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38:魔の香り

こっそり更新

 一見して無敵に思えるアデライト女王の固有魔法『呪言』だが、それにはいくつもの制約が存在する。


 単純明快、彼我の距離が遠く、声が届かない相手には効かない。

 そもそも聴覚がない者にも効力を発揮しない。

 また犬猫など言語を解さない動物、知性の低いものなどを縛る事は出来ない、などである。

 

 無論、これらの欠点を克服した魔法を構築する事も可能であるが、その場合は今よりも多大な魔力を消費する、また著しく力が低下するだろう。

 魔法とは実に便利な超常技能であり、汎用性に優れるが、才能の多寡、限られた魔力でより強い効力を得ようとするれば特化させる事を強いられ、その万能さを捨てる事となる。

 

 強い力を得たければ代償を差し出さなければならない。

 その筆頭が魔力であり、神の如き無尽蔵の魔力を持ち得てこそ魔法は万能なる権能として機能する。

 

 神ならざる、凡俗たる人々。

 限りある魔力の多くの魔法使いは正道を外れ、不本意ながらも魔導の邪道、制約の措置を育んだ大切な魔法に課しては強大な力を得る。

 

 

 ――息を止め、すみやかに自害せよ。

 

 

 女王の言葉、命令が場に駆け抜ける。

 型にはまったが最後、対人としては無敵の魔法。

 

 アデライトの言葉に乗せられた魔法は視る事も感じる事も出来ない、人に音が触れ発動するまではただの言葉として振る舞う。

 火や雷など現象を起こして相手にぶつけるのではない、言葉・音そのものが高度な呪いとなり無味無臭の毒の如く相手に染み渡り害する。

 

 コーデリアの耳朶に呪いが到達し、脳髄に魔法が染み渡り……彼の体は自発的に息を止め、崩れ落ちる。

 

「……少しだけ肝が冷えた」


 立ち上がり、膝についた砂を払いながらコーデリアは飾り気のない賞賛の言葉を女に贈った。

 呼吸が止まったのは僅かの間、今は何事もない。


「跪け」


 アデライトの呪いが再度、放たれる。


 素晴らしい魔法だ。


 言葉に乗る魔力がコーデリアをして視認が難しい、常人には完璧とさえ思える偽装を施されている。


 音は速く。


 不可視で高速なる呪いの魔法、およそ隙というものがない。

 が、魔法が相手に到達してから、意味を解し発動、体が動き出す、効果を発揮するまでにはやや時間がある。

 現象を引き起こしぶつける、たとえば炎を顕現させて相手にぶつけるようなものであれば触れた瞬間に傷、同調を駆使したとしても僅かばかりの痛手をコーデリアへ与える事もできただろう。


 加えて言えば初見ではない、コーデリアを相手に何度も体験した魔法など悪手。

 

 跪けという命令、呪言がコーデリアの脳髄に染み渡る。

 自身を侵す魔法の根幹たる魔力と同調、収奪しては無害化する。

 

 天地と合するのとさほど要領は変わらない。

 むしろ散漫でなくこちらに向かって来る、それでいて天地よりも脆弱な人の魔力ならば合するは実に容易い。

 

「跪けと言っている!」


 コーデリアは平時には閉じている魔力を知覚する“聴覚”を開く。

 普段は煩わしく閉じている一段上の感覚を解放する。

 視覚では捉えがたい擬態した魔力、それを別の感覚からならばはっきりと認知できる。


 コーデリアという存在にとっては自身に向かう発動された魔法、その魔力までも正確に認識し捉えられるという事はその芯を、制御を握られるのに等しく。

 

 ――貴様が跪け


 相手の魔法を反射させ、呪言が女王を跪かせるも容易い事である。

 

 

 

 ■

 

 

 

 ありえない事が起きた。

 現状を正しく認識するほど意味不明でおそろしい。

 飛来する矢や炎弾を相手にそのまま送り返したという単純な話ではない。


 呪い、魔法そのものの反射。


 魔法、呪い等を相手に返す呪詛の返しは不可能ではないが高度な位階の技である。

 少なくとも相手よりも上の技量、高位の道具や多量の魔力、複数人の協力があって成せる芸当。

 それを単独、ましてや幼い子供の、魔力を一切帯びない相手が成した事に常識が邪魔をして認識が追いつかない。

 

 通常ではありえない現象……ならば先天的な能力、異能か?

