「まぁ、もう慣れているんですけどね」
退院後、松葉杖で行動する青山さんに、俺は彼女の荷物持ちを買って出た。
最初彼女は深いため息を付いたが、「いいですよ、私としても助かりますし」と許可してくれた。
大学で、青山さんと一緒に行動する俺を見る周りの反応は相変わらずだったが、それら一切を無視することで、この問題は事足りる。
「無視だ、無視」
そう、所詮は他人事。
青山さんと自分が一緒に行動しようと、「ああ、あの人はそういう趣味なんだな」と思われるだけで、(まぁそれはそれで精神的にアレなのだが)特に実害があるわけでもない。
――たまにこんなことを訊かれる。
「なんでこんなに私に構うんですか?」
訊かれたところで俺は変わらない。
「まぁなんか、ほっとけないというか。なんなんだろうね、よくわかんないや」
と、いつも返答する。
ただ単純に“ひっかかる”から、なんて言っても信じてもらえないからね。
「過去に私に寄ってきた人は、皆“そういう人達”でしたから」
憂いを帯びた表情で語る青山さんは、力なく笑う。
「結局は幼い女の子を自分の思い通りにしたいんですよ。――私はその合法的な代用品」
そしてため息をつく。
「まぁ、もう慣れているんですけどね」
彼女にもいろいろあったんだろう。
その外見に似つかわしくない落ち着いた知性的な喋り方も、知識も、もしかしたら彼女のもつ外見へのささやかな抵抗なのだろうかとそう邪推してしまう。
「――話を変えましょうか、白沢くん。この世の中にはトゲアリトゲナシトゲトゲなんていう虫がいるんですよ」
突然過ぎる話の転換だ。
ある意味衝撃だった。
例えるならウィキペディアが寄付によって成り立っていることを知ったときのような衝撃。
――どうでもいいわ。
「もはやトゲがあるのかトゲがないのかわからない虫だな、そりゃ」
「ええ。実際はこの虫はトゲがあるんですけどね。元々はハムシにトゲがついている虫がトゲトゲと呼ばれていて、そのトゲトゲの仲間なのに、本当にたまたまですけど偶然トゲがない種類がみつかってしまった」
「それがトゲナシトゲトゲ?」
「察しがいいですね。その通りです」
パチパチと小さい手で拍手する青山さん。
ちょっとだけうれしい。
「そのトゲナシトゲトゲという種類の虫の仲間に、さぁ大変。こんどはたまたまトゲのある種類が見つかってしまったんです」
「だからトゲアリトゲナシトゲトゲなのか!」
「ご名答です、白沢くん。百点ですよ」
にこにこしながら機嫌良さそうに右手の人差し指を左右に振る。
彼女の癖なのだろう。
その仕草が“子どもっぽくてかわいい”なんて言うと、怒られるのだろうけど。
「総じて物事には理由があるのです。トゲアリトゲナシトゲトゲなんて、経緯がそのまま名前になっているだけですからね。オオコクワガタなんて虫もいますし」
「もはやどっちだよ!?」
「オオオオハシという鳥もいます」
「感歎詞つけちゃった!?」
「パンダアリっていう蜂もいるそうです」
「種族ちげぇ!」
青山さんが、あはは、と笑ったかと思うと、すぐはっとした表情になる。
バツの悪そうに顔を背けてため息をつくと、
「と、とにかく、物事には理由があるのです」
と、こほんと咳払いをして、同じことを繰り返した。
その光景を見て、俺は――
――なんというか、懐かしい感じがした。