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過去編 01 そしてふたりは出会う

「――罠もなく意図不明、だがこういう返しをされるとは思わなかったか?」

 

 向けられたるは黒塗り、抜き身の刃。

 放たれるきつく絞られた声。

 そこに込められた意志は鍛えられた鋼のように硬く、重く、不動、何があっても揺るがぬと、必ずそれを為すのだと決めてしまっている態度。

 なによりその目が饒舌にそう語っている。


 こういう覚悟を纏った者たちをコウ・ラグナ・レンフィルはよく識っている。

 

「これから愛の告白でもされるのかしら?」


 わずかばかりの沈黙。


「ちょっとまて、どこをどう見て、どうしたらそうなる?」

 

 かえってくるは困惑の音色。

 泥と埃に汚れきり闇夜に紛れる事を是とした漆黒の外套、鈍色の軽鎧を着用し、闇に乗じて殺傷する肉厚の鎧通しを刺し向けた無礼な女。

 ギラギラとした戦意、覚悟、事ここにいたってはそれを隠そうともせず、剣呑な雰囲気が場に放たれている。

 どう贔屓目に見たところで友好的な者ではなく。

 この場の状況、相手を観察して十中八九、刺客の類であると断定して差し支えない。

 そうではない。と言う者がいるのなら、そいつはきっと目が見えていないか、底抜けの馬鹿であろう。


「――ごめんなさい、だってあなた洗ってない犬の臭いがしそうで」

「おぉい!! 直に合うのは初めて、初対面だよな俺たち? あまりに、あまりにひどすぎないか」

 

 傲慢、驕慢であるが故にコウ王太子殿下には、その心と言に文明人としてあるべき建前と本音という乖離がない。

 良く言えば箱入りであるが故に無垢。

 コウは顔をしかめ視線を相手から外すと、ひどい臭気には耐えられぬと鼻を押さえる。

 その所作は自然で、あまりな態度、応対は一周して凶手の方が場違いにも呑まれる。

 

 俺がおかしいのか? と。

 

 相手が常人であればこうはならない、狼狽える以上に浮世離れした美しさには目を惹かれ、ひどい暴言も許せてしまう魅了の力がある。

 同じエルフ種とはいえ異国の、その大層なご尊顔の噂をたびたび聞く事はあっても、目と鼻の先、ここまでの至近でまじまじと直に見た事など凶手、アルファ・ラグナ・アーゲントにもはじめての事である。


 黄金の如き得難き希有なる美貌であると聞いていた。

 然り。

 それを一見したならば知性劣る者、亜人種であってもその貴重さを理解するほどとされる容姿。

 黄金の輝き、その貴重さや華やかさは無垢な子供にも野の獣ですらわかるという道理。

 『女』を無邪気に惑わし、不和を呼び、仲違いさせる【戦呼び】などと聞いた事がある。

 然り。

 これは長きにわたって相対、接し、見て良い生き物ではない。

 陽光がどんなに輝かしく煌びやかであっても見続ければ害になるよう、その魅力も過ぎれば害であり人の身を侵す毒である。


 傲慢で、己の美しさに自覚的で全くもって質の悪い『男』。

 それが齢四〇になる若き白エルフ、戦を呼び、浄なる眼のコウ・ラグナ・レンフィルである。


「流石にかの戦呼び様は肝が据わっている『男』にしておくに惜しいぞ、はん」


 見せつけるように鼻で嗤ってやる。

 慇懃無礼。

 アルファはたっぷりと皮肉の毒を混ぜた言葉を相手に対し無遠慮に投擲する。

 今更に美人を前に取り繕った所で、刃さえ向けた手前それこそ手遅れであろう。

 喧嘩を売ってきたというなら、あちらが最初、良い悪いで言えば悪いのは相手側だと呑まれた気持ちを奮い立たせる。


 時は深い夜、最小限にと抑えられた魔法的な光源は蛍火のように淡く、儚く、頼りない。

 偽装の意味もあるのだろうか王族の仮宿にしてもあまりに平凡な天幕で、その内装も簡素にすぎる寝台に鏡台、机や椅子、いくつかの私物があるだけでずいぶんと控えめなものだ。

