A-00,末路
――声が聞こえた。
自らの名を呼ぶ、愛しい人の声が。
しかし、すぐにそれが空耳と気づき、頭を振った。
自嘲的で、それでいて苦しげに笑う少年に、声がかかった。
今度は空耳ではない。
「大丈夫……?」
赤と黒の斑に染め上げられた空を飛翔する黒竜が声の主だ。
物々しく、荒々しい外見ながら、その声音はあどけない少女のものだ。
「……あぁ、大丈夫だ。帰ろう、もう良い」
「う、うん。――じゃあしっかりと捕まっててねっ」
兵士や騎士、民衆達の悲鳴で埋め尽くされた大都の上を旋回する。
肌を叩く風は酷く生暖かく、血生臭い。
(……知った事かよ、人類の未来なんざよ)
幾ら鎮めど再び燃え上がる戦の火。
幾人殺しただろう。
幾人救えなかっただろう。
最早諦観だ。
根元が腐っているのだ。
幾ら足掻こうが、抗おうが、救おうが、無意味だ。
いずれ全て腐り逝く。
腐り、汚泥に沈む。
「ねぇ、シシュー」
「? どうした?」
不意に声をかけられ、少年は首を傾いだ。
「……本当に、大丈夫?」
「……――」
答えられなかった。
寧ろ、どう答えたら良いか分からなかった。
「素直に言えば良いんだよ」
声音は幼き女のそれであるものの、その口ぶりは、まるで子を想う母のように穏やかで、諭すようなものであった。
外見と声が釣り合わないんだよ、と思わず悪態を突きたくなった。
しかし、自然と笑みが零れた。
そして、
「実を言うと、結構参ってるんだ」
そう口にした。
苦笑を伴わせて。
「ほらやっぱり!!」
「あ、あはは……、済まん」
「もー、すぐそうやって隠すんだからー」
「悪かったって。反省するから、な?」
「反省してもそれが活かされてなきゃ意味がないんだよ?」
「……返す言葉もないな」
「まぁもう慣れたけどねえ、でもやっぱり自分の口からそう言うのは言って欲しいじゃん」
「……善処する」
少年を乗せた黒き竜は西に飛ぶ。
外村止愁。
それが少年の名前だった。
今から十年以上も前に召喚され、魔王を無事倒した――と言うよりも気絶させ、倒した、と言う事にした――勇者であり、英雄的存在だ。
が、実は魔王を倒してはいないと言う事がどうしてかバレ、裏切り者とされる。
元々仲間だった者達に狙われ、慕ってくれていた人々から追い掛けられ、襲われた。
何度と、何度と襲われた。
勿論、反撃はしなかった。
何度と死にかけた。
そうして命からがらに逃げ延びた先で魔王に救われ、永遠の命を与えられる。
その後、魔王が死ぬ直前で子孫を残し、それを彼に託した。
その子孫が今彼を運ぶ黒き竜なのだ。
弱冠人間年齢で十歳がそこらだと言うのに、もう竜化出来るのだから驚きだ、と止愁は言う。
そしてそれから更に三年が経った。