その差に生じるもの
赤面の朝食を終えて、召使いの者達が食べ終えた皿を運び、客間から出ていく。その時開かれた扉から、召使いの者ではない背の低い、顔に皺を蓄えた老人が顔を覗かせた。
「おや、ベルルマント……その方は、お客様ですかな?」
「ええ、そうよ。昨日、私が盗賊に襲われかけていたところを助けて貰ったの。チェノ婆、今日は屋敷に用事があったかしら……?」
「いんや、用事なんてないよ。ただね……」
その老人はベルルマントからチェノ婆と呼ばれているようだ。その様子から、屋敷への出入りを自由にしているような人物なのだろう。ベルルマントとも親しげに話している。
ベルルマントとの会話の最中、老人は垂れた瞼に塞がれそうな目を見開き、ガナードの姿を瞳に写す。大きく開かれた瞳は、そこはかなとない不気味さを醸し出している。
「あ、あの……俺に、何か……?」
その迫力に押されたかのように、たじろぎつつ問いかける。
「お前さん……ちぃとばかし、不思議な力を感じるね」
嗄れた声で、ガナードの瞳をのぞき込みながら、その老人は続ける。
「私はこの商売から、数多の人間達を見てきたが……アンタ、良い目をしているね」
「……っ!?」
目。それは、魔眼を意味しているのか。それを知るのは昨日居合わせた者達だけではないのか。昨日あれだけ危険だなんだと言っていたが、誰かに情報を漏らしていたのかと、ガナードはベルルマントの顔を見る。
が、そこには呆れ顔のベルルマントが居た。
「チェノ婆はね、昔からこうなのよ……どこまで知ってるんだか。王都でも名の知れた占い師ではあるんだけどね……」
少し大袈裟に肩を竦めて見せるベルルマントの様子に、ガナードは老人へと向かい直す。
「ひっひ……アンタの事は占いで見えたよ。もうすぐここに、素晴らしい可能性を持った少年が現れるってね」
「それが俺だって言うのか……?」
「どうやら、アタシの力を信じられないようだね……どれ、一つアンタが望むものを占ってあげようか」
そう言ってローブの内側から取り出したのは、まるでそこに世界があるかのような神秘的雰囲気を纏う球体であった。膨大な魔力を秘めた水晶玉。ガナードの目にはそれがハッキリと見て取れる。思わず、息をのむ程に。
「チェノ婆が自分から占うなんて……」
どうやら、この老人は自ら率先して占う事は珍しいようだ。それもその筈、王国からもその力を頼られ、占いの依頼も引切り無しに舞い込んでくる。毎日毎日、私利私欲の為に占う日々に嫌気が差したチェノ婆こと、チェノビエン・テルマータはその後すっぱりと占う事を辞めてしまった。
己の弟子に後釜を持たせて、隠居をしていたチェノ婆は、この日、十数年ぶりに自分から占いをすると持ちかけたのだ。
その事を知るベルルマントが驚くのも無理はない。
「生憎じゃが、今手元にある水晶はこのサイズしかなくてな……お前さんが、探しているモノ程度なら問題なかろう。予言程の術を使うには、オマエさんの力が強過ぎる」
二人が向かい合う机に、水晶を保定しつつチェノ婆は魔力を水晶に注ぎ込んだ。
眩く輝く水晶。その光が収まると、チェノ婆はゆっくりと水晶に両手を翳した。
「さて、オマエさん。探しモノはあるか?」
「それは……人、でもいいのか?」
「あぁ、問題無い。場所とその姿を写す程度しか出来ない上に、明確なイメージが必要だがね」
「明確なイメージ……?」
ガナードに水晶に手を翳すように促し、探したい人物を想像し、その姿を思い浮かべろ。
それだけ伝えると、言語とも取れないほど複雑な呪文を唱え始める。
ガナードが思い浮かべるのはただ一人。白銀の勇者。阿木早織こと、アギサの姿だった。
あの日、身を呈してガナードの命を救い、村をも救った少女の姿。実際には少女と呼ぶには少し厳しいのだが、ガナードには自分とほぼ同じ年齢の女性に見えていた。
姿はハッキリと覚えている。忘れるはずがない。
水晶に手を翳し、ハッキリとアギサの姿を捉えた瞬間、再び水晶は輝き出した。
輝きの中に、一つの光景を映し出して。
「ふむ……この者で間違いないか?」
「あぁ、間違いない! 忘れる筈がない……!」
水晶にはしっかりと、アギサの姿が映し出されていた。人混みの中を歩く、その姿が。
「この女の人がガナードが探していた人……?」
ベルルマントも水晶を覗き込み、その姿を確認する。
「あぁ……この人が、白銀の勇者なんだ。俺の命を救って、村を救ってくれたあの勇者なんだ!」
その言葉に、チェノもベルルマントも大きく目を見開く。
噂で聞く勇者の姿には到底結び付かないような、どこから見ても華奢な少女なのだ。
だが、その腰に携えられているものはガナードと同じ白色の剣であった。少なくとも、それがガナードとの繋がりを感じさせる唯一の存在であった。
「ね、ねぇ……この人、こっちを見てない?」
「そ、そんな馬鹿な……この魔法が、感知されるなどと…………」
ベルルマントの指摘通り、水晶に映し出される少女の視線はこちらを見ているようにも感じられる。が、もしかしたら、その先にある何かを見ているのかもしれない。
この魔法が感知されたことなど、今まで一度も無かった筈。
チェノ婆の額に薄らと、汗が浮かび始めた。
「絶対気付かれてる! チェノ婆、魔法を切断して!!」
それが決定的となったのは、アギサと行動を共にしていたと思われる女性まで、同じ様に視線をこちらへと向けた事だ。
そして、ベルルマントが叫ぶと同時くらいか。
同行していた女性がこちらに指先を向けた途端、水晶の光は霧散して消えてしまった。
「そ、そんな……そんな、馬鹿な…………! もう一度、映し出せ……!!」
呻くような呟きには、唯の透き通った球体へと変化してしまった水晶玉は何も答えない。
強制的に魔法そのものを解除されてしまった。
その事実に、チェノビエンは、初めて感じる絶対的な力量差を、痛感してしまう。
「お、おい……どうしたんだよ! 今ので何が分かったんだ!?」
「あ、あやつらに手を出してはならん……! 恐らく、本物じゃ……白銀の勇者。それに、もう一人の者……あやつは、アタシ以上の魔法使いなんじゃ……!!」
嗄れた、震える声に、二人はただ、驚愕に目を見開くことしかできなかった。