 もとより最前線より幾分離れているとはいえ戦場において豪奢な生活具など邪魔ものでしかない、そこをいくとこの男は最低限の物事というものをわかっているのだろう。


「死ね、それが出来ないのなら今すぐ帰れ不細工が」


 前言撤回だぁ!! クソ野郎。

 不細工ちゃうわ。


「呼び出したのはそっちだろうがよ!」


 外、周囲を気にし声量を抑えつつもアルファは吠えざるをえなかった。

 

 

 事のはじまりは十日以上前に遡る。

 一通の手紙が極めて秘密裏、前線で力を存分に振るうアルファの元へと届けられる。

 今でこそ大きく二つに別たれたものの、使う者の限られた、憚られる真王の封印蝋、白馬ユニコーンの毛による縛り紐、一筋の金糸の混ぜ込み。

 名を見ずとも、真王ゆかりの一族、アルファと同族からの異国物であると悟れる密書。

 が、そこにあった内容は著しく単純であった。


 ――話があるから来い。


 乱暴に、簡潔に言えばってしまえばそれだけである。

 貴族らしい修辞や迂遠な表現は多々あれど、民草などにもわかりやすく翻訳すればその一言なのだ。

 この内容には周囲も紛糾した。

 罠である。

 停戦ないしは休戦の話であろうか。

 何かの間違いではないのか。

 何かの陰謀か。

 または……。

 

 ――行けばいいのでは?

 

 なんでもない事のようにそう言ったのは燃えるような赤髪を持つ戦友が一人。

 

 ――殿下を止められる者など何処にもいますまい、仮にいるというのならそれでよろしかろう

 

 多人種に四方を攻められ防戦するもダークエルフ達の限界は着実に来ている。

 ダークエルフにとって此度の時代は恵まれていた。

 アルファという魔人、一騎当千の勇者達、決死の覚悟をもって彼我の戦力差、群れを凌駕せんとする魔法使い達の献身。

 

 ……だが、それでもこのままいけば敗れ、国は数多の人類種に割譲されるだろう。


 決定的なとどめが存在した。


 ある日を境に前線で練達した兵達の魔法が不自然に機能しなくなる事が度々おこるようになった。

 最初は緊張や疲労による術者の不調や失敗を疑った、口の端に笑みを浮かべ揶揄するだけの余裕さえあった。

 

 それは魔法使いの天敵。

 

 寡黙な百人隊長の魔法が前線で壊れ、機能しなくなる、部下は彼女が魔法を失敗する所など見たことなかった。

 暴威を纏い敵が圧殺せんと魔法を放ち殺到してくる。

 悪夢のような光景。

 敵の魔法は行使され、こちらの魔法は機能しない。

 悲鳴と怒号が飛び交う。

 

 それは真なる王の再来と呼ばれ、異種族からは忌まれ怖れられる瞳の異能。

 味方には自身を益する神の視線、敵には無慈悲な死神の宣告に等しい。

 

 不測の事態にもアルファ姫による全力の重圧が辺り一面、敵を押し潰す。

 広範囲故か馬鹿げた出力のせいかその他の者達とは違いすぐさまには壊されない、戦場は拮抗しつつも数の暴力が命を刈り取っていく。

 

 特に人間の猛攻は凄まじい。

 魔王を討った神殺しの種族

 その群の脅威と欲深さをダークエルフ達はまざまざと実感し恐れた。

 アルファ・ラグナ・アーゲントは大陸最強に類する魔法使いである

 人の身に余る極大の魔力を持ち、強大な念動の力を操る事を得意とする。

 四肢を容易く砕き、枯れ枝を踏み砕くように強者の命を手折る。

 が、それでもアルファ姫は人であり、ただ一個のエルフなのだ。

 腹を減らせば眠りもする、疲れ、斬れば痛み、傷を負う、対岸の見えぬ戦いに心をすり減らせる事もある。

 そして天敵を相手取り、独りの最強で守るには国はあまりに広範すぎた。

 

 

