メイビス家
竜の亡骸は、騎士団が調査をしていた。あの様子だと、他者は近付かせないだろう。だが、竜という存在と、それが一撃の元に仕留められたという現実だけは、その亡骸の様子が物語っていた。
鋭く滑らかな首の切断面。ガナードはその体表が並の剣では歯が立たない事を知っていた。騎士団の戦いを見ていたから。
騎士達の誘導により、竜に近付かないように馬車を動かす。誰も、視線は竜に向けたまま。
王都にはもう、話は広まっているのだろうか。
いや、何かしらの戦闘が行われていたことを知っている者達はいるだろうが、それが白銀の勇者によって打ち倒されたという事を知るものは、まだ居ないだろう。
「……本当に、白銀の勇者が現れたようですね」
ベルルマントは、緊張した面持ちでその重たい口を開いた。竜と人との争いは遥か昔、今となっては昔話でしか知るものは居ない。
もっとも、昔話の竜は成体となった個体である為、戦闘力は幼体である竜は遠く及ばない。
だが、それで事が済まされる訳では無い。
人間が、単体で竜を討ち滅ぼしたという事実が。この事実が、この先どのように転がるのか。
噂は、瞬く間に広がるだろう。
そして、捻じ曲がる。
噂とは、そういうものなのだ。
ありのままの事実が伝わり続けることは、有り得ないと言っても過言ではないだろう。
「今はまだ不確定情報が多い。無駄に話を広げて、王都を混乱させないようにな」
竜から大きく離れた所で先導の騎士が足を止める。
「分かっています。しかし、竜が出たという事実は、すぐにでも話は広がるでしょう。原因の究明、早々に判明する事を願います」
騎士に一礼し、ベルルマントは馬を進めるように指示を出す。騎士は何も言わなかった。
馬車は徐々にその速度を上げていく。警戒は怠らないが、もう王都はすぐそこなのだ。馬もそれを理解しているのだろうか。踏み出す一歩一歩が力強い。
……。
そして一行は、日が暮れる頃に王都へと到着を果たした。馬が勇み足でなければ、完全に日も暮れた後の到着となっていただろう。
「王都までの護衛、御苦労様です。怪我をした者達を早急にギルドへと送り届けてください」
「ですが、屋敷までの護衛は……!」
「ガナードが居ます。それに、この子も……」
馬車を引いていた、先頭の一頭。ベルルマントはその馬の固定具を外し、軽快に跨る。どうやら、その馬だけはベルルマントが所有している馬のようだ。
「……いえ、やはり屋敷までは私も行きます」
ラドは食い下がった。仕事は無事に屋敷まで送り届ける事であって、王都までの護衛ではないのだ。
「……分かりました。行きますよ」
馬に乗るベルルマントを挟むように、左右にガナードとラドが護衛を務める。
何か、自分が意思決定をする前に物事が進んでいるような気もしたが、ガナードは深く考える事はしなかった。
どの道、今更抜けるとは言い出せないのだ。流れに見を任せよう。
ガナードは無言で、ベルルマントの住む屋敷まで護衛を務めるのであった。
メイビス家の屋敷に到着したのは、日も完全に沈み、辺りを照らすものは点在する松明と、手持ちのランプだけだ。
ラドの持つランプが行先を照らす。
「……やっと、帰れましたね」
宿場を過ぎ、商業地区を越え、その先の城下の周りに広がる貴族の屋敷が集まる地区。その、中でも特に大きい建物の前で馬は止まった。
「ベルルマントお嬢様! おかえりなさいませ!」
門前に立つ、筋骨隆々の男がベルルマントに向かって片膝をつき、頭を垂れる。
立ち上がると、次にラドとガナードを一瞥し少し頭を下げる。
「そして、護衛の者。ご苦労であった。報酬はギルドの方から受け取って頂きたい」
これで、ラドの任務は終わりを迎えたようだ。ラドはガナードへ視線を送り、その場を後にした。
「む……?」
護衛の依頼を終えたというのに動こうともしないガナードへ、不審感を顕にする門番。しかし、それをベルルマントに宥められる。
「この人は護衛を依頼した冒険者達ではないわ。ちゃんと客人として持て成してよね」
「ふむ……お嬢様が客とおっしゃりますか。詳しい話は中でお聞きしましょう」
ガナードへと向けられる視線は依然鋭いが、それでもベルルマントの様子から危険は薄いと判断したのか。
もしくは、危険だと判断すればその時点で排除する事が可能だからか。
門番は開かれたた門へガナードを招き入れた。
待機していた別の門番へ門を託し、報告も兼ねて門番は二人に同行する。
アギルゼス王国、メイビス家。
それはこれまでに王国に多くの有能な兵士、騎士を輩出した事で知られる大貴族。
その、今代の娘に招かれた客というのは、ガナードが初めてであった。




