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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

欠陥

 心の底より暗い闇の中に一転の白。

 楕円形のそれは鶏の卵。

 ゆらりゆらりと音もなく揺れ続けている。

 ある時、その揺らぎが変動する。

 真っ白な卵のその表面に亀裂が生じる。、

 それは音を立てて殻を突き破る姿なき外敵の仕業。

 ぐしゃりと割れた卵の中からは真っ赤な液体とどす黒い黄身が流れ出てゆく。

 黄身は潰れ赤と黒が混じり殻から流れ落ちてゆく。

 殻は細かな屑となりやがて崩壊が終わる。

 遥か底辺で赤黒い水たまりを作っただけ。


 私は死を決意した。

 何故か? 存在する必要性が感じられないからだ。

 この孤独な家で永遠に独り死を待ち続けるのよりはましであろう。

 だが私を裏切った人間が笑顔で外を歩いているのが許せない。

 なぜ私だけが辛い目にあい、人知れぬ場所で悲しみの涙を流さなければいけないのか。

 世界は狂っている。

 私が正さなければいけないのだ。

 偽善者に裁きを、私に救済を。

 薄暗い部屋の片隅で私は死を描いた。

 自分を裏切った最愛の人の首をもぎ、心臓を抉って抱きしめる。

 その心臓を喰らいて自分も死ぬ。

 彼女の骨で自分の心臓を貫いて。

 私は深い微睡みに誘われながらも殺害計画を練っていった。

 いつのまにか朝が来る。

 暗い部屋に光が差し込み埃を浮きだたせる。

 埃が舞う部屋の片隅で忘れ去られた人形のように佇む私は、ただただ思考した。

 彼女が私の精神を殺したならば、私は彼女を殺さなくてはならない。

 いや、そんなのは言い訳かもしれない。

 互いを許し再び仲睦ましく暮らすか、私から離れてゆく彼女を憎悪の炎で焼き死をもって私の物にするか。

 Obedience or death.

 おそらく優しい彼女なら仲直りしてくれるだろう。

 だが、もししてくれなければその時は……

 心臓を握りしめられたかのような疼きが私を襲う。

 次いで、血液がすべて抜け落ちていくような怠惰感、薄く鳥肌が立ち寂しさが心を蝕む。

 耐え切れず思考を停止させ、記憶に浸る。

 

 最初にあったのは私が大学に入って間もない頃、当時部屋を借りるお金もなく途方にくれていた私を誘った友人とルームシェアすることになった。

 それまであまり関わりを持たず人知れず本の虫となって生きてきた

 その友人の知人の友達だという彼女を含めた5人でひとつの家を借りる。

 初めて会ったときは特に興味もなかったが、親しむにつれ彼女の優しさに甘えるようになっていった。

 ルームメイトと共に水族館や遊園地、さまざまなアミューズメントパークに訪れ、甘い記憶を蓄積していった。

 そして大学を卒業する日、私は告白しこれまでと同じかそれ以上までに積極的にふれあうことが増えた。

 付き合いだして4か月がすぎたある日、突然彼女は私にいった。

「もう君とは一緒にいれない」

 その声が今でも脳裏に鮮明に再生される。

 澄んだ声に紛れる呆れと鬱々しさがより私の心を貫く。

 彼女は私のすべてであった。

 私はすべてを捨ててまで愛した人に捨てられたのだ。

 あとには何も残らなかった。

 あるのは彼女のために買ったこの巨大な家と膨大な借金、そして精神を歪ますほどの悲しみだ。

 そこまできて回想を止めて天井を見上げる。

 どうしようもなさとひとつの風景がそこに浮かんでゆく。

 最後の時を飾る盛大なパーティー。

 私という存在を証明するために必要なものだ。

 何もない私のと共にすべてを道連れにして終ろう。

 ゆっくりと立ち上がり部屋から出る。

 廊下から外を見ると、いつの間にか雨が降っていた。

 

 


