「小説家になろう」で有名な作者は、幼馴染でした
同じ作品名がないか、同じ作者名がないかを確認した上で投稿しましたが、もし同じ人がいらっしゃいましたらご一報ください。
※この物語はフィクションです。
読み専だった僕は、毎日決まった時間に「小説家になろう」のサイトを開き、決まった時間にジャンル別ランキングを覗く習慣がついていた。
日々の移り変わりは激しく、昨日まで日刊1位だった作品が、2位、3位と落ち、そして消えていく。
諸行無常とは、まさにこのことかもしれない。
常に1位であり続ける作品というものは存在しないのだ。
そんな中、僕は妙に惹きつけられる作品を見つけた。
『のすたるじー』
……なんだ、これは。
いや、意味はわかる。きっとノスタルジーのことだろう。
題名からして、郷愁の想いを綴った作品なんだと思う。たぶん。
だが、あらすじを読んでもよくわからなかった。
「昔、好きだった人がいます。私のはじめてのお友達。もう一度、彼に会いたい」
うん、よくわからない。
ジャンルは“文学”だった。
明らかにあらすじは恋愛チックなのに、なぜか“文学”。しかも、投稿されてから半日ほどなのに、すでに大量のポイントがついていた。つまりは、すでにランキングの上位に入っている。只者ではない。
僕は、『のすたるじー』の「小説を読む」をクリックした。
最初の投稿から半日だが、すでに何話か更新されている。そのたびに、大量のブックマークとポイントがついたと思われる。
作者名は「ひゅうが・あおい」だった。僕はそこでピンときた。
この人、このサイトではけっこうな人気を誇る作家さんだ。
ファンタジーも書けば恋愛も書くし、ホラーも戦記ものも書く。いわゆるなんでもござれ、な作家さん。しかも、そのどれもが卓越した筆力で、読む者の目を離さない。
てっきりプロなのだろう、と思っていたがこの更新速度を見る限りおそらくプロではない。
「ひゅうが・あおい」の更新速度は普通ではないからだ。ほぼ毎日のように投稿している。しかも、そのどれもがずば抜けて面白い。
ユーザー情報では“女性”となっていた。おそらく、そうなんだろう。確かめようがないが。
この投稿半日でランキング入りを果たした『のすたるじー』の疑問が解けたところで、ようやく僕は一話目を読み始めた。
出だしは、いたって普通だった。
いや、普通だなんて僕が言うのもおこがましいけれども、とにもかくにも第一印象はそんな感じだった。
ちょっと意外な感じがした。
「ひゅうが・あおい」さんの作品は、そのどれもが最初の一文が強烈なのだ。
見る者の心をがっちりつかむ、その手法が素晴らしいのだ。
それが、この作品に限っては、普通だった。
「私には昔、好きな人がいました。」
一人称の語り口調で入っている。これもまた、奇妙だった。他の作品ではほとんどが三人称で描かれている。なにか、心の変化でもあったのだろうか。
一読者でありながら、そんな不安を抱きつつ先を読み進める。
「彼の名前は……S君としましょうか。」
ああ、これは固有名詞を出さないパターンか。と、僕は思った。と、なれば語り手の“私”も名前が出てこない可能性が高い。
「私とS君は、幼い頃から一緒によく遊びました。家が隣同士だったのです。」
読み進めるうちに、疑問がわいてきた。
これは、なんだ。
どう見ても、中学生の想い出日記のような書き方だ。
いや、批判しているわけではない。
ただ、明らかに今までの「ひゅうが・あおい」さんとは文体が違う。
僕は一抹の不安を拭いきれなかった。
「S君は、近所では評判の“悪ガキ”でした。」
“悪ガキ”という単語に、少し笑った。
そういえば、僕も昔“悪ガキ”と呼ばれていたっけ。
不思議と懐かしい記憶が甦る。
「それでも、その“悪ガキ”は私にとって“ナイト”でした。」
ふと、僕の脳裏に昔の光景が浮かんだ。
本を片手に、いつも公園の隅で読書をしていた幼馴染がいた。
彼女は身体を動かすことが苦手で、本ばかり読んでいた。