 

 アルファの子、という事はあの魔眼、アレの子でもあるという事だ。

 ならば似たような異能を所持していてもおかしくはないのか。

 希有ではあるが親がもつ異能を子が継ぐ事例はある。

 視る事で魔法を無効化する親が親ならば、子は自身が受ける魔法を無効化や反射させる事が出来る、特化している。


 アデライトは眼前の事象を冷静に分析し、コーデリアが保持しているであろう能力を推察する。


 自身に降りかかった呪詛を即座に解呪し立ち上がる。

 返しには驚いたが自身の放つ魔法に容易く対処できない者は三流もいいところだ。

 

「さすがに自身の魔法で囚われ続けるような間抜けではないか」


 アデライトへと容易に手が届く距離にコーデリアが接近している。


「殺すと言ったが許してやってもよいぞ」


 こちらの顔を覗き込むように幼子がほがらかに笑む。

 その様子は無邪気で腹に隠した謀などなく、その言葉には何も裏表がないように見える。


 もしかすれば殺すと言う事も許すと言う事も子供にとっては同じ事、アデライトそのものなど取るに足らない事なのかもしれない。


「こやつの呪いを解いてくれ」



 ギョオオオオオオオオ



 全身が痺れ、痙攣し、舌を出して息も絶え絶えな赤トカゲの魔物がコーデリアの両腕に抱えられていた。

 コーデリアを対象へと見定め、直接的に呪いを与えてないが近くにいて余波を受けたらしい。


 呪言が効くという事はこの魔物、人語を理解している……人の言葉を理解する魔物・魔獣の類は知性高く、人にとって実に厄介な存在となり得、そういう存在は時に高位の魔法さえ操るものまでいる。

 

 ここで始末した方が憂いなし、世のため人のためだとは思うのだが……。

 

「……もう解いている」


 アデライトはあっさりと呪縛を解いてやった。

 

 コーデリアの親であるコウ・ラグナ・レンフィルは魔法の天敵とも言える存在だが、子もまたそれに連なる存在であると思ったほうがいいだろう。

 さきほどの反射などを考慮すれば、父親以上に厄介とさえ言ってもいい。

 

 今更だろうがこれ以上の敵対は避けられるなら避けたほうがいいだろう。

 

「賢明だな」


 幼子が笑う。

 笑むとよく似ている。

 その顔は傲岸不遜な娘、あのアルファを彷彿とさせた。

 

 

 ギョオオオオオオオオオオオオ

 

 

 甲高くコーデリアの肩に乗ったヤト、矮小な赤竜が警戒から鳴く。



「……お話はお済みですか?」


 異形がいる。

 

 いつからそこにいたのか異形が近くで二人をみつめ、親しげな声をかけてくる。

 コーデリアをして全く気配を、近づいてくる所すら察知できなかった。

 

 通常の方法ではない、おそらくはなんらかの魔法だ。

 

「気配を完全に断ち、姿を消せるのか?」


 率直に問い、コーデリアは興味深く異形を見つめる。

 

 黒猫である。

 二足で人のように立ち、足には長革靴、紺色な落ち着いた色合いのエプロンドレスを纏い、頭部にはプリム。

 紺のロングスカートの中から二つの尾が揺らいで顔をだしている。

 背はコーデリアと変わらぬくらいか、人としては小さくとも猫にしては巨大。


 一見しただけでは強く獣化を現した獣人に見えなくもない。


 だが、コーデリアの観察眼は違うと見ていた。

 

「どういう魔物だ? 魔獣の類か? 今、どんな魔法を使った?」

 

 無遠慮に、未知に対し興味深くコーデリアは猫人を観察する。

 

「……主人がお待ちです、どうぞこちらへ」


 黒猫は子供の言葉と、意に介さず背を向け二人を先導しようとする。

 その背を、コーデリアは手を伸ばし触れようとする。

 

 避けるか?