 あの夜から何日立っただろうか、梅雨の雨はまだやむことがない。

 街灯の横と通り過ぎるとレインコートが照らされ雨が強いのがよくわかる。

 私は路地裏の闇へと潜りこみ、人気のない通路を見張った。

 そこは彼女がいつも帰り道に使用してる通路。

 雨音に紛れて聞こえる足音が少しずつ近くなるたびに私の鼓動も高まった。

 薄暗い裏道から通路を通る人の顔を凝視する。

 違う、彼女じゃない。

 溜息を吐き、再びじっと待つ。

 数時間がたち体は凍え手は震えるが、私の決意は変わらない。

 足音が近づくのを待ち、通り過ぎる瞬間横顔を確認する。

 間違いない。彼女だ。

 白いブラウスを来てビニール傘を差し手にはいつも持ち歩いているお気に入りのセカンドバッグを腕にかけている。

 鼓動はとどまることを知らぬほど喧しく音を立て、冷え切った体を無理やり突き動かす。

 だが焦るなと理性が呼びかけ静かに立ち上がる。

 雨の音に紛れてゆっくりと彼女の背後に近づき、革製の鞘に収まったナイフを確認する。

 ナイフを抜くと刃には粘性のある液体がたっぷりと塗り施してある。

 ナイフをしまって何事もなく彼女により近づく。

 波打つ鼓動と荒い息を殺し、平常心を保って最後の言葉をかける。

「優子……」

 彼女は振り返り、私を見る。

 驚きの表情を見せたのは一瞬だけですぐに憐れんだような眼で私を見やる。

「……こんばんは。どうしたの?」

「もう一度、一緒には暮らさないか? まだ私たちはお互いに解ってないことがたくさ――」

「言ったでしょ。もう私は君とは一緒にいれないの。もう私のことは忘れて」

 軽蔑したかのような瞳に悲しみの色が雨を矢に変え私を打つ。

 ヨシ、コロソウ。

 私の中の誰かが呟いた。

 より平常心を保って。一撃で殺る。

「そうか……呼び止めて悪かった」

 優子に背を向け帰るふりをした。

 後ろをふと振り向き、私は優子が普段の帰り道を歩みだしたことを確認する。

 先ほど確認したナイフを抜き、視線を優子の左胸に合わせ音をたてないように1メートルのところまで近づいた。

 そして素早く踏切りナイフを心臓目がけて突き抜く。

 白いブラウスに赤い染みを作り、優子はゆっくりと私の方を振り向く。

「ご……めん……ね。わ……かっても――」

 そこで優子の言葉は途切れた。

 マネキンを利用した毎晩の素振りが功をなしたのか、見事一撃で心臓を射抜くことに成功し優子は死んだ。

 魂をなくして倒れこむ入れ物を私は抱きしめた。

 これで私のものだ。

 優越感に浸るはずだったのに、私はなぜか涙を流していた。

 彼女の血が流れゆき、外気を肌寒さも相まって入れ物はどんどん生身の暖かさを失い。

 人から物へとなり下がる。

 そのことが悲しいのだろうかと、心に問うが返答はない。

 まるで梅雨の雨のごとく、止まらぬ涙に視界を奪われながらも平常心を保とうと試みるがそれもこの膨大な感情に押し崩されてゆくだろう。

 私は泣き崩れ、優子の血と私の涙、そして無慈悲な雨にまみれた。

 刹那、一人の悲鳴が私の思考を引き裂いた。

 私は混乱しつつもすぐさま状況を確認する。

 そこには見知らぬ女性。

 OLなのだろうか、スーツに身を包みこの状況に腰を抜かして傘を落としている。

 目があった途端、OLはすぐさま立ち上がろうとする。

 逃げるつもりだとすぐに確信する。

 ここで逃がすわけにはいかない、目撃者が現れることも想定はしていた。

 しかし幸いまだ目撃されたのは私が死んだ優子を抱きしめていたところだけであり疑われはするだろうが現行犯逮捕はされないだろう。

