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潤った唇が、歌うようにわたしの名前を呼ぶ。
「のちりゃん」
ちゆちゃんの香りに混じって、シャンプーの匂いが鼻に届く。顔を近づけると、その匂いは重みを増したように濃くなっていった。
さっきと同じように鼻先が互いに衝突を避けて左右に傾く。
吐息が、熱が、ぐっと近づいて。
そして。
わたしは初めてちゆちゃんに触れた。
唇に、唇で。
くちびると、くちびるで。
「ん……ふぅ……」
そのつもりもないのに、自然と声が漏れてしまう。お互い落ち着ける場所を探るように右に左に向きを変えながら、なんども唇を重ねては離して、
「好き」
「好き」
といい合ってはまた重ねて、声と吐息を漏らして。
気づくと世界は真っ暗だった。
それが目を瞑っているせいだと気づくのに、しばらく時間が必要だった。
す、と瞼を上げると、ちゆちゃんも薄ら瞳を覗かせていた。
暗がりの中でも、その瞳の中にわたしが映っているのがはっきり見えた。
ちゆちゃんの瞳が捉える世界に、わたしがいる。
わたしのいるちゆちゃんの世界を、わたしが覗いている。
「のりちゃん……もっと、ちょうだい」
「わたしも……ちゆちゃんが、欲しい」




