80
午前中の会話をぼんやり思い返す。あの時いっていた普通じゃないとか、気持ち悪いとかいう話は、きっと昨日のちゆちゃんとのやり取りのことをいっていたんだろう。本当のことはさっちゃん本人に訊いてみないとわからないけど、でも。
――ちょっとでも好きの方向に傾けられたらさ、すげぇいいと思わない?
――だってそっちのほうが気持ちいいわけだしさ、自分にとっても。
あれは、心からの言葉だったんだろうと今ならわかる。
根拠はないけど、強いていうなら親友の勘――かな。
「でも本当に感染ってたら、どうしよう。冴木さんがのりちゃんのこと好きになっちゃたらどうしよう」
ちゆちゃんが不安げな声でいう。
「なるわけないよ。心配?」
「心配っていうか……本当にそうなったら、すごく嫉妬しちゃうかも」
「なんか怖いね」
「……うん。すごく怖い。でも、それぐらい私、のりちゃんのことが好きだから。大好きだから」
「私もちゆちゃんが好きだよ。大好き」
すっと身体を離して、お互い見つめ合う。
「のりちゃん」
「ちゆちゃん」
首に回されていた手に力がこもる。その優しい誘惑に、わたしの身体が前へと傾く。触れそうになった鼻先の軌道をお互い示し合わせたように左右へ逸らして、その下にある柔らかいものを重ね合わせようと、さらに近づいた、その時。
カン、カン、カン――と、階段を踏む音がすぐ真下で響いた。




