「だから私には近づかないでください」
「身長138.7センチメートル、体重36.2キログラム。これでも大学生なので」
初対面で彼女が発したセリフに、俺自身考えていることを見透かされたような気がしてドギマギした。
大学の新学期開始時の一年生顔合わせみたいなもの。
俗に“フレッシュマンセミナー”という講義の際に、俺の隣に座ったどう見ても小学生のような彼女。
なんで小学生がいるんだ……教授の娘さんかな、なんてのほほんと考えてジロジロチラチラ見てしまったのが悪かったのか、彼女が先手を打って話しかけてきたのだ。
「あ、ごめん」
「いいですよ別に。慣れてるので」
ため息をつく彼女。
「人の視線って意外とわかりやすいものなので、気をつけたほうがいいですよ。いろんな意味で」
忠告されてしまった。
「は、はい……」
彼女の淡々とした口調に気圧されて、思わず返事をしてしまった。
俺としては、「この人、身長体重の正確なスペックを別に言わなくてもいいんじゃね?」とツッコミを入れたくてしょうがなかったが、それっきり、彼女は俺のことを完全に無視してしまったので、ツッコミを入れる機会を完全に失ってしまったのだった。
――次の日。
朝から彼女と一緒の講義があったので、俺は講堂の一番前の席に座る彼女を見つけると、真っ先にその隣に腰掛けた。そして話しかけようとしたら、
「またあなたですか」
とこちらを見ずに大きくため息をつく彼女。
そんなに露骨に嫌な顔することもないだろう、と若干凹みながらもめげずに口を開く。
「いや、きちんと謝りたくて」
「そんなに律儀にしなくてもいいですよ、本当に慣れてるので」
感情のない声で喋る彼女。
顔見て話してくれないよなぁこの子。なんて考えているとやっぱり、
「見下ろされたくないんですよ。私身長が低いので、それがわかってしまうのが嫌なんです。気を悪くしたらごめんなさい」
考えていることを先読みされてしまった。
「あ、そう……」
世の中には“考えていることが分かりやすい人種”というものは少なからず存在する。
これは僕もわかっている。
そういった人種は、感情の起伏が激しいだとか、やれクソ正直だとか、総じて“顔に出やすい”人種のはずだ。
その点、俺はポーカーフェイスな方なはずである。
「本当に気にしないでください、昔からの癖なんです。なんとなくわかっちゃうんですよ、人の考えていること」
「もしかして特殊能力?」
「みたいなものです」
彼女なりの経験があったんだろうなぁと無理にでも納得しておくべきか。
とりあえず俺は、昨日から決めていた言葉を口にすることにした。
「俺は白沢敬助。これから4年間よろしく」
――バッ、と彼女が振り返り、初めて僕の顔を……目をみて、ただでさえ丸い目をさらに丸くしながら、怪訝な顔でおもいっきり言った。
「はぁあああああああ?」
あれ、間違ったこと言ったかな。
「え? 自己紹介だけど」
「なんで!?」
「なんでって……だって同じ課程でしょ、自己紹介くらいするよ。多分これからも話す機会あるだろうし、友達にもなりたいし」
「いや……え? と、友達!?」
彼女はあからさまに慌てふためき、顔を赤らめる。
「いやいやいや、突然過ぎるよ!?」
この人は焦ると敬語じゃなくなるんだなと、どうでもいいがそう思った。
「え? 俺さ、他県からこの大学来たから友達いないんだよ……友達になりたいって言ったら変かな?」
「それは……」
紅が差した彼女の頬が少しずつ元に戻っていく。
目を右に逸らし、「ええと」と呟く彼女。
「……私は青山伊織です」
とりあえずこうして、俺は彼女とお近づきになったのであった。
「てか、なんでついてくるんですか? ストーカーですか?」
青山さんが学食のカツカレーのカツをほおばりながら、こちらを睨みつける。
俺は彼女の対面に陣取り、素うどんを啜っていた。
「そんなことを言われても、知っている人いないし……」
「……私はあなたと友達になるつもりはありませんよ?」
「え? さっき自己紹介してくれたじゃん」
「……あれは事故です」
事故だけに自己紹介ですか、と流石にツッコミを入れることはできなかった。
「私も動揺してしまっていたのです。というか、あなたのために言ってるんですよ」
と、ため息をつく青山さん。
「私と行動を共にすると、誤解されますよ?」
「沙蚕?」
「多毛類の話はしてません。なんでこの流れで、環形動物門多毛綱に属する動物の一種の話になるんですか!? 誤解です、誤った解答の方です」
「冗談冗談。その、誤解って?」
「……ええと、その」
あからさまに言いにくそうな表情をする青山さん。
「……白沢くんから見て、私はどう見えます?」
ため息をつき、こちらを見上げる青山女子。
俺は首を5度ほど右に傾げ、「ん?」と考える。
「だーかーらー、私はどんな女性に見えますか?」
「幼女? 小学生? 合法ロリ?」
即答した。
「……そんなはっきり言わないでください、少し傷つきます。ですが、概ねその通りです。正解です」
青山さんは最後のカツを口に放り込むと、あらかじめ何枚かとってきていた紙ナプキンで口元を拭いた。
「白沢くんは“大学のキャンパス”で、“幼女”と行動を共にしているように周りからは見えるわけです」
「……そうなりますね」
「そうすると、あなたの周りの評価は“ロリコン”になってしまいますよ? それでもいいのですか?」
「まじか!?」
「ですから、私と一緒にいると誤解されて大学生活4年間が“変態ロリコン”ってヒソヒソされてしまうって忠告してあげてるんです!」
そう言うと青山さんはいつのまにか食べ終わっていたのか、お盆を持って席を立つ。
席を立ったところで僕と目線が同じなのは低身長故の産物か。
「だから私には近づかないでください、白沢くん」