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機械仕掛の異世界英雄伝説  作者: 桃芳亜沙華
歩き始めの物語
21/65

 なんという事だろうか。

 私は途中から、唖然としてしまつていた。


 話のスケールが、私の想像を遥かに超えてしまっていたのだ。

 歩み寄ったエルフを利用した人間。だが、それも遠い昔の話である。エルフは人目に付かない場所で隠れて過ごしていて、私が生活していたこの場を聖域として、結界を張っていたというのだ。


 「この結界って……通れる人はどれくらいいるの?」


 「そうですね……誰しも、純粋な子どもの頃なら入れる人は多いと思うのですが、アギサ程の人間が結界を突破したというのは、私も初めて目にしました」


 それは、私の感性が子どもだという事なのだろうか。失礼な。これでも私は19歳だ。

 いや、もうこの世界で一年近く経過してるから20歳?


 「えっと、アギサが考えてる事はよく分からないですけど、そういう事ではなくて……アギサからは人間が持つ貪欲さが感じられないのです」


 「貪欲さ……?」


 「そうです。人は何かを強く求めると、どうしても心の片隅に非情な手段というか、何をしてでも手にしたいという欲が生まれます。通常ならば、それは理性に抑えられ表に出る事はありません。けれど、結界は、その欲を感知して、人間を阻むのです」


 人間の欲って……けど、そう考えると、私にも当てはまりそうな点もいくつか思い浮かぶ。


 「私も自分の欲で行動してる時があるけれど、それはどうなの……?」


 「恐らく、欲の種類が違います。生きていれば少なからず欲は生まれますからね。結界が阻む欲とは、目的の為に他者を顧みない強欲。それを阻むのです」



 そう言われて、少し納得する。

 私はあまり人に対しての関心が無かったし、それに欲と言っても、お腹が空いただの甘い物が食べたいだの眠たいだの、思い浮かぶのはそれくらいだ。


 結界についてはこの辺りで切り上げよう。


 次に気になる点。


 「レンは黒い力を隣の国で感じたと言ってたけれど、それは……?」


 「分かりません……本当に、真っ黒な感覚が私を見ていたのです。人の悪意というか、憎悪というか、何かとても恐ろしいものが動き出そうとしていました」


 レンは自らの体を抱き、蒼白な顔で体を震わせる。


 「あんな、恐ろしいもの……初めて見たかもしれません」


 「恐ろしいもの、か……」


 レンの話によれば、それが本格的に動き始めたら私が住んでいるこの大森林にも影響が出ると言う。

 確かに、草原の方向から見て王国は、この大森林を挟んだ先にあるのだ。進行してくるというのなら、障害以外の何物でもないだろう。



 「レンは草原の向こうに、どうして居たの……? 結界はここにあるのに」


 これが、分からない。安全な場所からどうして離れていたのか。


 「……結界がここにあるのに、その外に居たって、やっぱり疑問に思いますよね。私の両親は、先の争いで散り散りになってしまったエルフ、その生き残りを探す旅に出ていたのです」


 「そんな、危険を冒してまで?」


 「私は自分以外のエルフは、両親しか知りません。その両親も、今はもう居ません。この場に戻って来ても、エルフの力は殆ど感じられません」



 レンは、寂しそうに、笑う。


 「もう、きっとエルフは私以外……残っていないのかもしれません」


 「…………」


 私は、何も言葉が出せないでいた。


 「薄々、そんな気はしていました。私の両親は、それを否定する為、生き残りのエルフを探していたんだと思います」


 今にも泣き出しそうな、震える声でレンは紡ぐ。


 「こうやって、誰かと話すのも、いつが最後なのか分からないくらいで……ずっと、一人でした。両親は、困ったことがあったら、この結界の中に帰るように、私に言っていました。もしかしたら、誰か帰ってきているかもしれないと……」



 赤みが差した白い頬に、大粒の雫が零れ始める。


 「帰ってきても、私は……一人だった。一人だったんです……エルフは、いないんです。もう、ここに……どこにも、私の居場所はなくなってしまったんです」


 「レン……」


 私は、気付けばレンを抱きしめていた。目の前で泣きじゃくる少女を、放ってはおけなくて。

 体が動いてしまった。


 「アギ、サ……?」


 「大丈夫、大丈夫だよ。レン。一人ぼっちじゃない。私がいる。私がいてあげる。私はエルフじゃないけれど、少しでも長く、レンと一緒にいてあげるから……」


 「アギサ……アギサぁぁぁ…!!」


 理由なんて、そんな大層なものは持っていないけれど。

 ただ、泣いているこの子は放っておけない。


 私も、この世界では一人だから。



 寄り添えるなら、寄り添っていたいと思ったんだ。きっと、私も一人が寂しいから。

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