Trick to you.
とりっくおあとりーと!
「「「とりっくおあとりーと!」」」
暗くなった住宅街で子ども達が色とりどりの衣装を身に纏い、楽しそうにはしゃいでいる。
この日は世間一般ではハロウィンと呼ばれる日であり、子どもたちは町内のイベントとして住宅街を練り歩いていた。
大人たちもその様子を暖かく見守り、『子どもたちに悪戯されては敵わない』等と言いつつ色とりどりの包装のお菓子を分け与えていた。
子どもたちはお菓子を受け取ると満面の笑みでお礼を言い、次々と大人たちに声をかけていた。
しかし、その楽しそうな輪に入らずに孤立してしまっている子どもが一人だけいた。その子どもは真っ黒の衣装を身に纏い、その様子は夜の闇に溶け込もうとしているようにも思えた。
「どうしたの?」
子ども達を引率していた女性が離れていた子どもに声をかると、その子どもは徐に顔を横に振りながら俯いてしまった。
女性が子供の反応に困っていると、後ろから勢いよく何かがぶつかってきた。
「こんなにたくさんもらえたよ!」
ぶつかった物の正体はこのイベントに参加していた女の子で、かわいらしい魔女の姿がよく似合っていた。
「あら、たくさんもらえたの? よかったわね」
女性は穏やかな笑みを浮かべると、たくさんのお菓子が入った袋を開いて見せる女の子の頭をそっと撫でてあげた。
すると、その様子を見ていた子ども達が次々と女性の周りに集まって自らの戦利品を自慢してきた。
女性がしばらく子どもの相手をしていると、白髪の目立つ初老の男性がゆっくりと女性に近づいてきた。
「お疲れ様です。岬さん」
「あ、お疲れ様です」
「そろそろ次の区画に移動してください。この区画では配り終えましたので」
「わかりました。ありがとうございます」
岬は子どもたちを一度自分の元に呼び寄せると、子どもたちに次の区画へ移動する支持を出した。
子どもたちは元気よく返事をすると、思い思いに歩き出そうとしてすぐに岬に止められた。
子どもたちに自由に行動をさせるとどこへ行くのかわからないからである。
結果として先頭を岬が歩くようにして子どもたちはその後ろを付いて歩いて行った。
「はーい、それではもう一度声をかけてみましょう」
「「「はーい」」」
次の区画に到着し、岬は先程と同じようにすることを子ども達に指示を出した。
「りっくおあとりーと!」
「あらまぁ、かわいいお化けさん達ねぇ。ほら、これをあげるから悪戯しないでおくれ」
優しそうな笑顔のお婆さんが、子どもたちにあらかじめ用意していたお菓子を渡しはじめた。
岬はふと視界の端の方に先程の黒い衣装の子どもを捉え、再度その子どもへと歩を進めた。
「ねぇ、こっちにおいで?」
岬は黒い衣装の子どもを輪の中に引き入れようとしたが、またも拒否された。
岬はどうしたらこの子にも楽しんで貰えるかと頭を悩ませた。しかし、すぐに次の区画へと移動する時間が来てしまったので思考は敢え無く中断する事になった。
それから何区画か回ったがその子どもが他の子と一緒にお菓子をもらう事は一度もく、とうとう最後の区画に到着してしまった。
岬はどうしても黒い衣装の子どもにも楽しんでもらいたくて仕方がなかった。他の子達と同様に楽しめないにしても、何か一つくらいは好きなお菓子をもらって楽しんでほしい。
岬は黒い衣装の子どもに最初に話しかけた時の目がどうしても忘れられず、ついつい構いたくなってしまっている自分に苦笑をしつつその子を再度探した。
すると、それまでと同様にその子は少し離れた場所で佇んでいた。
「ねぇ、ここが最後だよ? お菓子、もらわなくていいの?」
岬はその子に歩み寄ってそう話しかけると、子どもは今までと少し違う反応を示した。その子どもはお菓子を配っている人たちとは違う方向を指差したのである。
指差した先が暗くてよく見えなかった岬は何を指差しているのかを聞こうと思い、もう一歩だけ子供に近づいた。すると、黒い衣装の子どもは口角を上げて笑顔になった。
「――危ない!!」
男性の怒声が響いた。次の瞬間、一台の車が岬を掠めるギリギリの場所を猛スピードで走り抜けていったのである。
岬はあまりにも吃驚し過ぎた為か、何が起こったのかよくわからずその場で腰が抜けてしまった。そんな岬を我に返したのは子ども達の泣き叫ぶ声であった。
足に上手く力が入らずその場に座ったまま周囲の確認を始めた。すると、幸運にも怪我人は一人も出ていないようであった。
お菓子を配っていた大人達が迅速に反応して子ども達を端の方に引き寄せていたからである。
岬は心から安心をした。危うく楽しいイベントが大惨事になる所だったのである。
子ども達の声は次第に落ち着きを取り戻し、大人達は先程の暴走車両について文句を言っていた。そんな中、岬に一人の影が近づいてきた。
「大丈夫ですか!?」
腰が抜けて動けないでいた岬に近所の若い男性が気が付いて助け起こしてくれた。
「えぇ、なんとか……。危ない所でしたね……」
「ホントですよ。でも、なんとか全員無事で良かったです」
男性と無事の確認と今日のイベントの終了について話し、その日は大人が手分けして子ども達を自宅に送り届けて終わることになった。
岬はふと黒い衣装の子どもを思い出して周囲を探した。しかし、その子どもはみつからない。
先に帰ったのだろうかと思って岬はその場にいた初老の女性に声をかけた。
「黒い衣装の子ども? そんな子どもはいなかったはずですよ?」
岬は自らの血の気が引いていくのがわかった。
――そんな子どもはいない……?
