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「行ったのかな」
「たぶん」
緊張の糸が切れて、思い出したように汗が吹き出る。ほっと息をついたの束の間、今度はわたしのケータイが震え出して心臓が口から飛び出るくらいに驚いた。慌ててバッグから取り出して見てみると、さっちゃんからのメールだった。
《ほどほどにしておきなよ》
「ねぇ、のりちゃん。さっきの声って」
「うん。さっちゃんだったみたい」
わたしはメールをちゆちゃんに見せた。
「嫌われてたら、こんなことしないと思うよ」
「うん。でも、これどうやって送ったんだろうね」
「……本当だね。先生いるのに。今度訊いてみようか」
電源を切って、バッグにしまい戻す。
やや間があった後で、ちゆちゃんがいった。
「ねぇ、のりちゃん。リップ塗ってあげよっか」
す、と持っていたリップの蓋を外して、浮き出たように先っぽから覗くクリームの部分をわたしに向ける。
「唇、乾いてるよ」
「……うん、じゃあお願い」
ぬるり、とした感触が唇を舐めるように動く。
「わたしも塗ってあげるね」
ちゆちゃんの手からリップを取って、そっとちゆちゃんの唇にクリームを当てる。大事なものに触れるように、ゆっくりと、丁寧にその曲線をなぞる。
最後にちゆちゃんは上下の唇を少しだけ擦り合わせて、ぷるん、と音をならすような動作で小さく口を開いた。