 どちらにしろ今、世間に優子が死んだことが知られるのはまずい。

 選択肢は一つしかないのだ、目撃者を消すことしか。

 その想定ができていたため、私の懐には弾が充填された拳銃が存在する。

 素早く拳銃を取り出しセーフティーを外す。

 即座に頭を狙おうとしたが、動く相手に対して初心者がヘッドショットを成功するのはかなり低いだろう。

 連続して打てるとはいえ、弾に限りがあるので無駄撃ちは避けたい。

 私はOLの腰あたりを狙って引き金を引いた。

 悲痛な叫びは聞こえOLは倒れこむが、火事場の馬鹿力なのか腰を抑え再び逃げようとするので、私は止まった足目がけて二発目の弾丸を撃ち込んだ。

 火薬のにおいが臭く、顔をしかめるが少しずつOLとの距離を詰めながら胴を狙い撃つ。

 無論彼女を離すわけにはいかないので、可哀想ながらも引きづりながらOLに拳銃を向けながらゆっくり近づく。

 3発ほど胴にあてるとOLは動きを停止し、私は至近距離まで近づきOLの顔を見やる。

 まだ息の根があることはすぐさまに分かるがもう既に虫の息であった。

 私はOLの脳に受けて最後の弾を放った。

 荒い息を整え私は拳銃にセーフティーをかけ懐にしまい込む。

 左手で抱えていた優子の死体を抱き上げて、優子が落とした傘と鞄を回収する。

 コンクリートに流れた血液はすでに雨が流してくれていたので処理する必要はない。

 見知らぬOLの死体などはいらないのでそのまま放置し隠れていた裏路地を通り抜け人気のないところに止めた車に乗り込む。

 隣の座席に優子を座らせ、雨と血を事前に用意してたタオルで拭いてやる。

 優子を拭き終えると今度は私自身の体を拭き、しばしの休憩をした後で私は誰もいない我が家へと帰った。

 優子は最後私になんと言おうとしたのだろう……?

 もう二度としゃべらない優子を見るとなぜだか涙が流れた。

 私は家に着くと優子を寝室のベッドに寝かせ、私はあの埃まみれの書斎へと足を運んだ。



 朝になってもまだ雨は降っていた。

 優子に会うため寝室へ赴くと優子は死後硬直を迎えていた。

 私は地下室に準備しておいた液体に優子の体をつけておく。

 これで保存は完璧だ。

 私は地下室の電気を消して、リビングで朝食を作りにかかる。

 音がないのも寂しいのでテレビをつけると、昨夜のOLが写っていた。

 怨恨で殺害された疑いがあり中田真美さんという名のOLの近辺の人間が犯人ではないかとニュースでは語られていた。

 とんだ迷推理だと鼻で笑い、まぁあれだけ弾丸を撃ち込まれていればそう思われてもおかしくはないかと思う。

 何気なくテレビをみていると警察は思わぬ勘違いをしていると解り私は腹立たしく思う。

 近くに付着してたもう一つの血痕を犯人の物だと思い捜索しているようだ。

 警察が一般人のDNA情報を持っているとは思い難いが、万が一優子が犯人だと思われて指名手配でもされるなどということがあっては困るのだ。

 これは予想より早く、パーティーを開かなければならない。

 すべてを終えて私が犯人であることを自白し、優子の無実を証明しなければ。

 その日は買い物に出かけパーティーに必要なものを買い足した。

 大量の食糧はもちろん、飾りつけ、電動のこぎり、

 趣味で集めていた銃やネットで取り寄せた毒薬と合わせればパーティーは最高に盛り上がるだろう。

 優子、見ててくれ。

 私たちが築き上げたすべてを持ってそっちにいくからな。

 私は夢中でパーティーの招待状を書いた。

 



