竜種
アギルゼス王国に、唐突に一つの凶報が舞い降りた。竜種ゴルドロアが大森林の交易路に出現した、と。
竜種とは、遥か古来より君臨すると言われ、自然を操るとさえ言い伝えられているモンスターだ。
その姿は災厄の化身とも、国崩しとも言われるほど恐れられていた。
だが、それは成体の竜種の話。
今回王国に出現した竜種ゴルドロアは、成体になると蠢く巨大な山と化すと言われている。
報告によると、民家程の大きさであり、幼体であると推測される。
そして、迅速に討伐隊が結成された。
国の中でもトップクラスの実力を持つ者達で結成された、アギルゼス王国騎士団。その中で、大型モンスターとの戦闘経験が長けた者達が、討伐に向かったのだ。
彼らは如何なる時でも全力を尽くす。
一一そして、騎士団は竜種ゴルドロアと退治した。
「我がアギルゼス王国騎士団はこれより竜種ゴルドロアの討伐を開始する! 各自、決められた役割を果たすように! 行くぞ!」
今回、騎士団長を任されたグダラは大きく鼓舞する。
幼体とはいえ、伝説とも言われる竜種なのだ。油断など出来るはずもない。そう、幼体ですら騎士団全体に緊張が走る程の威圧感を持っているのだ。
何より、口の中という比較的肉質の柔らかい部位を狙って放った閃熱魔法ですら、僅かなダメージを与えるに留まってしまった。
魔法に対して強力な耐性を持っているのだろう。
ゴルドロアは、今まで相手にしていた者達とは違う、敵意を受けても怯まない相手が現れたことにより、標的をそちらへと向ける。
そして、その巨体から繰り出される前脚の爪による一撃を、敵として認識した者達へと振り下ろした。
鈍く、重く、金属どうしがぶつかるかのような轟音。
ゴルドロアの一撃は、騎士の大盾によって防がれたのだ。しかし、それも長くは持たないだろう。
頑丈さを追求した筈の盾は、大きく歪み、いつそれの役割を果たせぬ金属塊へと変えられてしまうのか分からない。
だが、その一瞬。
ゴルドロアの攻撃が受け止められた一瞬の硬直に、二人の騎士がゴルドロアへと斬りかかった。
激しく火花を散らし、騎士の剣は容易くも弾かれてしまう。
通用しないのが分かると、二人の騎士は一度、わざと派手に攻撃をして見せ、ゴルドロアの左右へと回り込んだ。
ゴルドロアはその二人を一網に打尽するべく、岩石を連ねたかの如き尾を大きく振るおうとした。
だが、それは叶わない。
ゴルドロアを挟み込むようにして、土の壁が魔力を帯び、その動きを阻害する。
しかし、動きを止める事は叶わず、あえなく壁は破壊されてしまった。
そして、ゴルドロアの目前には一人の騎士が立ち塞がっていた。
それを排除する為、受け止められてしまった爪よりも強力な一撃。突進する勢いそのままに、目の前の騎士を噛み殺そうとした。
「ぐっ……! 流石に、重てェな…!! けど、この程度かよ大トカゲェ!!!」
だが、その男は死なない。
その、目の前にいるたった一人の人間に受け止められてしまったのだ。
だが、男には三人分の身体強化の魔法がかけられ、ほんの短期間だけ肉体の限界を超えて、超人的な力を生み出していた。
そうして、また動きを止めたゴルドロアへ向けて、一斉攻撃が始まったのだ。
魔法、弓、剣、斧、槍。
それらがゴルドロアへ向けて幾度となく浴びせられる。
その外殻には無数の傷が走り始めた。
痛み。
ゴルドロアは今まで感じたことの無い痛みが、全身を駆け巡っていた。
人間達の猛攻に、脅威を感じた。
そして、ゴルドロアは己の力を解放したのだ。
自然を操ると言われる、竜種の魔法。
足元の地面を通してゴルドロアの魔力に周囲が支配され、地面はゴルドロアの意のままに形を変えた。
鋭い土の槍が人間達を襲う。
咄嗟に回避したもの、防ぎきった者、そして、貫かれた者。負傷した者。
この一撃が、勝敗を決めた。
崩れた陣形に、緩んだ攻撃の手からゴルドロアは抜け出す。
そして、次に始まるのはゴルドロアによる猛攻。
爪、牙、尾。そして足元から突き出す土槍。
もはや、騎士団は壊滅的なダメージを負っていた。陣形を崩され、武器は折れ、鎧は打ち砕かれ、死人が数人であるのは幸か不幸か。
もはや、騎士団員達の立ち上がる気力すら失い始めた時、更に目の前に用意されたのは更なる絶望。
まるで、全てを焼き尽くせるかのような、強大な魔力。それがゴルドロアの頭部から発せられていたのだ。
もし、それが打ち出されたとするなら、自分達はおろか、後方に居る力の無い兵士達まで巻き添えになるのは明白だ。
その射程によっては、王国への被害まで生まれるかもしれないのだ。
騎士団長グダラは死を覚悟した。
竜の首が下ろされる。まさに、生と市の狭間。大森林の中より、白い影が飛来した。
そして、竜の首は落とされたのだ。あまりにも、呆気なく。
白い、魔鎧。
白銀の勇者によって、竜種ゴルドロアはこの日討たれた。




