表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

五話「和解」

「おはようございます、皆さん」


早朝、エレナが朝の挨拶に入ってきた。

相変わらずの立ち振る舞いはとても綺麗である。


「おはよう」


一番早くから目覚めていたアルフレッドは挨拶を返す、残りの二人はまだ毛布に包まって眠っていたため、エレナはアルフレッドに向かって。


「お食事の用意は出来ております。お目覚めになりましたらお部屋の前でお待ちください。すぐにご案内いたします」


それだけをサラッと言うと一礼して部屋から出ていった。

アルフレッドは小さく息を吐くと近くにあった椅子に腰掛ける、二人が起きる気配はまだない。ティアの目覚めが遅いのは知っているがブルーネまで遅いとは思っていなかった。

静かに寝息をたてているブルーネをまじまじと眺める、その姿は人間の幼い女性となんら変わらない。

アルフレッドは立ち上がるとブルーネの側まで近づく。

これが竜の力なのかと、昨日であったもう一人の竜ことを思い出す、姿形はとても似ていた、性格はだいぶ違ったがそれは人間社会への溶け込みようなのか、はたまた地位の差なのか……

その時、小さく「んっ」と声を上げ寝返りを打った。

包まっている姿からだらしなく仰向けな姿になった、人間の生活に慣れてないせいか余所行きの服装のまま寝ているが、薄めの服装をしているため寝苦しくはなさそうだ。

アルフレッドは無防備なブルーネの姿をみて昨日の一件を思い出す、胃の底から何かがふつふつと上がってくるような感覚と自身の無力さを改めて感じる。

宛もないような旅に自分が選ばれたことへの責任の重さを再認識する。


「魔法に頼らない方法を……」


思わず口に出してしまったが、とくに気に止めなかった。

その声に反応したのかブルーネがまだ眠たそうに体を起こした。


「おはよう」


ブルーネに挨拶をすると目を擦りながら一生懸命、頭を起こそうとしている。

見たまんまは完全に幼い少女と全く変わらないのだがこれが竜だと知っていても信じることができない。


「おはよう。アル……」


頭が回り始めたのか挨拶を返すブルーネ、髪は寝癖がついてしまっているし服は皺だらけだ。この辺の身だしなみはあとでメイドにでも聞かなければならないとアルフレッドは思った。


「ご飯できてるらしいよ、ティアも起こすから準備しといて」


「わかった……」


ティアを起こし、部屋から三人ででるとすぐにメイドであるエレナが現れる。

まるでどこかで見ていたんじゃないかとい早さだった。


「それではご案内します」


そう言って、三人を案内する。

ブルーネとティアは別の服に着替えている、さすがにあのままで出歩くのはなにかとまずいと思いアルフレッドが着替えさせた。

普段家できているような麻の服のほうが楽だとティアがぼやいていたが彼女の場合、片腕なせいもあるとアルフレッドは感じた。

三人の部屋のちょうど反対側にある部屋に案内され、成されるがまま中へ入る。

白基調の部屋に金で施された装飾品の数々と紅い絨毯が敷かれ長い机の上には質素だがしっかりと調理された料理がならんでいる。

机の最奥には紫の竜、アメシストが座ってグラスを傾けている。


「おはよう。お主たち」


アメシストは最初会った時と変わらずに三人を見る。

しかし、ブルーネに対しては随分と厳しそうに見ているように感じた。

ブルーネは相変わらず、関わりたくないといった表情だ。


「皆様どうぞおかけください」


エレナに促され席に座る三人、少し経つと料理が三人の前に運ばれる。

食事はあっという間に終わった、アルフレッドとティアは今まで食べたこともないような料理に驚きの表情だったがブルーネは食事という概念にあまり関心がないようだった。

食事中は一切の無言だったアメシストが食事が終わると同時に口を開いた。


「お主らはこれからどうするのじゃ」


三人は黙ったまま口を開かない。


「来た道を戻るようなら送り届けてやろう、だがこれより先の道を目指すなら儂はお主らをここで思いとどまるように説得しなければならん」


「それはどういう意味だ」とアルフレッドがまず口を開く。

その反応を楽しそうな笑みを浮かべながらアメシストは続ける。


「儂はこれでもそこそこ帝都に信頼されとるからのぉ、竜を見つけたら報告するよう言われておるんじゃ。もちろんそれに関わった者も……」


アルフレッドは歯がなるほど力強く噛んだ、そして怒りのこもった声で


「あんたって最低だな」


こう言い放った。


「最低で結構。これが仕事じゃからな。で、どうする、自身の無力を嘆いておめおめと故郷へ帰るか、それとも怒りに身を任せわしを殺すか。それともその拙い頭を使ってわしを負かすか……」


