始まりの瞬間
「ハァ・・ハァ」
疲弊しきった体を無理やり動かして岩穴に隠れる。第40ステージLv55蛇槍はランスを構えてこちらの様子をうかがっている。決して強くはないが、突進能力とガード、フリックは侮ってはいけない。
マガジンには弾は残っているがリロードして補充しておく必要がある。弾切れをおこさないためもあるが、この弾に俺の命そのものがかかっているだから。
まだ、HPは7割以上残っている。いや、正確には3割ほど死に近づいたという方が正しいかもしれない。しかし、降水確率が3割では傘を持ち歩かない人がいるように、俺もまた、この程度では退かないことが日常化してしまっていた。
「いけッ・・・」
敵のHPはもう残り2割を切っている。
俺はゲーム外スキル"差異化"を駆使し、スネークスピアーの動向を予測すると同時に、SMGイングラムM10をフルオートした。イングラムM10はフルオート性能が高く、連射しても反動が少ないのが特徴だ。
そのままスピアーの断末魔とともにポリゴンが消滅した。俺は溜めていた息を吐き、新鮮な空気を求めた。
「今日のノルマは終了かな。おっとアイテムアイテム」
アイテムストレージを開いて、今倒したスネークスピアーのドロップアイテムを確認して、迷宮を抜け、帰路についた。
現内時刻午後10時35分______俺たちが閉じ込められて1年3ヶ月、ゲームがクリアされることは不可能なのかもしれない。
【ガン・レール・オンライン】
新感覚ゲームの最先端をいくバイオフィールド社が出した、フルダイブ技術を初めてゲームで使用。ゲーム内ではプレイヤーは実際の生活とほとんど変わらない生活が送れる。生身で銃を操作し、調整や改造など様々なカスタマイズが可能となっている。
次世代型脳波置換機ウェーブシフターの発売後1ヶ月を要して実装されたガン・レール・オンラインは主に男の心を鷲掴みした。それは小さい頃からゲームに夢中だった俺も例外ではない。
“さぁ、やって参りました!ガン・レール・オンライン、通称ガレオンの発売です!"
テレビで大々的に放送されたガン・レール・オンラインは発売後約20秒で完売した。
β版ガン・レール・オンラインは500人という小規模ながら、その十倍の5000人が応募したという話だ。俺は運良くβ版をプレイできたが、あの感動は今でも忘れない。俺自身の体がアバターとなり、意のままに操れるのだから。ベータテスター達は一ヶ月間のプレイの後、完装版ガレオンに正式に移行するはずだった。
「真希はこの面白さがわからないの?まぁ女の子じゃ仕方ないけどね・・・」
β版ガン・レール・オンライン、通称ガレオンのプレイ動画を幼馴染の相原真希に見せても、所詮は女の子。この面白さは男にしかわからない。
「なにいってんのよ、あたししか友達いないくせに!」
「な、なに言ってんだよ。俺にだって友達の一人や二人・・・いるし」
冷や汗を出しながら今更の質問に動揺を隠せずにいる俺に対し、真希は「どうせ、ネ!ッ!ト!友達でしょー?そんなの全然友達じゃないしっ」とネットのところだけ大きな声を発し、周りの生徒たちを引かせていた。
「ネットの何がいけないんだよ。今はネット社会だぞ。そういう考え方は20年も前に消滅したんだぞ。」
「あたしはあたしだもん。そんなの関係ないわ」
自己中心主義とは真希のことをいうのだろう。きっとそうに違いない。
学校から駅までの道のりは決して長くはないのだが、真希と帰る時はいつも長く感じる。
「ちょっと急ぐぞ。もうちょっとで最終日限定のグレードクエストが開始されるんだ」
そう。今日はβ版ガレオンの最終日で深夜12時___つまり、翌日0時___からガン・レール・オンラインが正式に稼働するのだ。そのためのレアアイテムなどが獲得できる最終クエストは是非とも参加したい。
「何それ?そんなのあるの!?」
意外や意外、真希は怒るともなくただ目を見開いてびっくりしていた。
「あ、ああ。ゲーム内の情報屋から買ったんだ。でも、なんで真希がそんなにびっくりするんだよ」
ゲームをしているわけでもないのにこの驚き方は異常だ。
「い、いや。なんでもないわよっ。じゃあ急がないとね!今日塾だから、ここで別れましょ。じゃあねッ」
早口でまくし立て、いつもと違う真希に違和感を覚えまくり(覚えまくりってなんだ笑)だったが、俺の頭にはクエストとレアアイテムのことしかなかった。
★
時刻は午後6時。現実ではそろそろ小腹が空く時間帯だが、ここはゲームであり空腹など存在しない....と言いたいところだが、存在するのである。現に今俺は軽い空腹感に襲われている。
人間を司る欲求にはいろいろあり、ウェーブシフターは五感と共にこれら欲求を取り除くようできているのだが、生理的欲求、とりわけ空腹感だけは取り除くことは不可能だったようだ。
