一閃
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大森林には村と村を繋ぐ舗装された道の他に、そこから通じる王都への大通りというものがある。
大通りは見晴らしも良く、しっかりと踏み固められた地面に、行き交う人々も多い。
村から得た情報では、その様に聞いてきた。
だが、そこで目にしたものは私達が思い描いていたものとは全く違うものだったのだ。
「レン、あれって何だと思う……?」
「大きな穴ですね……」
そう、大通りのど真ん中に巨大な穴が空いている。
巨大な何かが這い出てきたのか、そこから潜っていったのか。恐らく前者だろう。そこかしこに、何かが暴れた痕跡がある。
そして、巨大な足跡も。
残された痕跡を見る限り、足跡と何かを引きずった様な跡は王都へと向かっている。
「……レン、どうしようか。この先に何か大きいのが居るみたいなんだけど」
「んー……とりあえず進みましょう。人間達だけで解決出来そうなら、様子を見守ればいいだけですし」
「手に負えなさそうだったら私が出るよ。レンの魔法はもしかしたら、エルフってバレてしまう原因になってしまうかもしれないし」
それだけ、レンの放つ魔法の威力は凄まじい。
「じゃあ、その時はよろしくお願いしますね、アギサ」
「はーい。んじゃ、少し急いで行こうか」
そうして、私達は駆け出した。
こうして、当たり前のように出来ていた事が、レンによると私の中に渦巻く魔法 力をスタミナに変換して、長時間走り続けることも可能にしている、とか。
その時初めて、私にも魔力があるという事を知った。けれど、魔法は使えなかった。練習したけど無理だった。悲しい。
レンは当たり前のように、自分に身体強化の魔法を使っていた。
それはさておき、暫く走っていると何やら土煙と共に喧騒が聞こえ始めていた。私はレンに目配せをする。
レンはそれに気付くと、大きく頷く。
私達は大通りから視界の悪い大森林へと入り込み、木合間を縫って先へと進む。
喧騒が大きく聞こえ出した頃、それは姿を現した。
森の木々程もあろうかという巨大な体躯。剣や矢の直撃ですら貫く事の出来ない強靭な黒い鱗、甲殻。荒々しく牙の並んだ凶悪な頭部。岩を固めたような、ゴツゴツとした尻尾。
それはトカゲというよりは、竜と呼んだ方が当てはまりそうなものだった。
その竜は、大通りの先へと進もうとしているが、数多くの人間達がそれを阻害している。つもり、なのだろう。
斬り付けた者はその強靭な体表に弾かれ、前足や尻尾に弾き飛ばされる。
矢を射る者は、そもそも意にも介されていない。
魔法を使う者もいるが、それもレンが小指で小突くようなお粗末なものばかり。通用するわけがない。
レンと顔を見合わせ、助けに行くため身を乗り出した時、それは現れた。
兵士へと食らいつかんばかりに、大口を開けていた竜の口へと目掛けて、光の矢が、穿たれたのだ、
竜が仰け反った瞬間に助け出される別の兵士。
兵士達は喚起している。
何故なら、王国の騎士が、応援に来たのだ。
煌びやかな鎧に身を包み、堂々たる面持ちで戦場に君臨した騎士達。数十人は居るだろうか。
最前列に立つ、隊長らしき人物が声を上げると、それを合図に騎士達は竜を取り囲む。
竜の爪を構えた大盾で受け止め、その両脇を抜けて二人の騎士が竜を斬り付ける。
竜がその強大な質量の尾を振れば、魔法によって作り出された壁に阻まれ、動きを止めていく。
竜がその大きな口で喰らいつこうとするならば、巨漢の騎士がそれを受け止め、動きを抑えている間に他の者が竜への攻撃を繰り返す。
そこからは、一方的な蹂躙が待っていた。
その強固な鎧は打ち砕かれ、肉は深々と穿たれおびただしい量の血を傷口から吐き出していく。
そこには余裕があった。
騎士達に一切の油断は感じられず、その光景は実力差というものを明確に表していた。
戦線を離脱した兵士達も、その光景から目を離せない。次元が違うのだ、無理もなかった。
王国の騎士達が、国の精鋭が、地に膝を着き、中には倒れ伏している者もいる。こんな状況を、誰が予想したであろうか。
先程までは騎士達が竜の動きを阻み、攻撃の主導権を握り、戦いの流れを掴んでいたのは騎士達の筈だった。
きっと、兵士達はその全てが騎士の勝利を疑っていなかった。
だが、現実はどうだろうか。
騎士の誇りとも呼べる剣は玩具のように砕かれ、鎧すらガラス細工の様に簡単に破壊されてしまった。
決定的だったのは、竜の繰り出した魔法である。
地面が形を変え、騎士達へと槍のように襲い掛かったのだ。
蹂躙されたのは、騎士達だった。
そして、騎士達を一掃できる位置と角度を得た竜の口にエネルギーが溜まっていく。
騎士は覚悟を決めたように、目を閉じる。
もう、どうしようもない事を理解してしまったのか。
兵士はその場から逃げ出さんと、背を向け走り出した。
それが無駄だと知りながら。
そして、蓄積されたエネルギーを放とうと竜が首を下げた瞬間。
一閃。
たったそれだけで、竜の首は体から切り離され、地面へとエネルギーを霧散させながら、沈んでいった。
噴水のように血を流し、筋肉を痙攣させながら遅れて胴体も音を立てて倒れる。
内心、もっと強かったらどうしようかと。
不意打ちと、腕から伸びる必殺の剣。
竜の一番油断した瞬間を狙った事で、容易に倒せたのだろうと思う。
森の中でレンが笑顔で手を振ってるのが見えた。
色々と騒ぎになって取り囲まれる前にこの場から逃げよう。




