35:三者三様
母と父の話し合い、子に託す望み、それらの折衷案を簡潔に言えば
開国の祖たるレティシアと会談し、資格ありと認められ玉座に座れ。
である。
よくよく考えれば様々な思惑だの都合だのが絡まり、複雑な問題に見えてしまうもので、のっぴきならない大人の事情というのも多分にあるのだろうが、言ってしまえば家に沿わぬ意図で出来た子供をどう当主に認知させるか、世界中のどこにでもありそうな問題、話でしかない。
レティシアなどという化生に会わずとも方法はいたって簡単、当主の前で神の威容たる虹を見せつけてやればいい。
それだけで全てはおさまるだろう。
ライトエルフとダークエルフのいざこざ、四方八方が丸くとはいかないだろうが棚上げ、おさまらざるをえない。
真王の再来、魔神の存在とはそれほどまでに大きく、無視できない光なのだ。
しかし明かせば最後
生涯束縛される。
コーデリア・ラグナは我知らず愚痴る。
断言してもいい、有象無象にたかられ面倒と不愉快の極まる事態、そしてそれが一生続くのだ。
現人神なぞ人の精神でそうそうに務まるものではない。
自分にそれが務まるか?
…まぁ、出来るだろうさ。
驕りでもなんでもなく事実としてそう答えられる。
しかし出来る事と、したい事とは別なのだ。
“前”のような刺激的な生き方も良いが今世では安穏に生きると決めたのだ、なにより前世は殺されたしな、はっはっは。
美味いもの食って、寝たい時に寝て、いい服きて、威張り散らしてる馬鹿を小突いて小銭でも巻き上げて嗤って楽しく暮らせればよい。
そもそも魔神化は自身の持つ切り札である、そう簡単に有象無象に見せびらかしていいものではない。
結論として
貴種とは権利も大きいがその義務が面倒きわまりない。
それに尽きる。
天地の力をよく視る事が出来る眼、それに負けない頑強な耐性。
今にして思えばそれらは両親から、連綿と継がれてきた血族の力であって魔神化さえ自身の才覚や力で成し得たと言うのも滑稽だろう。
この世界に生まれてつくづく自分というものがなんと虚ろなものかと思う。
整った容姿、よくまわる頭、頑健な肉体。
人生とは突き詰めれば天運である。
その努力すら努力が出来る環境があればこそであり、そこから結果が実ったとてそれもまた天の采配、運といえる。
そこにある人の思惑や頑張りなど実に些細なものである。
忌々しい。
前世、地球にいた頃を思い出す……静かに師に説かれた事がある。
人に優劣などなく、お前はただ“運”が良かっただけにすぎない。
その才覚も、智も、それらを伸ばす労苦さえも天運によって成した事。
故に誰かを、たかだか運によって得たモノで見下したり害したりせぬことだ。
武を介し人の道を説く、武道。
師のありがたい言葉……まったく、鳥肌がたつような気持ち悪い綺麗事である。
だが忌々しくなるのは、かつては嗤い躊躇なく切り捨てたその綺麗事にも一理はあるのではないかとふとした瞬間に思う事だ。
コーデリアはどうしようもなく“悪”である。
その力、知恵と武は望みを得る手段として全て私利私欲に使う。
それは死んでさえも、なお変わらない業といえる。
しかし、多くの悪行を積み重ね、怨みを得続けて死んだからこそなのか、過去を振り返ってしまう事が時折ある。
それはコーデリアが唾棄すべき弱者の思考である。
まったくもって忌々しい。
もしかしたらこの世界は世の悪党共が、死者が最後に行き着く地獄なのかもしれない。
己の強さすら己自身で勝ち得たものではないと今になって脳髄に響く師の戒め。
大事に育てている遊び場(十三番街)を荒らされる不快。
ここに来てままならず、苛ついてしょうがない。
他者をもて弄ぶのは楽しい遊戯だが、自分が他人の都合で動かされ弄ばれるのは不愉快極まる。
他者はともかく、悪たる自分本位なコーデリアにとって、運命とは切り拓く、思いのままに操るものであって弄ばれるものではない。
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神去りしパアルの大地。
北方世界、エルフ種らが主に暮らす領域においてその東西を二分する東側、ダークエルフが統べる国家の中枢、その王都たる中央に王城は存在する。