 あれからまた何日もの日がすぎるが優子の肉体は朽ちることなく我が家の地下室で眠ったままであった。

 久々に取り出した優子の肉体は白くそして昔のような甘い香りも、死体の腐臭もしなくなっていた。

 台に載せて、メスで脇腹を裂き私は内臓をすべて取り出した。

 その時にあばら骨を一本折って取り出しておく。

 傷が目立たぬように側面から器用に抜き出した入口をすぐに塞ぎ、内臓をツボに入れて腐らぬよう冷蔵庫で保管する。

 内臓を抜いて幾分か軽くなった優子を丁寧に抱きしめ、私はもう一度液体の中に優子を漬けた。

 液体の中でふわりと舞う髪が幻想的で、眠ったままの優子は立ったまま沈んでゆく。

 刹那、優子の指がピクリと動いた気がして心臓にひやっとするものを感じる。

 そんなはずはないと、言い聞かせながら私は地下室を出た。

 今日はパーティーがある日なのだ、早く料理を作らなければ。

 優子の内臓をミンチなるほど潰し、それに塩をかけてこねる。

 隠し味に毒を混ぜハンバーグなどの肉料理をいくつか作ったのち、

 ピザを焼き、ケーキも作った。

 もちろんすべての料理、すべての飲物に毒を入れパーティーに来た者たちを迎える準備はできた。

 我が家は洋館でありホールも存在する。

 それは優子の好みであり、彼女のために建てた家であったが……

 私は思考を止め、使うであろう凶器の手入れを始めた。

 しばらくして、チャイムがなり最初の客が訪れた。

 共に切磋琢磨した学友たちである。

 その後もすぐに招待した人たちがあつまりホールには50人はいるかというほどに集まっていった。

 幾人かの友人には食事を運ぶのを手伝ってもらい、私が舞台に上がるまでの待機時間となっていた。

「久しぶりっ!」

 慌ただしく動きつづける私に話しかけてきたのは優子の友人にしてかつてのルームメイト、根本さくらだ。

「久しぶりだな」

「誘ってくれてありがとうね~。ねぇー招待状に書いてあった重大発表ってなんなの~?」

 私が困った顔をしているとさくらの小柄な背丈を軽々と超える高身長の男がさくらの頭に手をのせる。

「おいおい、それは一番のイベントだろ? 今はがまんしとけよさくら。……久しぶりだな元気にしてたか?」

 彼は岡田勝也、私にルームシェアをすすめた張本人であり最も古き付き合いの友人だ。

「もぉー、気になる!!!」

「そろそろ前にいって発表したほうがいいんじゃないか? さくらはともかくほかの奴らもかなり気になってるようだしな。まぁ検討はつくが……優子のことだろ?」

 ピクリと優子の名前に反応してしまう。

「え!? なになに? 勝也分かってるの? そういえば、優子みてないな? 来てるよね?」

 またしても反応してしまった。

「来てるはずだが……」

 私は答えた。

 おそらく勝也は私とは別のことを考えているのだろう。

 もっと幸せな私が目指していた結末を。

 だが私の人生ゲームはバッドエンドだ。

「まぁ時期にあえるだろ。それよりさくら、さっきからつまみ食いしすぎだ」

 いつの間にか手に取っていた皿には食べかけのハンバーグが乗っている。

