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機械仕掛の異世界英雄伝説  作者: 桃芳亜沙華
絡み合う物語
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スプーンの行く先

書こうと思っていた展開の半分も進みませんでした、何故だろう……?

 爽やかな朝の日差しが煌めき、質の良い肌触りの布団の温もりが徐々にハッキリと感じられるようになる。

 朝だ。

 辺りを囲んでいるのは見るからに高級だと分かる品々、自分が寝ているベッドの布団でさえ、安いものではないだろう。


 意識がゆっくりと覚醒する。


 このベッド放り投げられて体の痛みも酷く動けもしなかったから、仕方ないのでそのまま眠る事にしたんだったか。

 体を起き上がらせて、自分の体がちゃんと動くのか確かめてみる。ガナードの意思に従って動く手足。どうやら、昨日の疲労は持ち越さずに済んだようだ。


 ベッドから降りて体中の筋肉を解す。


 「痛っ……やっぱり、一晩じゃ治らないよな」


 昨夜、ノルマルドの魔鎧で操られた大地の槍によって受けた打撲痕。これが刺創であったなら、もはや肉が刺し抉られていたところだ。

 それにしても、実戦経験が多くないとはいえ、村で敵無しと呼ばれていた自分を、容易く捩じ伏せる存在が居るなどと、ガナードはノルマルドの純粋な強さに感心する。


 絶対的な強さを持つ白銀の勇者、それに匹敵するのではないかとも思えるノルマルド。


 旅に出て良かった。ガナードは心からそう思う。世界にはまだたくさん強い人がいるのだと、それに、自分にも魔鎧が扱えるようになる可能性があるのだと言っていた。


 聞いていた時ははしゃぐ元気すらなかったが、内心では大はしゃぎだったのだ。まだ、15歳の子どもなので。



 その時、不意に扉からノックする音が小さく聞こえた。


 「ガナード、起きてる? 入るわよ」


 こちらの返答を待たずに扉は開かれ、ベルルマントが室内の様子を確かめるように顔を覗かせた。


 彼女はガナードが目を覚ましている事を確認すると、そのまま室内へ足を踏み入れる。


 「……あの、えっと……おはよう、ベルルマント」


 何を話したらいいのか分からず、口から出た言葉がこれである。ガナードは元より女性と2人きりで話す機会などそうそうなかったのだ。

 静かな部屋、寝起き、そして背後にはベッド。


 必死にポーカーフェイスを取り繕ってはいるが、緊張なんてしない筈がなかった。ガナードはしっかりと思春期の男の子なのである。


 「おはよ、ガナード。朝食出来てるから呼びに来たのよ。あぁ、安心して。パパならもうご飯食べて部屋で仕事をしてるわ」


 「あ、うん。……分かった。行くよ」


 そうまくし立てるベルルマント。ガナードの様子には気が付いていないようだ。それどころか、父親が今は仕事で席を外していると更なる燃料を投下する。

 ガナード、彼は女性との食事も初めてなのだ。


 緊張のしすぎで、ベルルマントの口調が余所行きの丁寧なものから素に戻っているという事に彼が気が付くのはまだ先の事である。

 

 ベルルマントに連れられ、通されたのは昨日と似たような客室だった。ガナードの勝手なイメージでは、貴族はもっと広いテーブルで無駄に離れて食事をするという、偏見極まりないものだったのだが、その幻想は打ち砕かれた。

 そうであったなら、まだもう少し緊張を落ち着かせる事が出来たのだが、距離も近く、向かい合うようにして食べるというもので、食卓とほぼ同じ距離。

 テーブルに用意された朝食は、柔らかそうなパンに小瓶に入れられたジャム。そして、薄切り燻製肉に卵を乗せて焼いたもの、野菜のスープ。



 「さ、召し上がれ」


 豪華な食事に躊躇するガナードに向かって、ベルルマントは笑顔を浮かべて言うのだ。

 赤面しそうなのを必死でこらえて、ガナードはスープを一口。美味しい。そういえば、貴族はシェフと呼ばれる料理を専門とした人を雇っているって話を聞いた事が一


 「そのスープ、私が作ってみたの。この家の人達はどうにか褒めることしかしてくれないから……味見、どう?」


 一ある……。


 ガナードの思考が停止した瞬間だった。

 勿論、女の子の手料理も初めてなのは言うまでもない。今日は朝から初めて尽くし。ガナードは一歩一歩、確実に大人への階段を登っていた。


 自分じゃ分からないののね、と一口。その動作が余計にがナードにプレッシャーをかける。


 目の前には感想を期待するベルルマント。その目はガナードをしっかりと捉え、まだかまだかと催促しているようである。


 「あ、あの……えっと、その……」


 狼狽えるガナード。


 「あ、やっぱり……美味しくなかった、よね。ごめんね、すぐ下げるから……」


 それを見て勘違いするベルルマント。


 「そ、そうじゃなくて……! あぁ、もう! よし!」


 色々と自分の限界を越え、緊張を一瞬見失ったガナードは、スープを更に口へと運ぶ。マナーなどという言葉はそこにはない。みるみるうちに、ガナードのお腹へと流し込まれるスープに、ベルルマントは呆然と眺めることしか出来なかった。


 「……美味しかった。もう一杯」


 目を逸らし、頬を紅潮させ、飲み干したスープの器を差し出すガナードから発せられた言葉に、ベルルマントは笑いを抑えられずにはいられなかった。

 更に顔を赤くするガナード。


 「ふふっ、ありがと。けど、これで最後なの。ごめんね?」


 「あっ……そうか…………」


 ハッとしたように器を下ろし、ガナードは少し視線を落とす。如何にも残念そうである。


 そんなガナードを見かねたのか、自分の作ったスープをたいらげ、あまつさえおかわりを要求してきた事を嬉しく思ったのか、ベルルマントは無意識に、自分でも予期しない行動に出てしまった。


 「もう、しょうがないわね。そんなに食べたかったのなら私のを分けてあげるわ。……はい」


 そう言って、ガナードの目前に差し出されたのはスープの掬われたスプーンだった。ベルルマントが使用していた、スプーンである。


 ガナードは自分の髪との境目が曖昧になる程、顔を赤くしている。

 その様子を不思議に思うベルルマントだったが、程なくしてその意味を理解した。


 ベルルマントの顔も真っ赤っかである。

 スプーンを差し出したまま硬直するベルルマント。


 沈黙。


 「……差し出したんだから、食べてよ」


 「えっ……」


 先に沈黙を破ったのはベルルマントだった。差し出した以上、ここで引くのは彼女の流儀に反するとか、ここで引いたら負けだとか、勿論冷静な思考はしていなかった。


 「……いいから、食べる!」


 それでも動かないガナードに痺れを切らしたのか、ぽかんと口を開けていたガナードに、スプーンを押し混んだのだった。

 カチンと、少し歯に触れたようだが、零すことなくスープはガナードの口の中へ。



 お互い真っ赤である。それはもう、真っ赤も真っ赤、真っ赤っか。


 それからはお互い、無言で朝食を食べていた。

 途中で、自分が使っていたスプーンを彼の口に押し込んだ事に気付き、更に真っ赤になるベルルマントだったが、ガナードはその理由を知る事は無い。



 何を隠そう、この2人……出会って2日目である。

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