したがって、店で何か買って脳みそを誤魔化す必要があるのだが、残念ながらあたりは一面銀世界であり店など存在しない。
「さっみー。どうにかなんないのかなぁ、かな」
俺の右隣で、可愛らしい女のアバターをしたプレイヤーが「へくちっへくちっ」とくしゃみをしていた。
「そういうなよ、レン。そもそも現実では秋なのに、冬というか雪を実感できることが素晴らしいことなんだぞ?」
今度は俺の左隣で男性プレイヤーがVRワールドのすごさを説明したのだが、レンには全く響かなかったようだ。
ここはガン・レール・オンライン第3ステージ銀世界。1ヶ月立っても第3ステージ攻略が終わらないのは、俺たちに能力がないのか、はたまたゲームのせいなのかはわからない。
そして、俺たちは今、最終クエスト“ガルガロスの竜玉"を手に入れるために、待ち伏せている最中だ。
「情報によるとガルガロスは障害物が何もないところに出現というか突進してくるらしいぃ、さっみぃ」
レンの情報をもとにフィールドの開けた、いわゆる“ポケット"と言われるところに狙いをつけた。
「それとシンク?あなたはSRなんだから、離れないと意味にゃーでしょ?」
シンクとはさっき俺の左隣で話していた男性アバターのことだ。彼が装備している“ドラグノフ狙撃銃"はSRと呼ばれる、スナイパーライフルに属される。
「まだスナイパーわかんなくてね。狙撃スキルもあげたばっかなんだよね」
ガン・レール・オンラインは基本スキルとレベルを上げていくうちに現れる派生スキルが存在する。STR《筋力》、AGI《敏捷力》、SPD《速射力》、VIT《防御力》、LUK《命中率》の五つが基本スキルである。狙撃スキルとは、狙撃に適したスキルつまり、STRとLUKのみにステ振りすることである。
「とりあえず、シンクはあっちの高台に行って広域見といてよぃ。敵が現れたら、援護射撃!あんまり攻撃はしないの。一発目は私とアインが攻撃した後で頼むよぃ。敵の遠距離攻撃はヘイト値、範囲攻撃は敵との距離が関係していると情報屋が言っていたよぃ。へくちっ」
レンは情報屋から買った情報を早口でまくし立て、作戦を俺たちに伝える。
作戦は、俺とレンがガルガロスにファーストアタック。交戦を始めたのち隙をみてシンクが援護射撃。これをみみっちく繰り返すだけの単純なものだ。
「よし、じゃあいくか。レン、シンクよろしく頼むぜ。まぁ、死んでも次があるさ。」
この時はまだ死んでも、なんて軽い冗談さえ言えなくなるとは思いもしなかった。
「レン、チェンジだ!チャージしろ!」
順調にガルガロスの体力が5割を切った。
ボス級モンスターということもあり、体力は半端ではないが、敵の攻撃パターンを見切り、着実に削っていく。しかし、弾の数が心もとなくなってきた。
「アインッ、ざ、残弾が心もとないよぃ!」
レンも同様に弾切れを起こす寸前のようだ。
パーティーでは、弾の共有が簡単にできるようになっている。ステイタス欄の"シェアリング"を押し、選択すればいちいちストレージから弾を出すことなく、共有が可能だ。しかし、そのためにはお互いの弾の互換性がなくてはならない。
俺が今使っている武器M16は、ARと呼ばれるアサルトライフルの一種だ。5.56mmという小口径は攻撃こそ一般のARより低いものの、集弾率と速射能力はそこそこ高いのが特徴だ。
レンは、同じARであるAK-47を使用している。7.62mmという大口径は攻撃力が高いが、集弾率が悪いという欠点がある。主に大型モンスターに用いられる銃として定評がある。
したがって、お互い弾の互換性がなく貸し借りができない状況にあるというわけだ。
「シンクに目を狙うように伝えてくれ!俺も残弾が少ないが、3人で弱点を攻撃すれば、なんとかなる!」
★
「あーあぁ、結局クエスト失敗かよぃ・・」
レンがショボーンと口を開いた。あのあと一割まで削ったが残弾がレンともにゼロとなり、シルクもヘイト値による遠距離攻撃を受け、HPが消滅してしまったのだ。
「まぁ、そういうなよ。装備整えてからもう一回やろうぜ。と、その前にシルクと合流しなきゃな。はじまりの街に戻るか」
辺りをみまわしながらレンを誘うと、
「ごめんよぃ。ちょっとご飯食べなきゃ。また明日ログするよぃ」
と、時計を見て言った。
確かに、時刻は8時を回っている。夕ご飯の時間かもしれない。しかし、俺はあるワードが気になった。
「明日ってもう今夜はインしないのか?」
すると、レンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「うぃ。今日はリアルでいろいろあるの」
「そうか。それならしょうがないかな。お疲れ、また明日ね」