「一緒に遊ぼうよ」
と誘っても、ニコリと笑うだけの彼女。逆に、面白い本をいろいろと紹介してくれた。
家が隣同士で、親同士の会合に無理やり付き合わされただけだったが、僕は彼女と一緒でけっこう楽しかった。身体を動かすことが好きな僕がこうして小説ばかり読むようになったのも、彼女の影響かもしれない。
名前は、なんて言ったか。
………。
そう、「ひまわり」だ。
今思い出すとずいぶんと可愛らしい名前だ。
ひまわりは宮沢賢治が大好きだった。
ある日、僕らは公園で上級生に絡まれたことがある。
ガタイが大きく、数人の子分を引き連れた、絵に描いたような“ガキ大将”。
あいつらは、ひまわりの持っていた宮沢賢治を取り上げると、ボール球よろしくパスをし合いながら本を投げ合った。
「返して」
と両手を上げて追いかける彼女を面白がるかのようにパスをし合い、最後にはガキ大将の手に渡ると、ページを破ってバラバラにしていった。
当然、彼女は泣いた。
わんわん泣いた。
僕はそれを見た瞬間、キレた。
「返せ!!」だか「謝れ!!」だか、何を言ったかは覚えてないが、とりあえず何かを叫んでガキ大将に殴りかかっていった。
相手が上級生だろうが、手下が何人いようがまったく気にしなかった。
とにかく、どうにも我慢ならなかったのだ。
わんわん泣き崩れる彼女の姿に、どうしようもない怒りが込み上げていた。
僕は他の奴らには目もくれず、ひたすらガキ大将だけに掴みかかって行った。
横から引っ叩かれても、後ろから蹴られても、真っ正面のガキ大将だけに狙いを定めた。
何発も殴られようが、僕は何度も何度も頭突きをかました。
やがて、僕の渾身の頭突きが鼻柱をへし折ると、
「ぎゃああーーー!!」
と悲鳴を上げてガキ大将は倒れ込んだ。
倒れたガキ大将の鼻からは大量の血が噴き出している。
彼は「ひいひい」と泣きながら子分たちを引き連れて逃げて行った。
それを見届けて、僕も倒れ込んだ。その後のことは、あまり覚えていない。
あれからもう20年近く経っている。
あの後どうなったかはよくわからない。僕はすぐに両親とともに引っ越してしまったからだ。彼女とはあれ以来会っていない。
今、どうなっているのか。
あれだけ本が好きだった彼女だ。きっと、本に携わる仕事についているだろう。
………。
と、なんで急にこんな思い出が甦ってきたのか。
「ひゅうが・あおい」さんの『のすたるじー』は、読めば読むほど僕の過去と重なるからだ。
不思議だった。
まるで、かつての自分たちを見ているかのようだった。
これは、本当にフィクションなのだろうか。
読み進めていくと、『のすたるじー』の“私”がこんなことを語った。
「私は宮沢賢治が大好き。そして、その本を取り返してくれた“ナイト”のことも」
………。
取り返した?
これって、まさか……。
いや、そんな奇跡みたいなことはないだろう。
「私は、今でもバラバラにされた宮沢賢治の本を大事にとっています。いつか、あなたと会って、あの時のお礼を言うために。黙って行ってしまった私の“ナイト”。この声が、どうか届きますように」
つ、と額から一筋の汗が滴り落ちるのを感じた。
「ひゅうが・あおい」。
その名で、最初に気付くべきだった。
幼馴染の名前は「ひまわり」だ。漢字になおすと「向日葵」。つまり並べ替えると「日向・葵」。
「あ」と声が出た。
そうか……!!
「ひゅうが・あおい」はひまわりだったんだ!!
『のすたるじー』は、連載小説としては完成度が高く、多くの読者を惹きつけていた。
その中で、僕だけがこの作品が真実であることを知っている。
僕だけが、この作品の狙いを知っている。
僕は、高鳴る鼓動を抑えながら『のすたるじー』の感想欄にカーソルを合わせると、キーボードに手を添えた。
お読みいただきありがとうございました。
ジャンルは文学で合ってるのか、不安です。
最後にもう一言。
「この作品はフィクションです」!!