 浄眼、戦呼びの呼び出し、罠であるならば食い破るまで、そうでないのなら希望もあろう。

 危険は大きいだろう。

 が、抱ける希望も、そこから得られる果実もまた大きい。

 全てを終わらせる希望、万民が望む平定と平穏の実を。

 

 ――行けばよろしいでしょう、そこで死ぬのならそれまでの器ということで

 

 こともなげに軽く、赤い女は言う。

 無礼千万な言葉に周囲の者は息を呑む、だがそう言わせるだけの力と実績、虚構ではない勇者たる実力が女にはあった。


 ほがらかに笑うその顔は晴れやかで

 

 ――お前が死ねば私が次の王にでもなるさ

 

 友が、炎の魔女が快活に笑う。

 そのあまりの物言い、裏がない直情とも短絡ともいえる言葉は暗雲を晴らすかのようなでアルファもつられ、ことさら剛胆に笑ってみせる。

 友には器がある、王器たる度量がある。

 乱世であれば、魔族が跋扈する魔の時代にあればこそより強く輝き、死蔵される事なくいかされていただろうに。

 己よりも年上の友、今よりも幼く未熟なアルファが敗北した数少ない人物の一人であり今なお好敵手として居続ける傑物。

 

 だからこそ絶対しなねぇ、死んでやらねぇ、てめぇの思い通りになんてなってやらん。

 

 生来の負けん気が、安っぽい自尊心が沸き起こり、強くそういう気持ちにさせてくれる。

 きっと友は、カーラ・ルナウ・ヴァランディスはそれすら見越して言ってくれるのだ、そうやっていつも己の背を押してくれるのだ。

 まことに得難き知己である。

 

 どのような陰謀、策略があろうとも食い破り、本当に虹の瞳コウ・ラグナ・レンフィルが出てくるのあれば……。

 

 

「……で、終わらせる為に手っ取り早く殺そうと思った、と」


 そうだ。と言わんばかり注がれた椀にある紅い茶を乱暴に嚥下するアルファ姫。

 言質を取られぬように無言を貫くが、そこに確かな剣呑さがある。

 

「じいや」


 コウの言葉に応じ天幕外から老境の域に達した従僕が来訪する。

 別段見るべき所のない男、特徴がないのが特徴とも言うべきで触れて探るまでもない察せられる凡庸な魔力量と技量。

 ただ、共にそこにある者に安心感を与える、そんな好々爺とした空気を纏っている。

 このような戦地にあってこそ得難い、貴重な者ともいえる、強く日常も思い起こさせる。

 部外者を前にしてアルファは動じる事もない、既に腹は括っている。

 最悪、ここら一面の相手を前にしてやり合うという最悪の選択さえ視野にいれている。

 

「良い男であるな」

 

 心底そう思ったからこそ、そう呟いたのだが気持ち悪いものでも見るようなコウの瞳があった。

 麗人から男なら誰でもいいのかと問いかけるような視線を受けても萎縮する事もない。


「軽口を叩く『女』は嫌いか? 潔癖か? 若い男にはありがちだな」


 いちいち癪に障る物言いを。

 傲岸不遜、その名に、己に絶対の自信を持ち疑う事をしらぬいけ好かない『女』である。

 

「コウ殿下……」


 従僕が声を掛ける。

 その声音は労りとただの従僕にはない配慮があるようにアルファには感じられた。


「よい、全てはわたくしにある」


 乱雑に、音を立て、対するアルファがテーブルの上にティーカップを置く。

 

「陶器は西方ドワーフ製、良い趣味だな、茶は南方獣人謹製、こんな場所でなければもっと味わいたいものだが」


 二人の間に沈黙の帳が落ちる。

 側仕えたる従僕はコウの後ろに控え、口も出さず佇むだけだ。

 