 抵抗するか?

 無抵抗で無遠慮に触れられるままにされるか?

 

 コーデリアの予想では――また使う。

 

「……」


 コーデリアの手が虚空をかく。

 とらえたと思った猫の背は手の届かぬ数歩先にあった。

 

 転移、そうとしか思えない現象。

 

「無駄だ、バティストには許可なくば触れられん」


 子供の無作法にアデライトがたしなめるように応える。


「バティスト?」

「目の前にいる猫のような姿をした……なにか、メイドの名だ」


 既知を語るアデライトにはメイドに対する僅かばかりの畏れが感じ取れた。

 それも仕方なかろう。

 

 コーデリアは“鼻”をきかせる。

 

 只人には魔力というものを精々が目と皮膚感覚くらいでしか感じられないものらしい、と気づいたのはいつの頃からか。

 だが魔力には個別の、明確な匂いや音すらある。

 男には男の、女には女の、生物と無機物との違い。

 

 バティストと呼ばれたメイドにはあるモノ特有の、独特の匂いが香っていた。

 

 

 人外たる魔族の芳香である。

 

 

 魔族にとって姿形など服のようなもの、強い拘りでもない限りは人の形、獣人の如き姿をしていたとしてもそれは趣味や道楽程度の意味しか持たない。

 アデライト女王にある畏れ、その源泉はその正体を知っているか、知らずともおおよそ察しているが故だろう。


 魔族とは竜と比肩しうる伝説的で、人類種にとって破滅的な災厄である。

 

 寝物語に語られる一騎当千の女達、その勇者らの物語。

 魔王亡き後、時折に行なわれたという征伐、人類による魔族退治、その偉業。

 その一体を祓うのでさえ人々は時に地図を書き換えて、多大な犠牲と労苦を強いられていた。

 

 その魔族をただの従僕、メイドにと使役する存在。

 

「興味がわいてきたぞ」


 歴史上、魔族を使役した存在とはその母たる魔王が代表。

 それ以外の存在で魔族を使役しうるにはただ一つ、己が力を示し、魔を屈服させる事。

 彼らは強きを尊ぶ。


 強さの信奉者たる魔族をねじ伏せ使役するエルフ。

 

 レティシア・ラグナ・アーゲント

 

 コーデリアは思考する。

 天地と合する、自分の様なズルを使わずに魔族を制す、それを成すのに如何ほどの才と修練、どれほどの想いがあるのか。

 

 実に興味をそそられる。

 

 人の目には触れる事のない未踏の秘境、そこに棲む希少な猛獣を鑑賞しに行くにも似た高揚感。

 

 

 バティストが木漏れ日の道を先導する。

 鬱蒼とした木々の影を抜けて視界が開ける。

 

「さぁ、皆々様……存分にその望みをぬし様へ語りなさいませ」

 

 猫の、獣の顔でバティスト、魔が笑う。

 それは足下に這う虫けらが、どんな分不相応な願いを主人にさえずるのかと思い馳せている悪辣な嗤笑だ。

 

 先導された先に円卓、席は三つ。

 

 その上座、席の一つは既に埋まっている。

 黄衣を身に纏ったモノ、永き時を生きた魔導師レティシア。

 

 


 ――さぁ、願いを言うのじゃ……その“対価”に応じ叶えてやろう、余の暇つぶしにな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久方振りに読み返したらやっぱり好きだなぁ。 気長に寝かせて楽しませてもらってます!
[良い点] いつの間に! 気づかなかったわ。 最高なんだが!
[良い点] 久々の更新ありがとうございます! [一言] イキッてるBBAとメイド…。 いやぁこの後が楽しみです^_^
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