いざ、洗浄へ
巨大な城門。見上げるほど高く、巨大な門は、行き交う人々を飲み込むほどに大きい。
王都へとたどり着いた私を最初に驚かせたものは、この城門であった。
「嬢ちゃん、王都に来るのは初めてかい?」
城門を見上げ、放心していた私に男の人から言葉が投げ掛けられる。
声が飛ばされた方へ振り向くと、この城門を守っていると思われる王国の兵士がそこにいた。
ただ振り返るだけで何も答えない私に、更にその男は言葉を続ける。
「ここの城門かなりデカいだろ? 嬢ちゃんくらいの子は、初めて王都に来たりするとそうやって驚くもんだ」
「は、はぁ……そうなんですか」
どうやら、ここでは良く見かけられる光景らしい。というか、私完全に田舎者扱いされてる。確かにそうだけど、田舎というより辺境ってところから来たとは言えない。
「へへっ、どうだ? 嬢ちゃん達、王都に慣れてないんだろう? 俺がこの後晩飯がてら王都を案内してやろうか? 」
「へ……? あっ、えっと……」
突然の誘いに驚いた。だけど、どうしてこんなに親切にしてくれるのだろう。
その答えは、直ぐに気付いた。
その兵士の視線は私達の顔よりも低い場所を見ていた。私から左に少し逸れた、レンの豊満な胸元へ。
それに対し、レンは不快に感じてはいるのだろうけれど、顔色一つ変えることもなく、それどころか兵士の方に視線すら行かない。
「私達、先を急いでいますので失礼します」
「わっ……ちょ、待ってよ」
抑揚も無くレンはそう告げると、私の腕を引いて早足で歩き出す。
「ありゃ、フラれちまった。もう夜になる、早いところ宿でも取れよ、嬢ちゃん達!」
離れていく私達に向けて、兵士の人は手を振りながら私達に聞こえるようにそう言った。スケベ以外はまともな人なのかもしれない。
そうして、少しムスッと不機嫌になってしまったレンに引き連れられて、旅の宿が並ぶ通りへ。
通りには沢山の人が溢れており、宿の呼び込みや荷車を引く者。明らかに冒険者だとわかるような人達。宿に泊まる人達を対象とした保存食を売りに来ている人。
そういった人達で溢れて、もう夜になるのに活気を感じる。
その中の一つの宿へと足を運ぶ。
代金は先払いのようで、レンがサッと支払ってくれた。
特別なものがあるわけでもなく、ただベッドと小さい机、椅子が置いてあるだけの部屋。
宿はこれが一般的なのだそうだ。
「今日はだいぶ歩きましたし、王都を見て回るのは明日にしましょう」
「そうだね。ちょっと楽しみだなぁ……」
お互いベッドに腰をかけ、一心地着く。
この部屋安い代わりにベッドが通常より少し大きいとはいえ、一つしか置かれていない。私達はあまり体が大きいわけでもないから、このサイズでも充分眠る事は出来るだろう。
「アギサ、ローブを脱いで渡してください。綺麗にして掛けておきますから」
「ありがと。森の中走ってきたから結構泥だらけだよ」
さっさとローブを脱いでレンへと手渡す。
レンの洗浄魔法は凄く有難い。
手のひらに水の魔力を宿し、布などを撫でることで汚れを水に絡め取るというもの。緻密な魔法のコントロールが出来ないと難しいらしいのだが、レンは涼しい顔でやってのける。
そうして二人分、土に汚れていたローブ綺麗になり、それを衣類を掛ける為の取っ掛りへと掛ける。
この魔法があると何が便利なのか。
それは、着替えが不要で嵩張らなくて済むというのが一番大きいかもしれない。
「じゃあ、アギサ。ついでだしもう服も脱いじゃってください」
「はいはーい」
ボロボロの軽鎧を外し、その下の布の服まで脱いで下着姿になる。脱いだ服はレンへと手渡され、ローブと同様に魔法で洗浄していく。
この魔法は終われば殆ど濡れていないので、少し放置していれば簡単に乾いてしまうのだ。
洗濯から脱水までを同時に出来る優れた魔法だと、私は初めて見た時からそう思っている。
手に纏う水に汚れが溜まれば、窓から外にポイと捨てられる。所詮水なのだ。
私の服の洗浄が終わると、次にレンは自分の服を洗浄しにかかる。
飾りの無い布のロングスカートのワンピースを脱ぎ、メリハリのある肉体をさらけ出す。別に羨ましくはない。羨ましくない。
この作業も手馴れたもので、時間は殆ど使わずに終わらせてしまう。
「服の洗浄も終わりましたし、アギサ。もっと近くに寄ってください」
その白く陶器のような滑らかさの素肌を隠すこともなく、スラリと伸びる腕で私を手招く。女の私ですら見惚れそうなほど美しい。エルフ凄い。
私はレンの隣に腰を掛ける。
「こっちも早く終わらせてゆっくり休みましょう」
「ひゃっ……!」
レンの指が私の髪を撫で、首筋に冷たい感触を押し付ける。何度やっても最初が慣れない。
レンのこの魔法は衣類だけでなく、こうして自分や他の人の身体を洗うのにも使えるのだ。魔法の操作は視認となるので、服は脱がなければいけない上に、レンに直接触れられなければ効果が薄くなってしまうのが、この魔法の難点だという。
誰かに身体を洗われるという事なので、羞恥心が勝る人の方が多いだろう。これで、レンが男の人だったら私もそうだったんだろうけれど、同性なので気にしない。
むしろ、癖になる気持ちよさがあったりもする。
レンの手のひらの内側で渦巻く水流が、疲れた体を揉みほぐしてくれるのだ。
素晴らしい癒しの魔法なのである。
……。
心身共にリフレッシュを終えたところで、明日備えてお布団に入り込む。お布団。
素晴らしきかなお布団。
隣に感じる体温と、お布団のぬくもりによって、私は早々に眠りへと落ちていった。嗚呼、素晴らしきかなお布団。




