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27:老人と富める者の街

 またたく間に吸い込まれていく。


 底の見えない穴は眼前の全てを飲み込み、咀嚼し、平らげていく。

 銀に輝く刃は獲物は器用に切り分け、三つ叉の銛は狙いを誤らず捕らえ、噛み、砕き、すり潰し、飲み干し奪う。


 パンが、肉が、野菜が、ちぎられ、切られ、奇術の如く目の前から次々と消失していく。


 「おかわり」


 表面を香ばしく焼きあげた、香辛料のきいた鳥モモはきれいに肉を削がれる。


 「おかわり」


 今朝に収穫、市場に並び購入したばかりの新鮮な葉野菜、サラダは無残に食われ、空虚な器だけを残す。


 「おかわり」


 スープは出した深皿どころか鍋の中にすらもう残ってはいない。


 「おかわり」


 パンは出した側から消えていく。

 一見してその動き自体は丁寧かつ精緻、上品とさえいえるものだが速度が尋常ではない。

 食事がはじまり時間はそれほど経過していないにもかかわらず家中の備蓄、全てを食い散らかされそうな、麦の一粒すら残さずなくなってしまうような勢い。

 飢えた者でもここまでの暴虐はそうお目にかかれない。


 ――ふぅ。


 柑橘、果汁を混ぜ込んだ、よく冷えた果実水をたっぷりグラス一杯飲み干しコアが一息つく。


 「とりあえずこんなものか」


 その言葉に目の前の女はわかりやすく安堵した表情を浮かべるが“とりあえず”などという言葉の意味を考えて密やかにおののく。


 「よく食べるとは聞いてたけど、これは、なんというか……」


 エプロンを身に纏った褐色の肌、肩にかかる程度の長さ、鈍色の銀糸、髪をなびかせるダークエルフの女。

 名をフリン。

 ヴァル・オルトからコアの世話を頼まれた者で起きたコアを察し、手際よく着替えから食事の準備、何から何まで段取りを組み用意してもらっている。


 「……食べ盛りなので」


 しれっと、グラスにもう一杯とばかりに果実水を注ぎ足しながらコアは応じる。


 「どこにそんなに入るのか、魔神の生態というのは不可思議ね」


 銀髪女、フリンは皿を取り下げながら悪戯っぽく笑う。

 その声音に微妙に畏れのようなものを感じるのはコアの気のせいだろうか。

 やたらと派手な虹色の容姿は既に見られているようだが。

 「そんな大層なものではないよ」

 コアは果実水に口をつけながらそっけなく答えるにとどめた。

 

 

 色に優劣はない。

 クラウや育て親の老婆からも聞き及んだ事であるが魔力の色に上下も貴賤もない。

 黄金の魔力を持つ者、泥の如き淀んだ魔力色を持つ者、それは先天的な個々の特徴、個性であって上下の及ぶ所ではない。

 しかし、魔法技術とは絵を描くに似ている。と例えられるように。

 現実という紙に魔法を描く際、最低限の技量があるという事は大前提であるが多色であるという事は他にはない長所になる。


 赤い絵の具を持たぬ者に火を鮮明に、美しく描く事は出来るか?


 これはただの例えだ、現実的に絵画と魔法技術は似ている部分はあっても違うものだ。

 だが、そこに一抹の真理もある。

 ある程度の壁を、レベルを超えた者、魔導師にとって現実を改変する奇跡、超常の技術体系である魔法というもの、その深淵を究めるにあたって多色である事は極めて有用となる。

 起こしたい奇跡に合致した、合う色を持っているとそうでない場合とでは魔力の消費量、効率等に差が生じる、簡潔に答えれば深みが違う。らしい。

 故に多色を持つ者は色を“混ぜ合わせる”技術を次に研鑽する。

 もしくは単色しか持たぬ者でも、自身の単色が先天的に混ざった色である事もしばしある事であり色を分解、選り分ける技術を研鑽する。

 

 コアは自身の爪を眺める。

 最早そこに虹色、『全色』の輝きはない。

 天地の魔力を励起させて起こる反応、虹色化は偶然の産物に過ぎず、ただただ眼前、天地に在る強大な力をその身に得んとした蛮行、人らしい分不相応な執念によって為された事象。

 

