「いつのまにか彼氏作ったんだねー!? ボク知らなかったよ」
「あれれれ、お邪魔だったかな、いおりん」
俺が青山さんの笑顔に見とれているその後ろから、おそらく彼女を呼んだであろう言葉が投げかけられる。
「きーちゃん!?」
「いつのまにか彼氏作ったんだねー!? ボク知らなかったよ」
振り向くと、黄色のパーカーに黒のジーンズを着て、髪の毛をポニーテールにまとめている少女がそこに立っていた。ただ、髪の毛が黄色と茶色の斑になっていて、服装と相まって派手目の印象を受ける。
中学生くらいだろうか。
その子は大きく息を吸い込むと、元気よく、
「ええと、こういう時は自己紹介だよね、うん! 初めまして、いおりんの彼氏さん。ボクは大桐黄一郎、親しみと慈愛の意味を込めてきーちゃんって呼んでね! 年齢は15歳、中学3年生だよ。趣味は工作、工作って言っても工作員とかそんなんじゃないよ! 特殊訓練とか受けてないよ! 普通に“つくってあそぼ”のほうだからね! あと黄一郎って名前だけどちゃんと女の子だから。世の中、光宙なんて名前の人もいるし、ボクは結構この名前気に入ってるんだ! あ、べつに光宙ディスってるわけじゃないから、全国の光宙さん、ごめんなさい! そんなこんなでよろしく!」
息継ぎなしに喋り切った。
マシンガントークというか、早口だった。
聞き取れるが、ついてくのには苦労するタイプの早口。
ナイスな滑舌をしている。
なんというかツッコミどころが満載だった気がするが、圧倒されて何も言えない。
大桐ちゃんは“してやったぜ”という顔をしている。
満足そうだ。
「よ、よろしく。えーと、……大桐ちゃん」
女子中学生の有り余るパワーを改めて実感し、とりあえず、出てきたのはこの一言だった。
「え、白くん、いおりんの彼氏じゃないの!?」
「だから違うってあれほど!」
青山さんが顔を真っ赤にして否定し、――そんなに否定されると傷つくが――俺が事情を説明すると、ふぅんと、ニヤニヤしながら青山さんの顔を覗き込む大桐ちゃん。
「すっごいレアなんだよ! いおりんのホントの笑顔! いつも無表情テツメンピーピーなんだから! いつのまにかこんな男前つかまえて、恐ろしい子ッだと思ったのにー。違ったかー」
屈託のない笑顔でからからと笑う大桐ちゃん。
格好は派手だが、なかなか整った可愛い顔をしている。
「黄一郎ちゃんは青山さんとどんな関係なの?」
青山さんが大変そうなので話題を変えてみる。
正直、俺自身このふたりの接点が気になる。
「え? うーん。どんな関係なんだろうねぇ。古い付き合いでもないからねー」
眉間にシワを寄せる仕草をしようとして、失敗してる大桐ちゃん。
「困ったところを助けてあげた的なー。そんな感じだったかなぁ……ていうか、大桐ちゃんって呼ぶの禁止! ボクのことは親しみと慈愛の意味を込めてきーちゃんとお呼び!」
人差し指をビシッと俺に向ける黄色い彼女。
「う、うん。わかったよ、きーちゃん」
「それでよろし」
満足そうに、えへへと笑う大桐ちゃん……じゃなくてきーちゃん。
「きーちゃん、おしゃべりはそれくらいにして」
青山さんは息を深く吸い込み――吐く。
まるで憑き物を落とすかのように。
「お見舞いに来た……わけじゃないんでしょう?」
凛とした声。
それも刺すような視線もセットで。
別に彼女は凄んでいるわけでもないのに、俺は息を飲んでしまった。
大桐ちゃんは俺でも気圧される彼女の視線を真正面から受け止めながら、「そんな怖い顔しないでよー」と何でもないようなふうに笑っている。
「今日はね、ちょっと情報が入ったから伝えに来たんだよー」
ニコニコしながら語るきーちゃんの“目”が、実は全然笑っていないことに今更ながら気づいた俺は、陰ながら戦慄する。
――この“目”のことを、俺は知っている。
彼女はさりげなく胸ポケットからサングラスを取り出して、その目を隠す。
レンズの色は限りなく透明に近い黄色。
彼女は、いままでとは全く異なった声色でゆっくりと言葉を紡いだ。
「浜城登が、この街に来ている」