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過去編 03 勇者が纏いしもの

 ――物心ついた時から疑問に思っている事があった。

 

 石を握りしめる。

 それは手中で軋み、ほどなく形を変え、儚く散る。

 

 岩を殴る。

 拳先で衝撃が貫けば岩石は悲鳴を上げ、脆くも砕ける。

 

 石も、岩も、大樹も、獣も、人も、あまりにもこの世は“柔らかいもの”に溢れていた。

 そう思えば二足で立つ地面すらひどく不確かな、不安定な物のように思えてしまう。

 この世に確かな物などなにもなく、ひどく壊れやすく、空さえいつか堕ちてしまうのではないか?

 歴史に伝わる“黄昏”などというものはそういうものではないのか。

 そんな妄想さえよぎってしまう。

 

 熟練の鍛冶士が丹念に鍛造した鉄は良い、あれはそこそこに硬い。


 織物職人が素材と編み方に秘伝の工夫を凝らした糸や縄も良い、あれも中々に頑強だ。

 

 硬いものは良い。

 強靱なものが好きだ。

 

 欠けず、折れず、砕けず、壊れず、腐らず、負けぬ、ただただ孤高なまで完成された、他を寄せ付けない強固さを愛おしく想う。


 そういうものを至高だと思っている。

 

 だから、そういう者になろうとドロテアは幼い日に誓い、証明する為に生きている。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

「では、後を頼むじいや」

「全ては殿下の望むままに」

「すまぬな」


 宵闇に紛れるよう黒衣の外套を纏うコウ王子に跪き、臣従の礼をとるメイド。

 両者の間にわずかな悲痛さが漂う。


「なぁ……至極つまらん事を聞くんだが、このままお前を攫ってしまえば……この『男』はどうなる」


 素朴な疑問をアルファが問う。

 見たところ、王子と従僕は相応の年月を経た繋がり、信頼の深さを感じられる。

 だからこそ彼の企みの場にあっても信用され、同席される事を許されているのだろう、彼に従い、彼の妄想、レンフィルの妄念とも言える蛮行にも付き合っている。

 

 だが、はたしてそれだけか?

 

 彼もまたその企みの一端を背負わされているとしたら

 

「――死ぬ。敵と内通し、裏切り、わたくしを売った最低の逆賊としてな」


 さも当然のことのように『男』は答える。

 アルファはその言葉をどう受け取ったのだろうか何も声を発しない。

 

「そこに名誉なく、それは生涯をもって回復される事なく、仮にあったとして全て終わり、わたくし達が川を渡ってから……いや汚名を返上される事などあってはならんのだ」


 アルファは静聴する。

 自分と同じくこれも当然の事と受け止めたか、疑問の問いも事務的なただ確認の為の言葉であったか。


「良いのです殿下、我が身もまたレンフィル……その末にある者として、とても心踊る夢でありました」


 アルファ姫は心中、理性的に考えてそれが穏便に済む方法であると勘定しているのだろうか。


「神が人を作るのではなく……人が神を作る、その偉業、その大望を担えるのならばこの老骨の命、これにてエルフが夜を越え黄金の朝が迎えられるのならば望外の喜び、安いものでありましょう」

「そちの献身、種への奉仕、たとえどのような書に記せなくともわたくしが覚えていよう」

「感謝、喜びの極み」


 夢を求めた主、それに共感し自らの命すら投げ打つ侍従。

 その二人の間には信と絆があり、見る者が見れば輝かしい未来、運命に殉じようとする美しい光景なのかもしれない。

 尊いものだと感じ入る者も、いるのかもしれない。

 

 だがアルファ・ラグナ・アーゲントにはそれを

 

 「――馬鹿じゃねぇの?」

 

 一刀のもとに切り捨てた。

 コウが、メイドが何かを言う前に事は済んだ。

 

 アルファは隠匿されていた膨大な魔力が辺りに噴出する。

 魔力は即座に持ち手の意に従い、指向性の力へと変換される。


「スピン」


 力ある言葉は魔法発動の鍵となり超常の現象を引き起こす。

 アルファとコウ、侍従の地点をさながら暴風の目にして周囲を立つ事さえ困難な暴威となって荒れ狂う。

 暴風が嵐の如く無慈悲に、手当たり次第に巻き込み、なぎ払い、周囲に広がり続ける。

 突如として出現した災害。

 嵐が全ての生ある者を傷つけ、恐怖する間もなく命すら危うい状態へと陥れる。


「何をしている!!」


 コウ王子の言葉にも無情な一瞥をくれただけでアルファは無言を貫く。

 その目はぞっとするほどに冷たい。

 そして、アルファの手にした剣がをコウの従僕へと正面からふり下ろされる。

 止める間などなかった、あまりにも急な行為、蛮行、飛び散る鮮血と叫び。

 止めどなく溢れる流血は治療を、治癒魔法に専念しなければ死に至るほどに深い。


「さて……」


 アルファはコウ王子を直に拘束する。

 もはや理性で御しきれぬ怒りに染まり、感情の赴くままに罵声を浴びせるコウを問答無用で背後から拘束し凶刃を首筋に突きつける。

 