 豚に真珠。


 という地球の言葉があるがコアにとって虹の魔力が正にそれだ。


 天と地、双龍を従える事によって片側だけでは成し得ない“嵐”すら越境した肉体の強化、変貌といって差し支えない理不尽を手中にする。

 鉄塊の如き大剣は無手のように軽く、その身の軽さと速さは望外、身の硬さは岩の如く泰然としたもの。

 と、そこまでなら笑みをまじえて言える事だがそれ以上の事がコアには出来ない。

 龍の制御に限界でそれ以上の魔法を行使できない。

 色とりどりの画材を前にしてなお一本の絵筆や鉛筆しか使えないかのような悪夢。

 であるならば肉体強化などはまず捨て置いて他の魔法を使えばよいのではないかという意見もあるだろうがそれは出来ない。

 明確な理由がある。

 他物の魔力は毒、これはコアにしても同じ事で、我慢できる、耐性があるからといってどうにかなるレベルを双龍は超えている。

 耐えられるのはほんの僅か、そのささやかにすぎる僅かな時間、非常に危ういタイミングで毒たる龍、魔力の瀑布を取り込み即座に肉体を強化しなければ死ぬ。

 人外の力すらも自己防衛の為の必要不可欠な処置、その副産物でしかない。

 絵物語で語られるような偉大な魔神、万能なりし魔法使いとは程遠い。

 単発の龍だけならもう少し余裕もでき、多少なりとも遊べる所ではあるが遊びすぎると後日、反動がきつく、寝込む事になるだけならまだしも、これまた双龍である時と同じでそのままぽっくり逝きかねないのでままならない。

 おまけに自身の肉体に干渉する術はともかく、その他の魔法の冴えなどはヘラやディアナに及ぶべくもない、センスがない、機会が得られないので経験も積めない。

 ひたすらに要練習というところだが立派な道具を取り揃えておきながら、名剣を携え、遊ばせた素人といって差し支えない無様な有様。


 魔神などと畏まられても実力に見合ってない評価としか思えず恥ずかしいくらいだ。

 真相を知られてはがっかりさせてしまう事、それだけならまだしも侮られ、侮りは面倒事にもなりかねないのでおいそれと内情を喋る事も憚られる。

 

 とにもかくにも魔王や真王の再来などという大層なものでもない。


 「……魔神など、そんな大した事じゃない」

 

 

 そして、コアは意図しない事がこういった言い方は誤解を生み続けていくのだった。




 ■




 現在コアがいる場所、フリンの家は王都にあった。

 主に富裕層が暮らす内側、区画は二番。

 治安もよく一見してわかる高級な家々が窓から見渡せる。

 馬鹿みたいに地価が高いが広場や公園が適所に配置され窮屈そうな景観は感じられない。

 杖を手に持ち、腰にそれとなく帯剣等の副武装も充実させた魔法使い、身に纏う外套の背には国馬として知られ国旗にも描かれる黒い一角馬が象られている者達。

 国お抱えの警備、正規兵や騎士といったところだろうか、そういう者達が道を巡回している。

 カーテンの隙間からコアは外の様子を観察し続ける。

 「いい所に住んでいるな」

 何気なく漏れたコアの言葉に。

 「単純に夫の稼ぎがいいんだよ」

 反応して紡ぎ出されるフリンの言葉。

 「――ほぉ」


 夫の稼ぎがいい。


 ただそれだけの言葉であったが、この逆転した世界ではなんとも珍しい言葉である。

 ゆえに感嘆の声が、興味をひかれた言葉がコアの口から出るのも致し方ない事であった。

 

 それが間違いであったとすぐに気づいたが既に遅かった。

 

 やれ夫は立ち姿がきれい、やれ声が美しい、やれ気が優しい、やれ……。

 惚気話、自慢話をさんざん聞かされた。


 この手の話に共通する事は地球でも異界でも同じだ、聞かせる方はいいが聞かされる方は砂糖を吐く。


 「――さよか」

 コアは椅子に深く座り半眼で聞き役に徹した。

 適度に、かつひたすら相槌をうつ機械になり、されるがままになった。

 気づけば衣服は着せ替え人形の如く、過剰包装にすぎる、ヴァルが持たせたものだろう愛らしいの一言に尽きる白を基調としたドレスを纏い、頭には大きなリボンまでつけられてセットされる羽目に陥っている。

