異質な一角
なんということでしょう。普段の朝に食べていた味気の無い堅焼きパンとは打って変わり、柔らかくて甘みのあるパンに、赤く甘酸っぱい果実のジャム。そして、芳醇な香り際立つ紅茶。濃く、入れられたこちらにも、果実のジャムを混ぜ込んで飲むのがここでの主流のようだ。
美味しい食事に思わず顔が綻んでしまう。
ジャムとはなんと素晴らしいものなのか。食後に注文したクッキーのような焼き菓子。甘みこそ控えめだが、複数のジャムが付け合わされ、季節によってその味を変える人気商品のようだ。その季節で人気のある果実のジャムを使用しているのか、どれもその味に覚えがある。
普段が肉を主とした食生活の私には、口の中に広がる味の宝庫に食べる手が止まらない。
「アギサ、そんな口いっぱいに頬張らなくてもお菓子は逃げていきませんよ。ほら、口の端にジャムが付いてますから……」
まるで落ち着きのない子を言い聞かせるように、レンは私の口を拭きつつ、私の食べる手を一度休ませる。
「だっふぇ、ほんあにおいひいおの」
「ちゃんと飲み込んでから喋ってください。流石に何を言っているのか分かりませんよ」
「んっ……むぐ、ぐ」
口いっぱいの焼き菓子を咀嚼し、紅茶で流し込み、一度口の中を空っぽにする。喉につまったりはしなかった。
「だってこんなに美味しいんだよ! 食べなきゃ!」
「もっとゆっくりでも構いませんから」
「はーい。そういうレンは食べないの?」
「もう、アギサを見ているだけでお腹いっぱいです。ほら、食べ終わったのなら行きますよ。他にも買わなきゃいけないもの、たくさんあるんですから」
私が食べ終えるのを見届けると、レンは荷物をまとめて立ち上がる。料金は前払いなので、このまま席を立ち、店員は空いた席を片付け次のお客さんを呼び込む。そのような流れになっている。
最後に紅茶を飲み干して私も立ち上がり、店を後に、大通りへと出る。
「じゃあ、次に行くとしたら武具系かな?」
私が普段使っている武器といえば、腰に携えている白色の剣だけであり、他には家に果物ナイフとか、そういうレベルの刃物しか持たないのだ。
今装備している革鎧も、使い始めて一年が経過している。度重なるモンスターとの戦闘で、最早鎧としては心許ない程に損傷しているのだ。
レンも、布の服に丈夫なだけのローブを纏っているだけなので、何かしら必要な物は揃えた方がいいのかもしれない。
「……そうですね。そのあと、服を見て一先ずの買い物は終わりにしましょう」
「そっか、服も買わなきゃ。流石にこっちもボロボロだもんね……」
「破れていたり汚れがひどくなっていたり……今日のうちに一新しておきましょう」
この後の方針は決まった。
朝ごはんを食べている間に、通りを行き交う人々の人数は更に増している。ので、お互い逸れないように手を繋いで、武器や防具を取り扱う店の並ぶ区画へと移動していく。
本当に、手でも繋いでないと、人に流されると完全にはぐれてしまいそうになるので。
断じて、子ども扱いされているわけではないのです。断じて。
……。
日も完全に昇り、朝の空気も薄まり街に活気と喧騒が増した頃、私達はやっと武具を取り扱う区画まで移動することが出来た。
なんだかんだで初めての王都。あっちも気になるこっちも気になる。そして、どこに何があるのかは分からない。
この区画は、私達がいた食品系区画とはほぼ対角。つまり、商業区の中でも一番離れている場所にあったのだ。途中で街の人に声を掛けて、ようやくそれを教えて貰えた。
「お嬢ちゃん達、女性の冒険者かい?」
声を掛けてきたのは、如何にも鍛冶師と言わんばかりの風貌で、体格の良い汗も滴る良い漢。そんなむさ苦しさを感じさせるおじさんが、大きなハンマー片手に私達に良い笑顔を向けている。
「い、一応そうですけど……」
そんな雰囲気におされて、ぎこちなく答えてしまう。
「だったら、俺の店を見ていってくれよ! こんなんでも、女性用防具や武器を取り扱ってる量なら、ほかの店には負けないぜ!」
輝く白い歯。喋る度に汗が飛ぶ。何この人むさ苦しい。
私は勢いに負け、そのままずるずるとお店の中に引き込まれ、レンは苦笑を浮かべつつも後に続いて店の中へ。
「おお……!」
「どうだ、なかなかの品揃えだろ?」
中に入ると、その品揃えに目を奪われた。このお店、殆どが女性用のものを取り扱っているのだ。お店の奥の方では、若い女性が作業をしているのも見える。
おじさんが自信満々で店に引き込むのもこれなら納得だ。店に並べられる武具は、私の革鎧とは比べ物にならないくらい性能が良さそうだ。
だけど、だけれど……その店の一角。そこに見本として人形の木の人形に付けられているそれは、かなり異質な雰囲気を醸し出していた。目を引くどころではない。
「ん、なんだ。嬢ちゃんあそこのやつが気になるのか?」
「あ、いえ。そういうわけじゃ……」
「嬢ちゃんがあれを装備するには、もうちっとばかし体が成長してからだな」
勝手に頷きながら、納得したように話を進めるおしさん。
いや、私はアレが異質すぎて見てしまっただけで、それを装備したいと思っているわけじゃないんだよ。
「そうだな、そっちの姉ちゃんなら似合うんじゃねえか?」
そう言ってレンに視線を向けるおじさん。
確かに、レンなら似合いそうだけれど……絶対に装備させちゃいけない気がする。
アレだけは絶対に。
「流石に、あれはちょっと……」
かなり引き気味に答えるレン。当然だ。
ほぼ、胸と股間しか守っている場所はなく、その守っている範囲もかなり際どい。そして、それ以外はほぼほぼ剥き出しである。
所謂、ビキニアーマーと呼ばれるそれは、店の一角で異質な雰囲気を纏い、鎮座する。
発案者絶対にふざけてるでしょ。




