81
どちらからともなく慌てたように顔を離して、そして出入口代わりの机のほうを同時に振り返った。
足音は規則正しくこちらへ近づいてくる。
この踊り場までは普通の階段と地続きだから、足音がそのまま廊下のほうへと消えていく可能性もあったのだけど、反響する音の具合と大きさとで、誰かがこちらへ向かってきていることは明らかだった。
生徒でないことは足音ですぐにわかった。上履きならあんなに硬い音はしない。
となるともう残る可能性はひとつしかなかった。
遅かれ早かれ見つかることはもう自明だったから息を殺したところでたいした意味はなかったのだけど、それでも願うような気持ちで、わたしは息ごと石にでもなったように固まったまま、机を凝視していた。
カン、カン、カン。
カン――。
一際大きく、間近で鳴り響いたその後で。
「あ、先生?」
聞き覚えのある生徒の声が階下から響いた。すぐにそれがさっちゃんの声だと気づく。
「なんですか?」
返事をする声で、向かって来たのは女の先生と知る。
「さっきトイレがつまっちゃったんですけど」
「つまった? どこのトイレですか」
「カフェテリアのところです」
「カフェテリア? いったい何を流したんですか」
「何って、う……いわないとダメですか?」
「いえ、いいです。用務員の方には伝えたのですか?」
「まだです。ってか、男の人だから、その……ちょっと」
「わかりました。私がいきます」
カン、カン、カン――と足音が遠ざかって行き、やがて静かになった。