開祖レティシアの興した国“はじまりの場所”こそ、今では王城としてあるここであり、四方を囲む貴族街の一から四番街は後に拡張された場にすぎない(後年になって更に外周八方向に拡張したのが五~十二番街となる)。
一個の城と呼ぶに王城はその敷地も含めれば広大にすぎる。
神代の息吹が根強く残っていた古代に街として作られた敷地は今では召し上げられ王領となるも、王族が占有する不可侵な城の中心部を除けば出入りの商人、敷地内には農地まで作られそこを管理・従事する者達など王城の外縁部に属する空間は賑やかな事このうえない。
多くの人と声や匂いが入り交じり、数多の人が行き交い、交渉の言葉と笑い声が交される。
ごく一般的な王の住まう居城、その地に相応しくないほどに雑多な活気に溢れ、幾多もの猥雑な商取引すら公然と行なわれていた。
これら雑多な諸々は全て有事の際に城が最終的な拠点防衛に成り代わる為であり、かつての城下町をそのまま取り込んで存在する巨躯にして特異な性質を持つ砦、王城がこのレグナ城である。
「……醜い城」
開いた扇を口元に当て外の様子にコウ王子は顔を顰める。
馬車の窓越しから眺める外、見えたる黒エルフの王城内、それは王子の感性からして認めがたいものだった。
整然とした調和、伝統も格式も何もかもがそこにはなく、ただ利だけを求め肥大する豚の如き浅ましさよ。
アルファの先導により幾多の門と幾人もの兵と騎士の視線をくぐり抜けて馬車は進む。
奥へ
魔女王の座す、その深奥へ。
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アルファ・ラグナ・アーゲントという女はおよそ緊張というものと遠い所に生きるエルフである。
貴種として恵まれたその血筋、王の血統、生まれながらの権威。
強い気性、それが許されるだけの有無を言わさぬ膨大な魔力と優れた体、魔法の才はあり、生まれ持ったその力に振りまわされた幼少期こそあれど、幼き頃から思い描く望みを存分に、我が儘を余さず叶えてきたようなそんな女である。
そんな者は緊張などというものと無縁なものだ。
誰と出会い、どんな状況にあっても緊張する事などほぼない。
そう、ほぼない。
である。
「実におもしろい話であるな」
声が頭上より墜ちてくる。
天上からの声か、思わずそう錯覚するほどにアルファの心が乱され、肉体が怖れから冷えた汗を煩わしいほどに分泌させる。
それは暗く凍てついた女だった。
だからこそ、その肌の色は黒く染まっているのか?
故にその髪は黒々と冷たく靡いているのか?
その心の在りようを映すよう、その瞳もやはり深く、暗く、なにより凍てついていた。
不吉さ内包するような黒衣を纏い、アルファより数段上の場に座しては拳で頬杖をつき見下ろす。
まるで無頼の輩が行なうが如き野卑た所作である。
だが無頼の輩でもなければ、野蛮な徒でもない事は女の頭上に嵌まる黄金の冠がその立場を不言かつ燦然とあらわしていた。
ダークエルフの女、その国を統べる者。
呪いの魔女。
真なる言葉を操る者。
希有なる勇者を産んだ者。
そして、賢君。
その女を語る号は数多くあれどその名前を呼ぶ事は畏れ多く、声に出す者はほぼいない。
それでもあえて舌の上に言葉を乗せたのならば
アデライト・ラグナ・アーゲント
そう名付けられた『王』であった。
「これほど愉快な話もない、だがアルファ……お前はほとほと人心を乱すのが好きと見えるな」
嗤うよう、どこかもて遊ぶように凍てつく声音が場に響く。
親と子、その会話にあってその声は冷えて、緊張で辺りは軋んでいる。
玉座の間には王と姫、そして王の信頼する僅かな従者らが端に控えている。
親と子、ふたり、彼我の距離は十歩もなかろう。
あのアルファを前にして、なんとこころもとない距離であろう。
如何に歴戦の勇士、従者であろうとも不測の事態になった場合において怪物アルファを止める事は彼女らには困難をきわめる。
親子の対面、それは和やかさとはほど遠く。
厳格な母と奔放な娘は常日頃から折り合いが悪いとは公然の事実である。
成長した子に対し年経た女王は玉座をいまだに譲ろうとしない、それだけをかんがみても二人の関係性が透けて見える、と思うのは邪推であろうか。