ログアウトするものに対する別れの挨拶をいって俺とレンは別れた。
「お前も今日はもう無理なのか。シルク」
はじまりの街でシルクと合流したあと、今日はもうレンがこないとシルクにいったところシルクもインできないようだった。
「あぁ、リアルで用事があってね。」
妙にしらけていうシルクにかまをかけてみた。
「え、お前たちひょっとして・・・」
「な、何を想像している!僕とレンはそういう関係ではない!」
赤くなった顔で必死に説明するシルクはからかいがいがあるものだ(笑
「わかってるーって、ほらもういけ。用事なんだろ?」
「ごほッ、ああ、すまない。お疲れ、また明日な」
そういってシルクもログアウトしていった。
「なぁんか、引っかかるんだよな。まぁ、いいや飯飯っ」
そう言って俺もはじまりの街中央広場を出現コードに指定し、ログアウトした。
時刻は12時5分前。一時的にすべてのフィールドへのアクセスが全面的に禁止、不可侵になり、ベータテスター以外のプレイヤーも続々とログインしてきた。はじまりの街は直径が500mもある巨大な広場を中心に5つのストリートに分かれている。
今俺たちが自由に動けるのはこの広場だけだ。
「「「3!2!1!ガレオンスタートおめでとー!」」」
あたり一面はゲーム開始の喜びで溢れかえっている。今この瞬間だけサーバーの負荷が大きいんだろうな、と関係のないことを思いつつゲーム開始時恒例のゲームマスターの出現を待っていた。
その時だった。空が急に暗黒に飲み込まれたかのような色になり、ガレオンのイメージには似ても似つかない明るい表情をした女の人形が現れた。
“皆さん、ガン・レール・オンラインにようこそ!期待に胸を膨らませて開始を待ってたんだろうけど、私から君たちに一つお願いがあるんです!"
プレイヤーのほとんどはGMの言葉に耳を傾け、きいていた。中には早くプレイしたくて広場から出ようとしているものもいた。しかし、次のGMの一言がこの場にいる全員を恐怖で凍りつかせることとなった。
“皆さんには今から皆さんの命を賭けてゲームをしてもらいまーす!“
一瞬何を言っているのかと思った。おそらくこの場にいる全員が思ったことだろう。ゲームの脅し文句なのか、とも。しかし、そんなにあまいものではなかった。
“このVRガン・レール・オンラインで死んだプレイヤーは生き返ることができません!死んだ場合ウェーブシフターが回線に割り込み記憶領域として保存します!が、外部からの接続は不可能なため、内部から救うしか方法はないのです!"
この説明を聞いたプレイヤーの中には当然怒ったり、泣いたり、喚いたりするひともいたが、呆然とGMのいうことのほとんどが理解できなかった人が多いに違いなかった。
“君たちの体は病院に搬送されたよ!だけどね、私は現実世界でウェーブシフターを外ずされた人は死ぬと言っちゃったから、助けはまずないかなぁ“
嘘だ、ブラフだ、ハッタリだ。そんなことあり得るわけがない。ウェーブシフターは汎用機械だ。ゲーム用に開発されたわけではない。
そもそも、ゲームはウェーブシフターが発売されて一ヶ月後に出たのだ。それまで何の欠陥も発表されてはいない。どうやってそのようなことを可能にするのか。
"君たちの中にはそんなことできるわけない、とか考えてる人いるかもしれないけど可能なんだなぁ。君たちの頭の中にはウェーブシフターのことしかないでしょ。確かに、私はウェーブシフターの関する権限を一切持ってはいないね。でも私たちが多いに関わった物が一つだけあるじゃない?"
まさか、ディスクの方に何かしたのか!?いや、可能なことだ。ウイルスに感染させるようにすれば、脳波を焼き切ることも一生植物状態にすることも可能だ。そのためにディスク版限定で発売したのだろう。
"そう、ディスクだよ!脳波を焼き切るように指示したウイルスたちがわんさかいるよー!そういうことだから、外部からの救助はないの、ごめんね。おっと、忘れるところだった!もし、死んでしまった場合の助け方だけど、一つだけ方法があるよー!良かったね!それはねー、ゲームをクリアすること!101あるステージのボスを倒すことで、私がまた出現するようになってるから!じゃあ頑張ってねー、あとは自力でなんとかするんだよ。健闘を祈ってまーすっ!“
こうして1万のプレイヤーが集まったガン・レール・オンラインは地獄のスタートを切ったのであった。
拙い文章になってしまったですね。
皆さん、初めまして、桜庭ハルと申します。これからどうぞよろしく(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)
感想、評価どしどしお待ちしてるです!お願いしますー!