「ん~。おなかすいちゃったし。でもこのハンバーグなんか今まで食べたことないかも」

「それは高級な肉をミンチにしているからな」

「それなら、ステーキにしろよ。まぁハンバーグの方が優子らしいけどな」

 さくらは優子を食べていることに気づかない。

 私は誤魔化すのが苦手だがなんとかなるだろう。

 なによりもう既に食べたという事実がある。

「や~、お、さくっち、かっちゃん、お久~」

 私の後ろからやってきたのは同じくルームメイトであった小森来歌こもりこうた、独特の雰囲気と軽いノリのお調子者であり背丈は私や勝也の肩ほどしかなく、顔も中性的である


「久しぶりだな」

「うたちゃんお久~」

「よく来てくれたな。忙しいだろうに」

 人徳の高さか、どんな人間に対しても話しかける性格からか来歌は姿から想像もできないほどのコネクションをもち、それを使って今は会社を立ち上げて社長までしている。

 さくらと優子の友達という立場でルームシェアに加わり、さくらと共にムードメーカーを務めた男だ。

「どんなに忙しくても、僕は来るよ~。楽しそうだしね」

 ふわふわとして栗色の髪を揺らしながら来歌の後ろから背丈の高い見知らぬ女性が現れる。

「あなたは……?」

 想定外の人物に私は計画が狂わされるのではないのかと焦るが外見ではポーカーフェイスを貫く。

「はじめまして。わたくし、歌歌コーポレーション社長秘書を務めさせていただいてます佐藤 美穂と申します。本日は社長をお招きいただき誠にありがとうございました。プライベート


とはいえ次の仕事もあります上、無理を承知で私めも参加させていただきたい所存です」

 この堅苦しい女性は社長が招かれたホームパーティーに無理やり参加しようとしているのか、腹立たしく気に入らない。

「いえいえ、大歓迎ですよ。どうぞお飲物でも」

 さりげなく、テーブルに置いてあったウーロン茶を渡す。

 こういう人間はワインは受け取らない。

 仕事ですからと断られては渡すチャンスを失い、自ら飲む機会もなくなってしまう。

 だが、渡されたのがお茶でありこれを断ることはないだろう。

「ありがとうございます」

 案の定、控えめにウーロン茶を飲み始める秘書に危うく笑みを見せるとこであった。

 私は会話をするふりをして計算を立てる。

 あと何分ほどで最初の被害者がでるか。

「そういえば、さっき加弥にあったな。あいつどこいったんだろう」

 唐突に勝也が呟いた名前はかつてルームシェアこそはしていなかったが、どこかに行くたびについてきた友の名である。

 今田加弥いまだかや、学年は私たちと1つ違うが成績優秀で優子の後輩であった。

「かやちゃんかぁー、私は見てないけど」

「来てるのは確認してるが、会ってはいないな」

 あの後輩は、勘が鋭い。

 要注意なのだが見当たらないと不安だ。

 まぁ地下室に行くにはこのホールを抜けてキッチンの奥にある階段からしか行けない。

 キッチンへの扉には鍵がかかっているので見つかる心配はないだろう。

 ほかにもう一つ行く方法があるが、それはこのホールから階段を使って二階に上がり、裏階段を使ってキッチンルームへ入るというものだが、その入口には立ち入り禁止のテープを張