そして沈黙が訪れる、アルフレッドはそれ以上なにも言わなかった。


「どうするかお主達が自分決めるがよい。今日だけはまってやる」


呆れたようにアメシストは言う。

そしてエレナを近くまで呼ぶとなにかを耳打ちする。

エレナが頷くのが見えた。


「それでは皆様、お部屋へ戻りましょう」


エレナは一切態度や素振り、表情を変えることなくそう言って移動を促した。

彼女にとってもこれは仕事であり私情を挟むことではないのであろうとアルフレッドは理解した。

彼女のその行動は憧れるものでもあり畏怖すべきものでもあると感じた。

部屋に戻るとエレナは昨日のように「用事があれば一言ください」といい部屋から出ていった。


「二人は戻ってもいいのだぞ」


すぐに口を開いたのはブルーネだった。

アルフレッドとティアはブルーネの顔を……表情をみる。

その顔はまるでなにかから怯え何かに押しつぶされそうに思いつめた顔をしている、その原因がなんなのかまるで想像がつかない。


「戻るって、家にか」


アルフレッドは強く言い返した、そして続けた。


「今更家に帰ってどうするんだ、それでブルーネはどうする。このまま一人で逃げ続けるのか」


ブルーネは一瞬、悩んだ。なにかを口に出そうとしてそれは消えた。

そして俯いた表情のまま搾り出すようにこう言った。


「人の……人間の社会がこうまで危険だと思わなかった。私は迂闊だった。アルやティアを危険に合わせたくはない。それに私だって力が戻れば……一人で旅することぐらい造作も……」


「そうか。なら僕は一人でも旅をするよ」


ブルーネの言葉を遮りアルフレッドは言い放った。

その言葉を聞いてブルーネの表情は驚きへと変わっていった。


「な、なぜだ。アルが態々危険を冒す必要はないんだ」


言葉を荒くして言い放つ。

ブルーネにはアルフレッドの言葉の意味がその意図が理解できないとそういった感情が見て取れる。

しかし、彼はブルーネの言葉を無視して続ける。


「ティアはどうする」


「わ、私は……私はアルフについて行きます」


ティアはそれ以上なにも言わなかった。

表情には何か迷いのようなものを感じるがアルフレッドは気に留めなかった。

また沈黙がやってくる……お互いが相手の言葉を待っている状態。


「何故、旅を続ける。安定こそが人間の求めるものじゃないのか」


「僕は生まれてから一度も町を出たことがなかった。いや出ようとも思わなかった。けど真実を知りたいと思った、僕の家族を……あんな目に合わせた原因である竜に出会って自分の目で見たいと思ったんだ」


