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そこは今まで訪れたことのない世界だった。
扉もなければ鍵さえ必要のない、一度落ちてしまえばもう再び這い上がることは不可能な澱んだ世界。
新しい、もうひとつのわたしの世界。
そんな世界に初めて触れたのは、テストが終わって数日経った、ある雨の日だった。
夏休みの姿が見え始めてきたその日は、朝から雷が鳴るほどの大雨が降っていた。そのせいでみんなタオルを被ったり、制服を窓に干したりして、ちゆちゃんも濡れたソックスを机のフックに引っかけて、その日一日を素足のまま過ごしていた。
一日といっても実際は半日で、午後を回ったら学校はすぐに終わった。
いくらか弱まった雨に急ぎ足でみんなが帰る中、テストが赤点ばかりだったわたしは他の数人と一緒に教室に残って追試を受けていた。だからちゆちゃんのソックスがバッグと一緒にフックにかかったままのことは、イヤでも目についていた。
もちろん、イヤだったわけじゃない。
日直だったちゆちゃんは細々(こまごま)した仕事があることも、それが終わった後は図書委員の仕事があることも知っていたから、教室に残っていなくても荷物が置きっ放しなのは想像がついていたし、そもそもイヤがる理由なんて何ひとつなかった。