確かに近所でも見かけたことのない子供だったのでる。
今思い返せば、黒い衣装の子どもは周囲の視線がお菓子や輪の中の子ども達に向いている時以外には見かけていなかった。
――如何して疑問に思わなかったんだろう……。
「大丈夫ですか?」
初老の女性が岬に声をかけた。
「あ……はい……」
「顔が蒼いですよ?」
「いえ、何でもないです……」
「そうは言っても……。そうだ、今日は私達で子ども達を送り届けるので岬さんは帰って休んでください」
「そんな、ご迷惑は……」
「引率をしてくださってたから疲れたんですよ。任せてください」
女性は気にせずに帰るようにと岬へ勧めた。
「わかりました……河合さん、後はよろしくおねがいします」
「えぇ。お疲れ様でした」
岬は震えそうになる身体を抑えながら自宅へと向かった。
「お、おかえり。海晴……どうした?」
「ただいま……栄一さん……」
海晴は栄一にイベント中にあった不可思議な黒い衣装の子どもの事を話した。
「そっか、怖かったね。風呂が沸いてるから入っておいで」
「うん」
栄一は海晴へ風呂に入るように勧めると、海晴は素直に風呂へと移動していった。
しばらくして海晴が風呂から上がると、リラックスできたのか風呂で血圧が上がっただけなのかは判別できなかったが、顔色は良くなっていた。
「大丈夫か?」
「うん。もう大丈夫だよ」
どうやら海晴はストレスが緩和されていたらしく、いつも通りの様子へと戻っていた。
「それにしても何だったんだろうね?」
「俺は見てないからなぁ……」
「そっか……そうだよね。もしかしたら思い違いかもしれないし……」
「そうそう。まぁ、嫌な事は忘れて食事にしようか」
栄一の提案に海晴は頷くと、二人で栄一が用意した食事を食べ始めた。
それから他愛もない会話をしつつもうすぐ食事が終わると言うタイミングで玄関チャイムの鳴らされた音が響いた。
栄一が立ち上がろうとしたのを制して海晴が立ち上がった。
「ほら、栄一さんは食べちゃってて。私はもう食べ終わってるから」
「そっか。それじゃ俺は食べちゃうよ」
海晴は玄関に向かい、尋ね人を迎えようとドアを開けた。
「はーい、どちらさ……ま……」
すると、そこには黒い衣装の子どもが立っていた。
海晴は甦る恐怖と驚きで声が出なかった。
「とりっくおあとりーと!」
子どもはにこやかな笑顔でハロウィンの言葉を紡いだ。
一方で海晴はあまりの混乱からぶつぶつと言葉を紡いだ。
「あ、おかし……ない……。私……悪戯……え……」
海晴は混乱する頭の中に漠然と死のイメージが膨らんでくるのを感じてた。
「あー、よかった。お菓子が用意されてなくて」
にこやかな笑顔で子どもがそう言った。
人の恐怖は加速を続けると逆に冷静になれるらしい。海晴はその言葉を聞いて、落ち着いた頭で自らの死を確信した。
「えへへ、おかあさんにいたずらしちゃうね!」
冷静になっていた海晴でも、子どもが何を言っているのかわからなかった。
「おかあさんがぶじでよかったぁ……」
そう言うと子どもの姿は徐々に薄れ、ぼんやりと光る小さな光の粒へと変わっていった。
恐怖とは違う意味で混乱を始めた海晴は、その様子を唖然と眺めていた。
やがて子どもの影が完全に消えると光の粒は海晴へと近づき、海晴の下腹部へと吸い込まれていった。
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「もうそろそろかな……」
海晴が様々な恐怖を体験したハロウィンから数か月後、栄一は病院を落ち着きなく歩き回っていた。
「栄一。少しは落ち着きなさい」
「うん……でも……」
「あんたなんかより海晴さんの方がよっぽど落ち着いてたわよ?」
「うん……それでも心配はするよ……」
「大丈夫よ。お父さんがそんなに不安そうにそわそわしていたんじゃ子どもの方が心配しちゃうわよ。もっと堂々としてなさいな」
「ぐ……わかった」
それから数分後、病院に元気な泣き声が響き渡った。
暦にあわせたイベント小説です。
できはあまりよくないかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです。
私らしさ……出ているでしょうか……?
Trick or Treat! 評価や感想をくれないと悪戯しちゃうぞ♪
……ごめんなさい。嘘です。。。