犯行現場
あれから既に三年の月日が流れた。などという事はなく、王都を発って翌日の朝。
王都へと流れていく人々は多く、王都からは商人が地方へと荷車を引いていく。その荷物を狙って盗賊や何かも居るらしい。道の少し離れた場所に壊れた荷車の破片や、血の付着した木々があったりもした。
やはり、見晴らしの悪い場所こそ結構の襲われポイントらしく、商人も遠くへ行くほどに護衛として傭兵を雇い、商いをしているらしい。
それでも、襲われる時は襲われる。
まったく、気持ち良く王都から旅に出た直後に、その盗賊の被害の惨状を目の当たりにするとは思わなかった。
「……まだ、血が完全に乾いてないよ」
恐らく、商人だったものから流れ出したであろう液体は固まりこそしていたが乾燥はしていなかった。
辺りに血の臭いを漂わせ、このまま放置していれば血の臭いに誘われた魔物の餌にでもなるのだろう。まぁ、それはいい。
「アギサ……足跡です。どうやら盗賊はあちらの方向へと向かったようですね」
レンが杖で指し示す場所には、大柄な人間の足跡が残されていた。
捲られた土もまた、湿り気を残している。
「…………ねぇ、レン。何か、違和感を感じない?」
無残に殺された商人と、胴体に複数の剣が突き刺され、木に凭れるように死んでいる傭兵らしき男。
薄汚れた布の服で地に伏せているのは、返り討ちにあった盗賊だろう。
「違和感……そうですね。こんな場所を通るのに傭兵が一人とも考えにくいですし、そして何より……」
伸ばされた白く、細い腕は木に凭れる男の握る物へと向かう。それを手に取ると、レンはそれをこちらに差し出した。
「これは……髪留め?」
「えぇ、あの人が握り締めていたものです。何かの弾みで落ちたのでしょうね。長い髪の毛が少し残っています」
差し出されたのはシンプルな花を模した髪留め。ところどころ血に汚れてはいるが、そこには栗色の髪の毛が残されていた。
「恐らく、攫われたのでしょうね……」
盗賊の被害。そして、明らかに女性の物と思われる髪留め。どんな状況になっているのか、想像に難くない。
「……どうしようか。見ないふりをして、先に進む事も出来るけど」
自分達の歩いて来た方を向き直り、レンに問い掛ける。
「まぁ、それも……そこに隠れてる人が居なかった場合。の、話ですが」
同じように向き直ったレンと、私の視線が交差する地点。
この場に近付いた時から後ろから感じていた、嫌な視線の発せられる先を見て、レンが言い放つ。
「大人しく出てきなさい!」
杖の先に魔力を溜め、警告をする。
私達の視線の先の薮が僅かに揺れる。気付かれていないとでも思ったのだろうか。
昔のまま、普通の人間だった頃の私ならまったく微塵も気配を感じる事なんて出来なかっただろうけれど、どうにもこの世界に来てからそういった感覚が鋭くなったようにも感じる。
今、こうして死んだ人を目の当たりにしても特に何かを思う事が無い……というのも、ここに来てからの変化だろう。既に、人を殺した経験もあるわけだし。
薮は揺れたものの、誰かが出てくる気配は無い。
「…………アギサ」
「……石でいいよね?」
頷くレン。
私は手頃な石を拾って、その方向へと投げ付ける。
薮を突き破るように飛んだ石は、薮の中で何かにぶつかり、一つの塊を弾き飛ばした。
「ぐぁっ……!!」
弾き出されたのは、その辺りで横たわっている盗賊と似た格好をした髭面の男だった。弾き出すだけのつもりだったが、受け身を満足に取れなかった男は、勢い余って近くの木に頭をぶつけてしまったらしい。
呻き声と共にその男は意識を手放してしまった。
「………………行こっか」
「…………ですね」
とりあえず、この男は見なかったことにしよう。
私達は男をそのままに、掻き分けられた道の先へと足を進ませた。