「椅子や机は人間の物か、良い質だな」

「……」

「おい、いい加減なんとか言え、こんな場所までわざわざ出向いて茶を飲むだけ、持ってる品の自慢など笑い話にもならんぞ」


 あぁ『男』の相手とはなんと面倒くさい、こうしてる間にも砦に籠城し神経をすり減らしている同胞を思えば、ちゃっちゃと殺すべきではないのか。

 不穏な考えが思考をよぎる、この距離、相手は恐るべき異能の使い手ではあるが自分ならば殺れる。

 戦場で視られ何度も術を壊されたが、魔法使いとしての本能か、『女』としての直感か、類い希なる魔人としての感覚ゆえか、こうして眼前で相対しわかる事がある。

 王族としての血のなせる業か『男』としては破格の魔力量を誇るコウ王子だが、それはあくまでも『男』としてであって『女』からすれば中の下といったところでしかない。

 先祖返りともいえる魔神の証、虹の形質さえ有してこそいるが、先天的な異能のせい故にその魔法術は汎用性に欠ける。

 

 この『男』コウ王子はアルファ姫よりも格下である。

 

 言語に発さずとも肌で実感する。

 明確な根拠などない、だがそうであるという事実を目の前にして強く感じるのだ。

 武技の心得があるのなら多少なりとも手こずるかもしれんが殺し合えば勝つのはまずアルファであると。

 

「魔人アルファに問う。この大地は、世界は誰の物かしら」

「我らエルフこそ至高、真なる王、神を祖に持つ知性種は天上に棲む竜を別とすれば我らのみよ……と言えればさぞ楽ではあるのだがな」

「……」

「人間だろうな、次の時代の覇者は」


 今までの時代、多くの者達が世界を制した。

 混沌を退け、文明の夜明けを作り、神代の時代を神パアルとその従者達が

 女神なき後の真なる時代に真王ラグナとエルフが

 真なる王が去りし後、竜の時代に竜王と竜族が

 魔の時代に魔王と魔族が

 そして、魔が討たれ今の人類安定期において次にくるであろう新たな世紀の覇者たち

 それは多大な数と日進月歩する技術の叡智を持ち得、排他的ではなく他種族と積極的に交流を重ね勢力を拡大する人間。


「魔神を戴かずに世を制する初めての人類種、偉業であるな」

「……」

「だが、人間種が制した所で今度は人間同士で争いだす、奴らは今でもその兆候はある。我らエルフが……過去の栄光に縋る斜陽な者達が言う事でもないが、それが神を祖に、万民が仰ぐべき太陽を戴かない種族の限界であろう」


 パアル世界の多くの種族が信奉する宗教は全て神を至高に戴く。

 叡智の光神パアルの聖神教は広く人類種に信奉され

 真なる王にして唯一のハイエルフ、彼女を祖とするラグナ神教(ハイエルフ教ともいわれる)はエルフ種を中心に崇拝され

 竜王バルバロッサと竜族を尊きとする天神教は竜を崇める者達に持て囃され

 そして、秘密裏に、魔性なる永遠の生を求める者に魔王シャットを戴く邪神教は狂信されている。

 

 竜を除けば神を祖に連なる血を持つ知性種、戴く一族はエルフのみである。


「……違う、次の時代を、世界を制し得るのは再びエルフ」


 人の話をちゃんと聞いていたのか、このガキは、誇大妄想も甚だしい。

 殊更に言いたくもないが文明文化力、エルフ種は他の人類種に現状で劣っている。

 ハイエルフ思想という考え方、病理がある。

 エルフの思想、宗教にも根ざす、エルフこそが最も優れた人類であり高みを行く存在であるという痛ましい妄想だ。

 個としてみれば長命、だがそれは成熟するには時間がかかりすぎるという短所でもある、おまけに長命な生物の特徴を強く持ち繁殖力は人類最低。

 魔力量や魔法的素養に優れた優等な種ではある、だがそれ以外の才、膂力、身体能力などはドワーフや獣人におよぶべくもない、人間種にも劣る。

 また、群れとしてみて真王時代の下手に過去の輝かしい栄光、伝説があるせいか、気位の高さが進歩の硬直を呼び、神祖・真王の後継を巡る問題もまた根深く今では大きく二分され国力も芳しくない。


「魔人アルファに問う」


 輝く麗人の怜悧な声。


「聖杯はダークエルフの国にあるのか?」


 アルファは頭を抱えたくなった。

 その容貌は苦いものをありったけ口に含ませたかのように渋面。

 