「つくづく『男』とは論理性を欠く生き物だな。自らが処刑台へと送る者を傷つけられ、怒り、咎めるというのか?」


 皮肉の刃がコウを斬りつける。

 結局の所、現状の彼の言い分は感情が先走ったもので合理性もなければ熱を帯びた理想もなく、それを言われてしまえば言葉の勢いというものは削がれ、答えに窮してしまった。


「男よ、治癒に専念せよ。こんな馬鹿な事で死ぬ事はない」


 伏した『男』に声をかけるアルファ姫の声は凶行の張本人とは思えぬほどに優しい。

 魔人たる『女』が呼吸する。

 深く、深々と、肺を大きく膨らませ、腹に限界まで力が充足される。

 

 アルファ自身の声量の限り、魔法の力を借りてなお、あらん限りの叫びが放たれる。



 ――聞くがいい愚鈍な白エルフども、汝らの至宝、コウ王子はこのアルファ・ラグナ・アーゲントが貰い受ける!!



 誰憚る事なく、傲岸不遜、高らかに、暴君の如き威圧をもって宣言された言葉は暴威の嵐、そのただ中にあっても広く、彼方にまで雷鳴の如く轟く。

 

「……なにを考えているのだアルファ」


 魔人が起こすいまだにおさまらぬ暴威、暴風が荒れ狂う中でコウは問う。

 

「以前、母に問われた事がある。溺れている無二の友と恋人が、二者いる、さてどちらを助ける? 前提として助けられるのは一人のみだ」

「もとより答えなどない話ね」

「俺は両者と答えた」

「……話を聞いてた?」

「凡人ならば一人だろうさ、だが俺なら、このアルファならば両者を助けられる、そういう話だろうよ、以上だ」


 それ以上は語る事はないとばかりに口を閉ざすアルファ。

 

「……殿下、これは彼女の誠意、あまりに強引かつ不器用でありますが優しさ、だと、思われます」


 息も絶えそうな、斬りつけられた従僕の言葉にコウの思考が僅かに冷静さを取り戻し、ゆっくりと考えがまわりだす。

 『夫』となる者の信に篤い従者を本気で斬りつけ、レンフィルの夢を隠そうとするその策謀を、満天下にその所行を露わにするような蛮行のどこに誠意や優しさがあるというのか。

 

「どうせ被る汚名ならば全て俺が負ってやるというのだ」


 多くの将兵を巻き込む、一人の女の意志により引き起こされた嵐は脅威の回転を続ける。

 

「ダウン、アウト」


 アルファの力ある言葉により突如として暴威の嵐は鎮まったかと思えば、次の瞬間には重圧が兵達を縛り、意識を刈り取っていく。


「それが『妻』として最初に俺がしてやれる事だろうよ。俺の物になるからには、これからお前が大切に思うものを何も欠けさせはせん」


 ここにきてようやくその意味を知り、不覚にもその言葉、態度にコウはときめいた。

 

 

 

 ■

 

 

 

「ふむ」


 ドロテアは重圧の中にあって揺るがない。

 脆弱な長耳どもを縛り意識を奪えようとも、ドロテアに対しては多少の労苦こそあれど縛る事はかなわない。

 

「だがこの魔力、馬鹿げているな」


 精神を集中して嵐を引き起こす魔力の源泉を辿ればわかる。

 魔力の感知とは実に多様である。

 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、人によっては味覚で判別する者さえいる。

 だが一般的に視覚によって、その大きさ、流れ、色、輝度で感じるが常道であろう。

 無論ドロテアも視覚によって、目を凝らし魔力を視る事は出来る。

 だが、視覚によらずとも感じられる皮膚が粟立つ感覚、背骨に氷柱を押し込まれるような怖気のはしる魔力感覚。

 怪物と呼ぶに相応しい格。

 天に向かって伸びる一筋の、一個の生命に押し込めるには馬鹿げた、巨大竜巻の如きでたらめな暴力的な魔力の波動。

 我知らず体が震える、だがそれは恐怖ではない。

 まだ見ぬご馳走を、そのかぐわしい匂いだけを嗅いだ獣の如き心情。

 いまだ満ちる事のない飢えと渇きを癒せる好敵手、戦士が持つどうしようもない渇望。


 そして

 

「見えた、ぞい」


 ドロテアは目的の存在を視認し、跳躍する。

 

 

 

 ■□

 

 

 

 周囲の意識を刈り取り、稀に反抗してくる気骨ある白エルフを問答無用でぶちのめし、ライトエルフの野営地を抜けるべく悠々と歩むアルファ姫とコウ王子。

 もはや辺りに自分達を見咎める者はいないと判断してかアルファは既にコウを拘束はしておらず、王子は数歩引いて静かに付き従い、外套を目深に被る。


 ――迎えを呼ぶ。

 

 そう言ったアルファが天に向かって一条の火を放つ。

 綺羅星の如く、赤く、尾を引いて伸びる灯火は漆黒の夜空に流星の如き一筋の線をひいては天頂で鮮やかに爆ぜる。

 

「これでしばらくもすればザザが…」


 と、そこでアルファの言葉は途切れる。

 何かがこちらに向かって飛んでくる。

 敵?