っているため、ふつうは入らないだろうし、入った場合もわかる。

 それでも不安に陥るのはなぜだろうか。

 そろそろ時間かと思い私は旧友の元を離れる。

 ホールの奥に設置される垂れ幕の奥に潜み、電気を消す。

 何が始まるのかと静まり返るが、しばらくなにも起こらないことに気づき、声がざわめく。

「おーい。アクシデントかー?」

「とりあえず、電気つけてー」

 などという声が聞こえるが無視し私はただ黙々と見守る。

 刹那、何かが倒れる音と、闇を切り裂く悲鳴が轟いた。

 ついに、この時がきた。

 私は闇にまぎれ、猟銃を構えステージ上から下方に向けて放つ。

 男女それぞれの叫び声が聞こえ、あたりは騒ぎとなる。

「どうなってんだ!?」

「だ、だれかが倒れてるよ!」

「銃声が聞こえたぞ……なにがどうなってるんだ」

 慌てふためく声の中、着実に倒れる音が増えてゆき。

 声が聞こえなくなったのを確認して私は電気をつけた。

 そこに映るのは惨劇。

 ステージ付近にいた人たちは血にまみれて倒れ、たとえステージから遠くても食品に入れた麻痺毒が彼らを地にふせさせる。

 私はゆっくりと猟銃を置いて降りてゆく。

 皆が驚きの目で私を見ている。

 ただ一人、その場で動いている人間を除いて。

「みんな! どうしたんだよ!?」

 来歌だ。

 こいつは、なにも口にしなかったのか……

 思わず舌打ちしてしまい、来歌が振り向く。

「た、大変なんだみんなが……みんなが……」

 こいつは私が犯人だと思っていないだろう。

 純粋なる善人であるこいつは、友達の心の奥に闇が存在することなど夢にも思っていないのだろうな。

「落ち着け。おそらくテロだ。とにかくみんなを運ぶんだ」

「わ、わかった」

「私は奥で警察に連絡してくる」

 そういってステージの方へ走りながら、チラリと来歌の方を見ると先ほどの秘書を小柄な体で支えてホールの出口へ少しずつ向かっている。

 素早く、一撃でやらなければならない。

 猟銃といくつかの凶器を装備し来歌を追いかける。

 来歌が抱える秘書の目がこちらを見ている。

 驚きを恐怖の目で私を見ている。

 来歌の首と秘書の顔がある地点に狙いを定め撃つ。

 弾丸が来歌の首を貫き、秘書の顔が喰われる。

「優子、みんなをそっちにおくるからね」

 私はそっとつぶやき、倒れている友人の息の根を一人づつ止めてゆく作業にはいる。

 ただ無情に首を切り裂き、心臓をナイフで刺し、口に拳銃を突っ込み撃つ。

 弾も、刃も浪費しながら殺した数を数えてゆく。

 気づけば私の服は真っ赤に染まってた。

 勝也もさくらも殺した。

 全員殺したが一人足りない。

 私は記憶を照り合わせ誰がいないのかを思考する。

 今田加弥……

 彼女を殺していない。

 しかし、ホールにもいない。

 扉にはベルをつけておいたから家から出たとしたらわかるはずだ。

 では、いったいどこに……?

 



 銃声と悲鳴が聞こえた。

 先輩のホームパーティーに招待され、運悪く腹痛に悩まされて先輩方と一緒に行動できなかった私。

 でも、停電があってからのたくさんの悲鳴と銃声が聞こえて私は動けなくなっていた。

 どうするべき?

 先輩の家に強盗でも入ってきた?

 今回呼ばれた人数はかなり多いから、逆に返り討ちにできそうだけど相手は銃を持ってるみたいだし……

 こんな日に限って携帯を家に忘れてきた数時間前の自分を恨む。

 とにかく警察に電話をしなきゃ、今日はパーティーの邪魔になるからか、ホールまでの位置には受話器はなかった。

 二階の先輩たちの部屋にいけばあるかもしれない。

 音をたてないように廊下を走り、ゆっくりとホールの扉を開ける。

 そこには先輩方が血にまみれて倒れていた。

 おそらく死んでいるんだろう。

 視界には犯人は見当たらない。

 ホールからは廊下を通らないと出れないから、逃げてはいない。

 私を殺すために潜んでいる?

 刹那、悪寒に襲われ左によろめく。

 右足に激痛が走りなにが起こったかが理解できなかった。

 撃たれた?

 今左によろめかなければ、もっと致命傷になっていた……?

 思考を加速させて、痛みにこらえつつも階段の方へと身を投げる。

 先ほどいた場所に弾丸が撃ち込まれたことを確認して、階段まで走り立ち入り禁止のテープを破りながら二階へと進もうとする。

 ここで撃たれれば逃げ場がないが、行くしかなかった。

 足元弾丸がめり込んだ気がしたが振り返る暇はなく、そのまま二階へと駆け込んだ。

 二階の廊下の隅には透明な液体がどこからか流れていた。

 火薬のせいか臭いはわからない、そんなことを気にしている場合じゃない!

 どこに逃げる?