「くそが、もしかしてそれが原因かよ、人間か? あの阿呆共なのかまた」


 一〇〇〇年以上もの過去、人類の暗黒期、魔の時代に君臨した王が、魔神が在った。


 魔神達は個としての強大な力もさることながら、後世に傷痕を、聖遺物とも呼ばれる遺産を残す。

 

 神以外には動かす事も中に入る事も叶わないが星々を飛翔したという神話にある女神の星船。

 今では開く事さえ叶わないが、既知の場所であれば望めば、いかなる距離さえ瞬時に飛び越せるという転移の石扉。

 今となっては芽吹かせる方法もわからないが、芽吹く瞬間に一粒であれ都市一つを灰燼に帰す事が出来るという滅びの種子。

 

 そして、魔王が使用していたとされる聖遺物、それは……。

 

 「レティシアが“聖杯”を持っていると人間種はいまだに思っているらしい」

 王子の言葉が耳に入らない。

 聞こえているが全くもって聞きたくないと耳朶が拒絶している。

 

「一世紀前くらいにも同じような理由で北にちょっかいをかけてきたな」

「仕方ない、人間は一〇〇年も生きられない、すぐに過去を忘れ、繰り返す愚か者」


 然り、一部の賢明な者達を除き人間種はなにかと北方へ、エルフ種、特にダークエルフに干渉してくる。

 

 人間達の中である誤解がある。

 

 かつて魔王が使用したという聖杯と呼称される聖遺物。

 如何なる理なのか、その“美しい”杯には絶える事なく、世に二つとないかぐわしい美酒が常に満たされているという。

 呑めば万病を治し、またどのような怪我も癒すといわれる。

 それどころか飲めば“最後”、以降は病む事も老いる事すらなくなる伝えられている。

 それは不老長寿を約束する神酒。

 

 魔族という存在がお伽噺にある。

 

 病まず、老いず、精神と魔力の持続する限り永遠に生きられるという暗黒時代を闊歩したという怪物、魔法生物達。

 が、この存在がどうやって生まれるのか、その真相は今以て定かではない。

 

 だが予想する事はあまりに容易。

 そもそも魔王ですら最初にこの美酒を最初に味わった者でしかないのではないか、という歴史家の憶測すらある。

 

 「……頭いてぇ」

 

 アルファの心労が頂点に達する。

 

 人間達の中である誤解がある。

 

 レティシアという名の伝説的なダークエルフがいる。

 鋼のごとき色彩の髪と瞳を持つ卓越した、神がかった腕をもつ魔導師であると伝えられている。

 多くの伝説的な逸話を持つエルフ。

 そして多くのホラ話を持つ黒きエルフである。


 魔王と友誼を交わし、友であったという話がある。

 

 人間達に交じって魔王討伐に協力したと一説ではされている。

 

 魔王戦争終結の際、かの眷属達を世界中に逃がした邪教の信奉者、人類の背信者と囁く者もいる。

 

 単騎にて北方を根城にしていた暴竜と闘い、鎮め、使役さえしたという荒唐無稽な話すらある。

 

 そして魔族の宝を、戦中のどさくさに一つの美しい杯を持ち出したと噂されている。

 

「誤解だ、あのボケ老人はそんな物は持っていない」


 アルファのその言葉は貴族達に、他人類に言い尽くされた文言だった。

 それがどんなに虚しい言葉であるのか経験でわかっている。

 

 人間種の誤解を助長させる事実が存在する。

 

 レティシア・ラグナ・アーゲントは魔王戦争の当時、五〇に満たない血気盛んな若輩のダークエルフであった。

 時は流れ、暗黒の時代は終わりを告げ、各地で種族毎の明確な棲み分けや国々の興亡が起こり一〇〇〇年の時を経て世界はいちおうの安定を得る。

 全ては遥か過去。

 竜ならばともかく、人類種として最も長命なエルフ種でさえ当時の様子を直に知る者はいない。

 

 一つの例外を除いて

 

 レティシア・ラグナ・アーゲントは今も存命。

 

 他者からして彼女の身に何が起こっているのか、邪推する事はあまりに容易い。

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