 攻撃魔法?

 一瞬の逡巡。

 着弾の予想地点をすぐにはじき出すが直撃はしないと判別する、が背後には守るべき者もいる念を入れて詠唱すらせず念動の防護壁を眼前に展開。

 

 飛来した何かが数歩、アルファの歩幅にして数歩の距離に着弾する。

 抉れる大地、衝撃で地が爆ぜ、もうもうと土煙がたつ。

 まずなんらかの攻撃と二人が警戒したのも無理はない。

 しかし何よりも警戒すべきは一仕事を終え、僅かな弛緩こそ存在したものの、アルファの感知外からこちらへ目前まで干渉しうるという一手に尽きる。

 待ち伏せ、罠、それとも遙かな遠方よりか?

 いくつもの仮想解答が頭を巡り、対応策が立案される。

 アルファの思考は加速し戦人としての覚醒を促す。

 影、アルファはコウを背に守り相対すべき何かを見据えた。

 

 いる、爆裂などの攻撃魔法ではない。

 そこに確固とした意志を持つ生命がそこにある。



 アルファ姫は相応の教育を施され、公的な場であれば相応しいそういう態度も言葉をとれる、とれるのだが、そこから離れた場になればその大らかさ、鷹揚さ、悪く言ってしまえばおおざっぱさが現われてしまう。

 恐れ多くもエルフ種の王族としては…と思われるがこれも性分である。

 ましてや突飛な、状況ではそういった素が出やすく、戦場など長く、多くの緊張を強いられる場であれば繕う事など些末でもある。

 

 簡潔に申し上げれば、思った事が、教養人としての思考を介する事なくそのまま素直に口から出た。

 煙の晴れた先にいた存在を見て、開口一番


「変態だあああああああああああああああああ!!」


 哀れなのは馬鹿アルファの大声を優秀すぎる程の聴覚で間近で聞かされたコウや相手である。

 耳を聾するような大音響が頭に鐘の音のように響く。

 

「へ、変態がいるぞ!!」


 なおも止まらぬアルファ姫のそう言いたい気持ち、コウにもわからないではない。

 女、種族はドワーフ。

 ドワーフの年など短躯であり、他種族であるエルフには判別しづらい所であるが一見して若くは見える、ドワーフはエルフに次ぐ知性人類種の中で長命な種族だ、そう見えてもそこらへんの人間や獣人よりは年を経ているだろうが。

 問題はその格好だ、半裸というより真っ裸に近い、月の照らす闇夜にあって一見して服を纏っているように見えない。

 下着姿としかいえない、それもきわどい様式のもので外を歩いている者を見れば、変態!とエルフならそう言いたくもなる。

 そこにアルファの落ち度はない。

 現状のパアル世界において文明・文化水準というものは地域、各国によって実に様々ではある。

 魔法教育が乏しい地であれば薪で煮炊きもしよう、ひるがえって教育水準の高い場所ではコークス、油などの燃料さえほぼ消費せずに魔法でどうにかしてしまう。

 農業、建築、医療、政治、経済、娯楽、貧富や開拓と未開の差も実に大きい。

 言うなれば“道徳”の基準すらも多様であるし、ましてや『女』の裸なんぞという輩、種族、文化もいるしあるのだろうが、ことエルフ種の文明圏においては『女』であっても身を清める、行楽における水遊びなどの用でもない限りでこのような姿でうろついていれば変態の誹りは正当なものである。

 

 地球で例えれば深夜に街灯もないような場所を歩いていたら際どいパンツ姿の屈強な男が空から降ってきた、みたいなものと捉えて差し支えない。

 純度、濃縮還元果汁一〇〇%で怖い。

 

 だが、そこは強者たるアルファである。

 恐怖はない。

 しかし驚愕はあるのだ。

 故に不作法な言葉の一つも出よう。

 

 しかし

 

「アルファ、あなたはとても無学ね」

「え?」


 突然にすぎるコウの言葉にアルファは胡乱な声を上げる。

 

「 ど う 見 て も 頭がお花畑な変態だろうが!」

「はぁーーー」


 ため息を吐くコウ、彼の顔は布地に覆い隠され窺い知れる事は余人にはないのだが、それでもアルファには呆れた面構えである事は容易に察せられた。


 コウ王子は静かに、そして物を知らぬ馬鹿者を諭すように強さを持った声音で告げる。

 

「わたくしも書物での知識で直に見るのは初めてだけど、簡潔に言いましょう。あれはドワーフ種の伝統的かつ伝説的な勇者の戦装束、その名も――」



 ビ キ ニ ア ー マ ー よ !!

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