それ故か、この二人の対峙は常ならぬ緊張と緊迫を場に呼び寄せる。
簒奪は許されざる大罪である。
だがアルファ姫ならば……と、そう思わせるに足る実績と逸話、気性、剣呑さに彩られすぎており、何もなく手を取り合うには親子は、互いが年を取り過ぎていた。
どうしてそうなった。
そこに確たる理由などない。
アルファという一人の女に対しアデライトという一人の女とはただ相性が悪かった。
気にくわない。
ただそれだけの我が子に対する何気ない俗なる感覚、直感がまず最初だった。
やがてそれは揺るぎない事実へとすり替わる。
その考えの甘さが気にくわない。
自由奔放にすぎる気性が気にくわない。
やることなすことが何もかもが大げさで、声高に笑うその声すら品がなく気にくわない。
ーーー何よりも許しがたく、決定的なのは小賢しいライトエルフに誑かされ、内通し、己が大義の下にこの国を乗っ取ろうと画策してるのが気にくわない。
今もこうして己が娘として生き長らえている事、穏便にすませている慈悲に感謝してほしいものだ。
なんと愚かで馬鹿な娘だろうか。
だが、それでもたった一人の娘なのだ。
思えば、いつかは心を入れ替えるだろうと苦心した事もあれば後継として期待した事もあった。
「アルファは乱心している、捕らえよ」
王の命令に騎士らが動くが、その動きは重く、ぎこちない。
玉座の間にて交された親子の会話、その内容。
アルファ姫に“子”がいるという事実。
その相手があの悪名高き戦呼び、コウ・ラグナ王子であり全ては彼からもたらされた奸計。
「妄言である、子などおらぬ」
王が笑んでは無慈悲な言葉で従者らの迷いを両断する。
アルファにはわかる。
明確に言葉へと出さないが、その顔が、発する臭いが、視線が語っている。
保守的な女王は現状を、国の安寧を保つ為に我が子を、コーデリアを無かったものとするのにいささかの躊躇もない。
エルフとは呪われた生き物、人種である。
その魂は深く呪縛されている。
たとえばコウ・ラグナ王子だ。
アルファが思うに人の手で神の再臨をなすという野望は決して消えていない。
我が子可愛さ、いかに父性の目覚めもあるとはいえ我が子コーデリアに真王へ、魔神への到達、次代へと大願を繋ぐ自分と同じく血の担い手の一人として認識している節がある。
だからこそか、同じ宿業を持つ同胞としていっそう愛おしくも感じるのだろう。
そして、真王への畏敬と呪縛に囚われているのは母たる女王もまた同じ。
アデライトの真王への姿勢は単純である。
真王ラグナを奉じるラグナ教において“帰還派”と呼ばれる教義に服する。
即ち、玉座に座る歴代の王はライトエルフもダークエルフも等しく今の人の世を混乱なく治めるだけの代理、仮初めの王、代行者にすぎないという思想。
――我々はいつか帰ってくる真なる王への為に至尊の座を各々あたためているだけにすぎないのだ。
もし分かたれたエルフらをまとめ上げ統べるのならば真なる王でなければならず、他の有象無象など論じる以前の問題。
小賢しいライトエルフが、たとえダークエルフであろうとも船頭になり自然と分かたれた種族をまとめようなどと片腹痛い。
分断された種、今の世、この世のありよう全ては神の思し召しにすぎない。
幾千、幾万の昼と夜を繰り返してもなお足りず、地上に蔓延る我々は粛々とそれらをあるがまま受け入れるべし。
……何度きいても馬鹿げた話だ。
気にくわない。
いちいち後ろ向きなんだよ。
その考えが、生き方が、物の見方が、過去の栄光ばかり見つめて後ろ向きで、いじけてて性に合わない。
コウ・ラグナに諭されるまでもない、エルフは変わるべきなのだ。
なによりも
「人の息子を妄言とか言ってんじゃねぇぞ!!」
城を壊乱の意志を伴ったアルファの念動力が包み込む。
生きてます
隻腕の狼になって忠を尽くす任務も終わったので(久しぶりに娯楽で発狂するかと思った)次の小説更新は5月(2019年)にはしたい…それで更新速度をどんどん取り戻せればいいなぁ(願望)
自分で書いててなんですが『5月(2019年)』と書かなきゃいけない、ワードに申し訳なさMAXです、がはははは(申し訳なさが一周して開き直り)
でも、ほら、お金もらってるわけでもないので、ね、ね!(クソザコメンタル)