 とりあえず先輩の書斎へと入り鍵をかけて息を殺す。

 階段を上る音は聞こえてこない。

 少し落ち着きを取り戻してあたりを見るとしばらく掃除されてなかったかのように、いや、使われてなかったかのようにあたりに散らばる本には埃がかぶり天井の隅には蜘蛛の巣が張


っている。

 昔は几帳面できれい好きであった先輩の書斎とは思えなかった。

 書斎を探っていると、先輩の携帯が机の上に置かれていた。

 使ってはまずいかという罪悪感もあるが、緊急事態だと自分に言い聞かせ携帯を手に取る。

 先輩のスマートフォンにはパスワードがかかっていなかった。

 すぐさま電話をかけようと通話マークをタッチすると、画面には履歴が表示される。

 画面を埋め尽くす優子先輩の名前。

 延々とさかのぼっても岩崎優子としか表示されずその電話の間隔は10分から5分とかなり短いペースでかけなおしている。

 二週間前までは……

「先輩たちに何があったの……」

 思わずつぶやいた。

 ふと、我に返り110番する。

 だが聞こえてきたのはこの携帯が契約違反で使えないということ。

 苛立ちほかに通信できるものはないかと探るがパソコンも固定電話すら見つからない。

 部屋の隅になぜか猫避けのように透明の液体が入ったペットボトルが何本かおいてあるが何のためかわからない。

 窓からそとを除くが下には鋭くとがった植物が添えられている。

 まるで窓から逃げ出せないようにするかのように……

 私は背筋に冷たいものを感じ窓から離れる。

 先輩の家に入ったとき、大き目のベルの音がした。

 でもパーティーが始まってからはベルの音がしてない。

 つまり、犯人は最初からパーティーに紛れ込んでいたはず。

 不審な人物などいなかった。

 知らない人こそいたけれど、だれもが先輩と何かしらの関係がある人間ばかり。

 友人の皮をかぶった犯人が意図的に停電を起こし、パニックが起こってる間にみんなを殺したのかな……?

 でもそれにしてはうまく行き過ぎている。

 暗闇でだれがどこにいるかなんてわからないし、そもそも停電が回復してからもかなりの数の銃声が聞こえていた。

 その間だれかが逃げるわけでもなく、悲鳴すらほぼなく銃声だけが聞こえてきていたのはもう睡眠ガスとか意識を奪うような何かを停電中に投げ込まれたと考えた方がいい。

 でも私が部屋を訪れたときはそれほど時間がたってるわけでもないのにガスが充満していたら私もそこで倒れたはず……

 みんなの動きを阻害する何かは私とほかのみんなの違いにはるはず……

 そもそもいた位置じゃなくてもっと効果的な……

 たとえば、食糧になにか混ぜておくとか……

 でもそれって先輩にしかできないことなんじゃないかな?

 先輩が開いたパーティーでほぼ全員が殺害される、先輩が倒れているのを確認していない。

 そういえば先輩はいくつか銃を海外で買ってコレクションしてたはず……

 犯人は私たちを呼び出して一掃しようとたくらんだのは……先輩?

 そんなわけない。先輩は優子先輩とずっと一緒に……

 あれ? 今日優子先輩を見ていない?

 あの二人は私の知る限りずっと一緒にいて一緒に暮らしていたはず?