ブルーネは黙ってそれを聞いた。

何を思い考えたか、その表情からは読みとることは出来ないがアルフレッドにはそのことはどうでもよかった。

ただ自分がなにを考えていたかを言いたかっただけだからだろう。


「ブルーネ。お前が何に責任を感じているかそれは僕には分からない。原因があるとすれば僕だ」


アルフレッドは力いっぱい拳を握り締める。


「いや、違うんだ私が……無力だった。知識もなく配慮も足りなかった……何百と生を重ねていた私が……」


「はぁ」と大きくため息をつくとアルフレッドはブルーネの側まで行くと両頬を両手で挟んで顔を正面に向け自分と視線を合わせる。


「なら僕はブルーネを利用する。僕の好奇心に付き合ってもらう。本当の敵を知らぬまま帝都と竜を憎み続けるのは馬鹿馬鹿しい」


ブルーネはアルフレッドの勢いに気圧される。

うまく思考が回らない、言いたいことが出てこない……

アルフレッドの視線がブルーネに反論の余地すら与えてくれないかった。

今すぐ目をそらし、心を落ち着けたいとアルフレッドの腕を払いのける。


「分かった……私も二人を利用する。暗黒の原因が分かるまで二人を利用する」


ブルーネは弱々しくそう言った。

まだ納得できないと言った感じが見て取れたが今はそれでいいと思った。

しかし、旅をするという口実は見つかったがどうやって旅を続けるかそれが問題だった。

アメシストをどういって納得させるか……

アルフレッドが悩んでいるとブルーネが口を開いた。


「私に任せてくれないか」




ブルーネはエレナに連れられてアメシストの寝室までやってきた。

部屋に入るとエレナはすぐに姿を消した、アメシストは寝室のベッドの上に座っていた。

その様子から手の指の爪の手入れをしている。

ブルーネが黙って立っていることを気に留める様子はない。

少しばかりの沈黙……悩みぬいたブルーネが意を決して口を開くのと重ねるようにアメシストが言葉を放つ。


「これからどうするのじゃ」


まるで子供の嫌がらせのように言葉を重ねるアメシストにブルーネは憤りを感じながら、その問いに落ち着いて答える。


「私達は先に進む。王を……失われた平穏を私は取り戻す」


できる限り落ち着いた様子ではっきりと言い放つ。

しかし、アメシストは短く鼻で笑うと言い返す。


「あやつらはどうするのじゃ、お主の自己満足にまた誰かを巻き込むというのか」


「今度は守りきる。同じ事を繰り返すつもりはない……だから頼みがある」


ブルーネは強い意思をもってアメシストに言い切り、そして深々と頭を下げる。


「お願いだ、アメシスト。私に……私達に力を貸してくれ。けしてアメシストの生き方を邪魔したりはしない、もう一度……美しかった世界が見たいんだ」


アメシストはその言葉に、複雑な表情をしている。

悲しみや苛立ち……その合間に見える情。


「もう一度……お主も諦めが悪いのう……」


ベッドから立ち上がると、ゆっくりブルーネの元まで歩き出し

頭の近くまでくるとしゃがみこんで小さくつぶやく。


「また辛い目に遭うぞ……今度こそ死ぬやもしれんぞ。それでも良いのか」


そして手を伸ばし、ブルーネの顔を上げさせる。

顔を上げると、アメシストが今にも涙を流しそうなのをこらえているのか瞳を真っ赤にそめている。

ブルーネが何かを言いかけてそれをやめる。

アメシストがブルーネの体を抱きしめ、耳元で涙声で言う。


「死ぬな」


ブルーネの体が震えた。

その意味が、重く重く心に伸し掛る。

それと同時にアメシストの苦悩を理解できた気がした。


「私は意地でも死なん」




アルフレッドは無言の空間で待っていた。

もともと人と話すことをしないアルフレッドにティアもなにも言わずに黙ってブルーネが戻ってくるのをまっていた。

長いような、短いような……そんな時間が過ぎていく。


「あの……アルフ」


沈黙の居心地の悪さを感じたのか口を開く。

アルフレッドはその言葉を黙って聞く。


「ずっと聞きたかったのですが、アルフはなんでそんなに大人なのですか……」


「別に大人じゃないよ。ただ頼るものないし舐められたくないし。強く生きるしかないんだよ」


そう言うとアルフレッドは表情に影を落とす。

まるでなにかを思い出すように、憂うように。

ティアはそこに踏み込んでみたいと思った、知りたいと。

けどその感情が何故湧き上がるのか、それは分からなかった。

好奇心なのか、同情なのか……


「あ、あのアルフ……」


言いかけたとき、扉が開く。

二人は扉の方へ視線を移すと、そこにはブルーネとエレナが入ってくるのが見えた、入ってきた二人は打ち解けたように親しそうに会話をしている。


「おかえりブルーネ」


「ああ、ただいま」


「その様子なら大丈夫だったみたいだね」


アルフレッドは立ち上がり、ブルーネのほうへと顔を向ける。

ブルーネの態度は部屋から出ていったときと打って変わっている、その様子を見るだけでも話し合いは成功したのだと感じる。


「それでどうなったんだ」


「まず落ち着いて聞いてくれ」


ブルーネはひと呼吸すると話し始めた。

話し合いの結果、お互いがお互いの生き方に干渉しないでいることが前提、またアメシストの立場に不利が働く場合、それなりの罰を与えられる。

監視役としてエレナが同行する。

すべての援助はエレナを通して、行い直接な干渉はしない。

そしてブルーネ達が行った功績はアメシストのものとして処理する。

と言った感じで話しは纏まったらしい。


「……以上だ。不満はあると思うが旅はある程度安全に続けられる」


ブルーネは少し申し訳無そうに話す。

しかし、ブルーネが思っているほどアルフレッドは気にしてないどころがその条件に満足しているらしい。


「腹は立つし、許せないけれど。いいと思う。ありがとうブルーネ」


そう言って、ブルーネに頭を下げる。

そしてエレナにスっと手を差し出す。


「それとこれからよろしくお願いします。メイドさん」


「こちらこそ微力ながら協力させて頂きます」


そう言って出された手を優しく握り返し一礼する。

ティアも同じようにエレナに挨拶を済ませる。

こうしてエレナを加え、彼らの危険な旅は再び始まる。

「なんであやつは幼子の姿を選んだのじゃろ……まあよいか……」


アメシストはブルーネが去った自身の寝室で憂い耽っていた。

数十年ぶりにタバコを吹かしながら、ベッドに腰掛ける。

久々にエレナに匂いを追求されるのか、と思いつつもエレナはアオイライトに同行を命じたのを思い出す。


「ふぅ……」


煙を頭上に吹く、その煙は空中で分解して消え去る。

その様子をボーっと見上げふと思う。


「もう一度、あの頃に戻りたいよ……」


心に響いた弱々しい自分を頭を振って消し去る。

もう二度と、そう誓ったのだと。


「面倒じゃな」


そう言ってタバコをもみ消しベッドに不貞寝した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