卒業式の後のはなし
練習用に、お題を三つ決めて掌編を書いてみる、というのをやってみましたが……。
「桜、咲いてないね」
「卒業式だっていうのになぁ……」
私とカズサは公園内に植えられた、桜の木の下を歩いていた。
今日は、卒業式。
私たちの高校生活は、さっき終わったところだった。
カズサとは、家が近いこともあって、小学生のころから幼馴染で、高校生になってからも、偶然放課後に会った時なんかには、一緒に帰ったりしていた。
……表向きには、だけど。
本当は、カズサと会うのは偶然じゃない。
いつだって、私がこっそりカズサの部活が終わるのをこっそり待っているのだった。
でも、もうそれもできなくなる。
カズサは四月から、遠くの大学に進学することになっているのだから。
さすがに新幹線で二時間かかる距離のところにいるカズサに、偶然を装って会うことはできないだろう。
――だから。
私は唇を固く結ぶ。
――今日こそは、伝えよう。
そう思って。
私はカズサの前に出て、両手をパーにして付きだす。
「カズサ、ストーップ」
私はできるだけ、明るく言ったつもりだったけれど、その声は少し震えていた。
……バレてしまっただろうか。
「何だよ、急に」
カズサは少しだけ驚いたように、目を見開く。
「あの……いや、言いたいことがあった気がするんだけれど……」
「忘れたのか……?」
「いや、うーん」
言葉が出てこない。言ってしまえ、私。言え!
セイ!
けれど、結局。
「うーん、思い出せないや。思い出したら言うね……」
カズサは「おい、その歳で物忘れとかヤバいんじゃねぇの……」と言って、また歩き始める。
私も俯いて、歩き始める。
木漏れ日の中を、私たちの影が並んで歩いていた。
「そういえばさ、俺、彼女できたわ」
と、カズサが言う。
「へ……?」
「彼女。同じ部活の後輩。……って言っても、来月から遠距離なんだけど」
「へぇ、そう、なんだ!」
私は、突然、高いところから突然落ちるような感覚に襲われる。
歩いている、息をしている、見ている、そんな感覚が、一瞬で消え失せた。
自分が自分でないような、勝手に動いているような感じ。
「それは――おめでとう。頑張って」
私は、そう言った。
それは、本心だったのだろうか。
「おう、ありがとう」
私たちは、しばらく無言で歩く。
木漏れ日の中の私たちの影も、並んで歩いていた。
それを見て、私は、ふと思いついて、カズサに言う。
「あ、思い出した。ストップ!」
「なんだよ、さっき言おうとしてたこと、思い出したのか?」
カズサが立ち止まって、私を見る。
私はカズサの正面から、ひょいと横にずれて。
そして、少しだけ背伸びをして、首を伸ばした。
私はそして、横目で影を見る。
やっぱり。
二つの影が重なって、キスしているみたいになっていた。
「お前、何やってんの?」
カズサが訝しげに、眉をひそめる。
「カズサは知らなくて良いんだよ」
一生教えてあげない。
そう小さく呟いて、私は一人、木漏れ日の中を歩き始めた。
お題:木漏れ日、キス、夢
メモ:執筆時間48分
夢というテーマは書いてるうちにフェードアウトしましたな……。