 なのにパーティーで見ていないのはおかしい。

 私はもう一度先輩の携帯を手に取りメールをあさる。

 そこには優子先輩宛てのメールの数々、それはとても仲の良かった二人とは思えないほどのメールだった。

 その一方で優子先輩は一つもメールを返していない。

 私はとにかく逃げなければいけないと思い先輩の携帯をポケットにいれて部屋をゆっくりと出る。

 確か、地下室があったはず。

 もう一つある階段を使って私は再び一階へ降りた。

 キッチンルームに入るための階段をおりていくと調理器具が散らばっておりその中に小瓶が置かれている。

 恐る恐る手に取ってラベルを見るが聞いたことのない薬品名に聞いたことのない成分。

 私の中の先輩への疑いがどんどんつよくなる。

 幸いここは内側から鍵がかかっててホールからは今ははいれないみたいだし階段さえ気を付けていれば犯人とは鉢合わせない。

 私はキッチンからさらに階段を降り地下室に入った。

 本来はお酒とかを保存するための部屋なのだけど、そこには青い謎の液体が入った巨大なカプセルや血の付いたメスが置かれた台。

 なにかの研究室のようにも見えるその奥に、巨大なカプセルの中で裸で浮いている優子先輩の姿。

「え……」

 私は思わず腰を抜かした。

 肌はより白くなっており、脇腹には縫い傷のようなものができている。

 生気を失った目が瞳孔を開いてこっちを見ているように見える。

「ここにいたのか……」

 その声に振り向くとそこには拳銃を両手に一丁ずつもった先輩が立っていた。

「なんで……こんなことするんですか?」

「間違っているからだよ。優子は永遠に私の物だ。そして優子が欲しいものは全て私が届けてあげる義務がある」

 刹那、破裂音がとどろき右腕に激痛が走る。

「あうぅ」

「優子は私を裏切った。だから再び私の物にするために殺した。ごめんよ……だがあれは優子も悪かったんだ。だから今度は優子が悲しまないように全員そっちに連れていく」

「そ、そんなの優子先輩が願ってるわけない」

「君に何がわかる!?」

 左足にも弾が貫通し思わず地にふせる。

 痛いというよりも熱い。

「私は……わたしは、優子のことを誰よりも愛していた。だれよりも優子を優先してきたんだ!」

 3度目の破裂音と同時に胸が熱くなる。

 息が苦しく空気が熱をもって肺から吹き出す。

 真っ赤な血が私を染めて視界まで赤から黒へと変わってゆく。

 先輩が笑ってるような気がした……





 殺した。

 みんな殺した。

 私は感じたことのない達成感と無気力感に襲われ拳銃を落とす。

 優子の元へ一歩ずつ進みガラス越しにおでこをくっつけてつぶやく。

「これで……これで報われる。全て私たちのものだ」

 望んでいたはずなのに、涙が止まらない。

「私もすぐそっちに行くよ……」

 パーティーを開く前に私は家中の隅にアルコールを流しておいた。

 地下室にある大黒柱にさえもアルコールを吸わせてある。

 使ってない各部屋にはガソリンの入ったペットボトルがあり、それらに発火すればすべてを灰と化してくれるだろう。

 ポケットからライターを取り出しアルコールが塗られた部屋の隅へ投げる。

 すぐさま炎が部屋を囲み階段を駆ける。

 巨大な大黒柱が火柱に変わり、優子の入ったカプセルを赤く照らす。

 私はカプセルを開き、優子を回収した。

 ぬるっとした液に包まれた優子の体は驚くほど冷たく、そして軽かった。

 抱きしめて髪をなで、私は優子を火柱の下に座らせる。

 人が焼ける異臭を出しながら優子の体は動かず固まったまま炎に包まれる。

 胸ポケットから先日優子の体の中から取った一本の骨を取り出し、私は眺める。

 私は優子を殺した。

 愛すべき人を愛にて断罪した。

 では私は誰に断罪されるべき?

 もちろん、優子だ。

 優子の体の一部によって断罪され全てに終止符を打つ。

 骨の尖った方を自分自身の心臓に向けて深呼吸。

 すでに部屋のほとんどが炎に包まれ、倒れていた加弥も見当たらない。

 深呼吸が終わり、私は全力で自分の心臓を貫いた。

 激しく出血し、呼吸が辛い。

 体の操作がままならず、そのまま倒れて意識だけが残る。

 視界はまだ描写されている。

 人は首を跳ねられても2秒は生きるそうだ。

 脳が死ななければ存在する。

 心臓を狙うのは最も残虐な方法かもしれなかったな。

 ごめんな優子、苦しませてしまって。

 もっと楽に殺したほうがよかったな。

 意識が消え始める。

 視界に映るのは現実ではなく、幻想。

 優子ともう一度歩む次の世界での。


 私は優子との永遠をノゾム……

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