。そしてシャボン玉のようなそれは、周囲に振動を撒き散らし、破裂したのだ。
身を打ち付けるほどに震える大気。いったい、どれだけのエネルギーがこの一撃に秘められていたのか。
「防いだ……? 防いだのか!?」
自身の放った攻撃が打ち消されたと理解すると、その男は初めて動揺を見せた。やはり、これだけ強力な攻撃なだけあって、この技に絶対的な自信を持っていたようだ。
防ぐ手段など無いと思っていた攻撃が、防がれた。それだけで動揺を誘うには充分だったようだ。
「ハッ、馬鹿の一つ覚えみてぇに同じ攻撃を繰り返してっからだろォ! あんな死に掛けに防がれるようじゃ大した事無かったって事なんだろォ! なぁ、マディガン!」
大剣の男が先程まで私を攻撃してきていた男、マディガンと呼んだ男の頭を掴んで後ろへと引き下がらせる。
「ふざけるなラグドラ! あんなもの、偶然だ! そう何度も私のリーヴォルグが防げるものか!」
大柄な男はラグドラというらしい。リーヴォルグというのは、技の名前か、魔鎧の名前か……そのどちらかでは間違い無さそうだ。
「一人だけ楽しみやがって、こっちも暴れてえんだよォ! だから、退いてろ!!」
ラグドラは、マディガンの頭を掴んだまま、大きく腕を振るい、周囲を囲い込む兵士達へと投げ飛ばした。
「貴様、ラグドラ! 覚えていろ!」
しかし、やっと一人の突破口を開いたと思ったら、選手交代とは如何なものか。
破壊された左腕の関節も、変身が解けたら生身へとフィードバックされてしまうのだろうか。その痛みを想像しただけで、背筋に氷を押し当てられたような寒気が襲う。
こんな、絶体絶命の場面で、どうにも私の頭はそれを理解しようとしてくれないらしい。
あぁ、レンは、リルリィはこっちに向かってるんだったかな。私一人が先行して、自分の力を過信してこの様である。なんと情けない。
せめて、あの二人だけは、危害が及ばないようにしなきゃ……。
「白銀の勇者……もっと、楽しみ甲斐のある奴かと思ったけどよォ、期待外れだ」
「…………勝手な事言わないでよ。こっちだって、好きで白銀の勇者なんて呼ばれてるんじゃないんだから」
そう、勝手に周りがそう呼び始めただけ。勇者なんて、私はそんな柄ではない。私は、もっと自由にいたい。
「ああ? その声……女か?」
ラグドラと呼ばれていた男は、私の吐き捨てるような言葉に反応する。まさか、性別まで気付かれてなかったなんてね。
「男とか、女とか……そんなのどうだっていいでしょう。重要なのは、私が、あんた達を気に食わないって事だけ」
動かない左腕は力無く垂らしたまま、ゆっくりと叩き付けられていた壁を利用して立ち上がる。
「そんな満身創痍の身体でどうするってんだよォ! 」
背部に携えた大剣を一つ握り、抜刀から大きく弧を描き、大剣は地面へと叩き付けられる。通常ならば、如何にその剣が大きかろうと、その斬撃が離れている私の場所まで到達するはずもない。
だが、現実は違った。
衝撃波のように、空を割いて突き進んできた飛刃を咄嗟に身を躱す事で直撃を間逃れる。
だが、私の体は大きくバランスを崩し、再び地面へと体を打ち付ける事になる。
足元がおぼつかなかったわけではない。それなのに、重心が大きくズラされたかのうに私の体はバランスを保てなくなっていた。
その答えは、直後、判明する。
「そん、な…………?」
音を立て、それは地面を跳ね、転げ回る。
「……どうやら、直撃は避けたようだが……その左腕、いただいたぞ!!」
切断、ではない。
無理矢理、力技で強引に引きちぎられたように、その切断面は歪にねじ切られていた。
その瞬間、恐怖を、私の心は感じてしまった。
腕を失ってしまった。誰の? 私の。私の腕が、転がって……。
痛みを感じない筈なのに、寒気が、悪寒が、不快感が左腕を侵食しているようだった。
「ホラホラどうした! たったそれだけで戦意喪失か? さっきまでの威勢はどうしたんだよォッ!!!」
再び振るわれた大剣。避けなきゃ。もし、避けきれなかったら……?
嫌な予感を振り払うように、手の中の結晶を握り潰す。
展開されたシールドの結界は、大剣の放つ飛刃を受け止め、どうにか持ち堪えていた。これなら、防げる。
そう思ったのも束の間、少し持ち直そうとしていた心の余裕もあえなく打ち砕かれる事になる。
結界に、大きく刻まれる亀裂。
もう、保たない。
結界により威力が減衰したとはいえ、強烈な一撃が私の体を弾き飛ばす。
そして、深く刻まれる斬撃の跡。結界で弱めることが出来るとはいえ、何度も受け続けるのは危険であった。
だが、主導権は完全にあちらが握っている。
弄ぶように、避けられるギリギリのタイミングを狙われ、少しずつ少しずつ、全身に損傷が増えていく。
そして、ついには、もう立ち上がることすら出来なくなってしまったのだ。
「……チッ、つまらねぇな。こんなんじゃ全然足りねえよォ」
起き上がろうと、不様に足掻く私の頭をラグドラが蹴り飛ばす。壊れた玩具はもう要らないとばかりに。
「う、動いて……私の、体…………」
一方的な暴力の前に、ただ、嬲られるだけだった。
怖い。
もう、終わらせて欲しい。誰か、助けて。
まるで永遠のように感じていたこの瞬間も、実際にはほんの数分の出来事でしかなかった。
「もういい、マディガン。俺達は先に行く、お前はこいつを始末してから来い。興が削がれた」
「貴様……勝手な事を! ちぃっ、直ぐに済ませる!」
ラグドラは、完全に興味を失ったように、その場を去っていく。それに続くように、周囲を取り囲んでいた兵士達も撤退を開始する。
良かった……これなら、あの二人は無事に。
両脇から二人の兵士に支えられるように、無理矢理立ち上がらされる。もう、足を踏ん張る気力も無い。どこか、体、剥がれ落ちてしまってるんじゃないかと思えるほど、空虚感を感じていた。
「アギルゼスの奴らは貴様みたいな小娘に勇者などと希望を託していたのか……恨むなら、下手に力を持ってしまった自分の運命を恨むんだな」
マディガンが何かを言っているが、もうなにを言っているのかも分からない。
首を差し出すように抑え込まれ、マディガンが剣を振りかぶる。
「貴様の体を斬り裂く方法など、私にもある。リーヴォルグの魔力を、剣へ……」
瞑想と共に、マディガンの魔鎧は魔力を増幅させ、その手に握られる剣をも飲み込むように、魔鎧へと一体化をさせていく。
「……さらばだ、勇者」
リーヴォルグの魔力により、超震動を発生させた剣が、耳を劈くかの如く歓喜の悲鳴を上げ、その首へと振り降ろされた。
それと、同時に、私の目に入ったのは、息を切らし、駆け付けてきたであろう、レンとリルリィの姿だった。
「…………!!!!!」
何かを叫んでいたが、聞こえない。
不気味な浮遊感と共に、私の視界は崩れ落ち、そして暗転した。




