赤い衝撃
少年は旅に出た。のどかで、活気のあったシバルド村が盗賊団に襲われた時から、固く決意していたものだ。
少年の名前はガナード。家名はない。
村にて、15歳の誕生日を迎えた日、旅に出た。
赤く燃えるような情熱を感じさせる髪の毛と、年齢からは少し低めの身長。しかし、その身体はしっかりと鍛え上げられている。
やや釣り上がった目に、力強い眼差し。その先には何を見据えているのだろうか。
村を出た少年はアギルゼス王国、その中心へと向かっていた。目的は一つ。冒険者の為のギルドである。
世には人間にとって害を成すモンスターを倒す事を生業とする者達がいる。多くの旅人はこのギルドに属し、モンスターの討伐や、危険な地域に自生する薬の材料となる薬草など、そういったものを引き受けることで報酬を得ている。
シバルド村も、村からモンスターの討伐等の依頼をギルドに送り、冒険者がモンスターを討伐しに来ることも珍しくはなかった。
ギルドに属すれば、きっと、あの白銀の勇者の情報も入ってくるだろう。もしかしたら、ギルドの中でも高位となる開放者なのかもしれない。
開放者ならば、ギルドに届く依頼その全てを受ける資格があり、言うなれば、その力に絶対なる信頼を得ている者達なのだ。
少年は駆ける。
少しでも早く白銀の勇者に追い付くために、その足取りを掴むために。
王国へと続く道すがら、悲鳴が聞こえた。
声が聞こえたのは正面からであり、森の中で視界が悪いが、このまま進んでいけば悲鳴の出処も分かるだろう。
ガナードは更に大地を踏みしめ、飛ぶように地面を駆けていった。
すぐに悲鳴の正体は判明した。
一般的に使われるものとは雰囲気が大きく異なる、優美な馬車が盗賊と思しき者達に襲撃をされていた。
ガナードは木に身を隠すと、状況把握の為に様子を伺う。
護衛の兵士は数名居たようだが、半数は地に伏している。だが、兵士が盗賊に遅れを取るだろうか?
奇襲によって、先に数を減らされてしまったのだろうか。それならば、盗賊が兵士を倒していても不思議ではない。だが、それでも何かおかしい。
そんな時、盗賊と対峙している兵士が大きく体をふらつかせたのだ。まるで、突然体に力が入らなくなったように、膝から崩れ落ちる兵士。
なるほど、そういうことだったか。
ガナードは木の枝へと飛び上がり、盗賊達の頭上を駆け抜けていった。
考えなしにあの場に躍り出ていたら、自分もあのようになっていたのかもしれない。
彼が目指すのは盗賊共の構えている場所より、更に奥の茂み。ガナードは白色の剣を抜き、枝の反動を利用して茂みごとそれを切り裂いた。
「な、ぜ……貴様、どこから…………!?」
茂みの中には吹き矢を持つ、盗賊の仲間が潜んでいたのだ。兵士達が正面に立つ盗賊に気を引きつけられている好きに毒針を飛ばし、撃ち込む。
だが、その吹き矢も砕け、扱っていた本人も腹部からおびただしい量の血を撒き散らし、彼もまた地に付した。
「お、お前……! クソッ、まだ潜んでいやがった奴が居たのか!」
ガナードの剣の柄を握る腕に僅かに力が込められる。やれる。
そう確信したガナードは、混乱の収まらない家に一人、更にもう一人と盗賊を切り伏せていった。
「このガキがァァぁぁぁぁ!!!」
力任せに振るわれた大型の剣を、白色の剣で受け流し、勢いそのままに深い一撃を叩き込む。
既に半数以上の盗賊が死に絶え、強気だった盗賊共に焦りと恐怖が表れだした。
そこに、更にもう一手。
ガナードの腕に魔力が集結し、火球を生み出す。それを盗賊達目掛けて投擲したのだ。
火球は盗賊達の足元で爆ぜ、辺りに熱を撒き散らす。
流石にこれ以上は勝てないと悟ったのか、我先にと盗賊達は森の中へと逃げ去っていった。
その様子を見届け、一息を吐いたガナードの首元に両側から剣が突き付けられる。
「貴様、何者だ……!」
剣を突き付けているのはアギルゼス王国の兵士である。ピタリと突き付けられた剣に、ガナードは両手を上げて見せて敵意が無いことを証明する。
が、剣は下ろしてもらえない。
「おやめなさい!」
凛とした、女性の声が馬車の中から発せられた。
「し、しかしお嬢様……!」
「いいからおやめなさい! この窮地を救ってくださった恩人への無礼は私が許しません」
「か、かしこまりました……」
兵士は剣を下げたが、それでもガナードを見る眼差しは僅かな動作も逃すまいと、警戒を強めているのが分かる。
馬車から、女性が姿を現す。先程までの凛とした空気を身にまとってはいるが、その者は女性と呼ぶより、少女と呼ぶ方が合っているだろう。
そこには、ガナードと同年代程の少女が姿を現したのだ。
そして、恩人へと一礼する。
「アギルゼス王国、その大臣メイビス家の娘。ベルルマント・メイビスより感謝を伝えさせていただきます。この度は危うい所を助けていただき、誠にありがとうございました。そして、兵士の非礼をお許しください」
淡い桃色の髪を揺らした少女の瞳はしっかりと、少年を映し出していた。




