齟齬
一頻り泣き終えると、レンは付き物が落ちたように、スッキリとした顔をしていた。
「こんな風に泣いたの、いつぶりだろう。アギサには恥ずかしいところ見られちゃいましたね」
そういいながら、彼女は照れくさそうに笑う。可愛い。
「ここには私しか居ないんだから、泣きたい時に泣いていいんだよ」
そう、ここには私しかいない。
こうやって、誰かと心を通わせる為に話すのは、この世界に来て初めてのことなのかもしれない。
村に行けば、誰かと話す機会はあったけれど、殆どが必要最低限。世間話なども、噂について少し聞いたりする程度でしかなかった。
村の人たちは私を白銀の勇者と崇め始める始末。
私はその扱いに居心地が悪く感じ、村に滞在する時間もほとんど無いに等しかった。
やっぱり、私も寂しかったんだろうなぁ。
一人が気楽だとは思うけれど、それでも私自身と話してくれる人なんて、全然居なかったわけだから。
「……アギサは、若いのにしっかりしてるね」
若いって、そりゃあエルフから見たら人間なんて凄く若いなんてものじゃないのではなかろうか。
「あ、そうじゃなくて……人間の中でも凄く若いですよね?」
表情に出てしまっていたのか、レンがことばを付け加える。
「いったいどれくらいに見えてるのよ……」
「14とか15とかですかね? それくらいじゃないのですか?」
さも当然とばかりに、レンは言った。
……。
いやいや、流石にそれはないでしょうよ。
「あの、私……20くらいなんだけど」
「えっ?」
「えっ? って……。嘘、私ってそんな子どもっぽく見える?」
「えぇ……嘘、信じられない。だって、えぇ……?」
あ、これガチのやつだ。本気で驚いてる。口調も崩れてるし。レンが物凄く疑わしそうな表情で私を見ている。
「だって……顔とかも凄く幼いし、体付きも……うん」
よくも視線を下に向けてくれたな。
あまり大きくならなかったのは私のせいじゃない……遺伝、そう、きっと遺伝なんだよ。
それに、私はそこまで童顔ではない……はず。あれかな? 外国で日本人が実年齢より若く見られる的なそんな感じなのかな?
うん、きっとそうだ。そういう事にしておこう。
「体付きに感じては、レンが大きすぎるだけだと思うんだ……」
「そうですか? そんな事ないと思うんですけれど……」
「……レン、立って」
「は、はい」
「…………その状態で、足元見える?」
「えっと、爪先も見えないです」
そりゃあ、そうだろう。こんなに自己主張が激しいのだ。足元どころか、下を向けばそれしか見えないんじゃないだろうか。
「アギサは、本当に20歳なんですよね……?」
「そうだよ! 貧相な体してるけど、これでもちゃんと20だよ! そういうレンはどうなのさ!」
「わ、私ですか……? えっと、確か……2400歳くらい、ですね。多分」
桁が違った。2桁くらい。
「あれ……レンからしてみたら、私って赤ん坊レベルの年齢なんじゃないのかな。少し悲しくなってきたよ……」
「そ、そんなことないですよ。これだけ長い間、殆ど森の中で過ごしてましたから……色々と経験してるのはアギサの方が多いと思います」
……そんな長い年数、想像もつかないよ。流石に2000年も半ばに差し掛かりそうな年月と20年じゃ……とも考えたけど、私に限ればある意味間違いではないのかもしれない。
世界を越えてしまったわけだし。
「納得は行かないところの方が多いけど、これからどうしていくか考えようか」
「そうですね。早急に、とは言いませんけれど、準備は早い方がいいかもです」
「だよね……レンと暮らすとなると、この家も大きくしなきゃだし」
「えっ? ここから離れるんじゃないんですか?」
「んっ? あれ、そういう話?」
さっそく既に食い違ってしまっているけれど、こうして私とレンの二人での生活は始まったのだった。




