護衛
高貴なドレスに身を包んだ少女はベルルマント・メイビスと名乗った。メイビス家と言えば王国とは遠い村でも、どこかで名前は聞く事がある程世間に知られている家だ。
少年ガナードが助けた少女は、その家の娘だという。
「恩人様、宜しければお名前を伺っても良いですか?」
腰を低く、少女は上目に少年に問いかける。
「俺の名はミナ……」
そこまで言いかけて、少年は口を閉ざす。
「俺の名はガナード。悪いけれど、貴族様と失礼無く話せるような教育なんて受けていない」
「いいえ。貴族とは言っても、それは親の七光り。私の力ではありませんので、どうかお気になさらずに」
少女は苦い表情で言う。貴族には貴族ならではの悩みがあるのだろうと推測するガナードだが、それが何なのかはさっぱりだ。
なにせ、貴族と話すのはこれが初めてだからだ。
「お嬢様、倒れた者達は馬車へと乗せました。我々も早々に出ましょう。既に予定より遅れています」
倒れ伏していた仲間を、馬車の荷台部分に横たわらせた残りの二人の兵が、ベルルマントに申し出る。
「襲撃されたのだから遅れるのは当然です。しかし、護衛の者が半数以下というのは……」
「ここに居てもまた盗賊共にカモにされるだけです! ひとまず、この場から離れましょう」
兵士の一人が少女を急かし、馬車のクーペへと乗り込ませる。少女は扉に手を掛けながら、少年へと視線を向けた。
「ガナード、でしたね? 私達はこれから王都へと向かいます。貴方も、そうですか?」
しっかりと見据えられ、少年は首を縦に振る。
「では、貴方の腕を見込んでお願いがあります。王都までの道中の護衛を、お願いできませんか?」
その言葉に真っ先に反応したのは、少年ではなくお付きの兵士であった。
「お嬢様! お言葉ですが、このような得体の知れない者を護衛に付けるのは些か不用心すぎます!」
「この人は私達を助けてくれたわ」
「それが、あの盗賊達と共謀していないとは限りません! 手段としては良くあることです」
兵士は少年へと敵意混じりの視線を送り付ける。
だが、それに臆することも無く、少年はただ、事の成り行きを傍観している。
「では、貴方達二人はあの時、私を護る事が出来ましたか?」
「それは……!! しかし!」
兵士は口篭る。
護衛として付けられた筈の自分は、盗賊達からあの時少女を守り切る事は出来なかっただろう。
それは自分達が一番よく分かっていた。
あの吹き矢の存在に気付かなければ、あの時自分達に勝機など微塵も無かったのだ。そして、自分達はそれに気が付く事は出来なかった。
それなのに、目の前にいるみすぼらしい少年はそれを見破り、あまつさえ、盗賊共を一人で撃退して見せたのだ。与えられた仕事を完遂できず、兵士としての誇りもプライドも打ち砕かれ、不満でない筈がない。
「どちらにせよ、この者が居なければあの場で私達は終わっていました。今は、少しでも戦えるものが多い方が良いのです……」
憂いを帯びた表情で、後方の荷台へと寝かされている兵士達を一瞥すると、また視線を目の前の兵士へと戻した。
「分かり……ました…」
「今は、こうする他に無いのです。お見苦しい所をお見せしてしまいました。こちらの話は纏まりましたので、どうぞ、答えをお聞かせください」
相も変わらず、凛とした雰囲気を醸す少女。
「そんな顔されて、断れる筈が無いだろう。そこの兵士さんからは警戒されているようだけど、俺はシバルド村出身の者だ。盗賊に対して苦い思い出があったから、余計に放っておけなかっただけだよ」
その言葉に兵士は目を見開く。
「貴様、あのシバルド村の……!」
王国の兵士の中でも、シバルド村というのは有名であった。一年ほど前に大規模な盗賊団が現れ、シバルド村を襲った。そこに現れたのが、白銀の勇者なのだ。
初めて、その姿が確認された場所。それがシバルド村。
「そういうわけだ。特に貴族様に取り入ろうとか、お命頂戴とか、そういうのじゃない。助けた事に、理由なんてないよ……放っておけなかったんだ」
思い返すのはあの日の光景。
「……あの人なら、そうするよな」
小さく呟いた言葉は、誰の耳に届く前に風に攫われて宙に舞った。