 ここまでの一連の流れすらヴァル・オルトの掌かと思うと寒気がする。

 もしかしてこうなる事を見越してここに連れてこられたのか。

 いやらしい男だ。

 こういう事にばっかり知恵がまわる。



 ほうほうの体で自慢話を抜けだし、街を見たい!などと子供、それらしく駄々をこねては外へ逃げ出したのは致し方のない事だろう。

 街を散策し店を冷やかす。

 住宅ばかりだと思ったが主要な通りを隔てた道向こうや裏にはいくつかの店、飲食や嗜好品を楽しめる場などがある。

 ほうほう、ふむふむとコアは見て回る。

 十三番街の暴力的で猥雑な雰囲気、店、露店なども独特の味わいがあるが金を持った相手にする綺麗に取り繕った商売のハコというのも中々に面白い。

 今まで二番街など用なしとばかりに興味を向けていなかった為、この機会に存分に見て回りたいところであるが、一つここで問題もあった。


 「もう少し離れてくれんか……」


 コアは背後にいる黒服に声をかけるも応答はいつも同じ。


 ――これ以上離れると差し障りがありますので、だ。


 フリンの長話を半ば強引に抜けて一人で街を見ようとした所、肝心のフリンにどうしてもと留められた挙げ句、どこからともなく女の護衛、おそらくはオルトの関係者なのだろうが黒服二人を供にさせられた。

 フリンの家、一人で住まうには大きなあの家の別室で待機でもしていたのだろう。

 コアとて気を張っていたというわけでもないが目の前に現れるまで気配を悟らせなかったのは信用できる、出来る護衛だと思う。

 腰や背にも刃物や杖などの獲物も携帯していない。

 護衛で無手とはやる気があるのかとも思ったが、この世界には魔法があると思い起こして納得する。

 とはいえ咄嗟の行動や不測の事態に際して抜けばとりあえず威圧になる武器の類を持ち歩かずにいるというのはそれだけで自信があるという事なのか。

 ただ単にそこらへんに巡回している街の警護兵に見咎められない為というのも大いにあるのだろう。

 なんにせよ盾代わりにはなるだろう……身も蓋もなく酷薄な事柄を思い、気ままな自由をあきらめながらコアは歩く。

 何かあった時にはそれはもう有能に動いてくれるのだろう。

 万が一に有能でなくても壁くらいにはなるから有用であろう。

 様々な事を考慮して、存在してダメな事はない。

 見知らぬ街、場所で行動するには存在して安心と言える。


 ただ……もの凄く悪目立ちする。


 道を歩けば衆人の視線に晒される。

 目立つ。

 黒服の周囲の警戒、威圧、直立不動の隙のない所作が人の好奇心をひいてやまない。

 巡回の者達に何度となく職質される、問答も煩わしい。

 


 加えていえばコアの容姿や様相、態度にも問題がある。

 どちらにも寄らず、ライトとダークの特徴を併せ持つ麗しのハーフエルフはどうしても目を惹く。

 身につけた洋装も一見して高価な、この地にあっても子供に与えるにしては過剰な、装飾品、胸元に輝く蒼石のブローチ一つにしたところで金貨が飛ぶような代物であるのもいけない。

 大人であってもただ道行く格好にしては仰々し過ぎる、子供が身につけるとなると言うまでもない。

 また、護衛を供にしてうんざりと、不機嫌な態度ではあるものの気負いのない様子はそれがお仕着せではない、日常的なものである事を匂わせる。

 護衛のある事が普通である身分や階層。


 エルフだけの問題ではなく、矛盾するようだが知性人類種の国には『一つの国』の内部に『複数の国』が存在する事は当たり前だ。

 奴隷、民、富裕層、新興貴族、大貴族、王族など。

 階層は細かくあげればきりがない。

 生活様式や文化、常識そのものが違う事もままあり、それは別の国といっていい。


 あれはどこの誰なのか。


 階層の違う者、時に生まれの絶対ともいえる階層を越えてくる者は稀にいる。

 第三者からすれば格好の娯楽、話題の元。

 そういう下世話な好奇心、興味がありありと見て取れる。

 越えてきた者か、どこかの新興貴族、その子息か、名のある商家の子か。

 

 目立つのは良くない。

 無遠慮な他者の、好奇に晒されるのも好かん。

 そして、時に有害ですらある。


 技芸は不出が武門の習い。

 身に染み付いた体の運び、呼吸、力の流れ。

 どのように隠そうとも最低限、隠しきれぬ、あらわれるものがある。


 一を知れば十を識り得る実力者を前にしては一切を看破されるという恐怖がある。

 


 ――いいか、馬鹿弟子。この世で最も強い武とは“未知”だ。



 謎であり不知である事。

 それこそが自分よりも上の強者を殺す最高の毒。

 師の受け売りではあるが守る価値のある教えの一つであると思い実践している。

 だからこそシェスリー相手にも流派や師の名すら明かさない。

 

 だからこそ今の状況は拙い。

 

 そもそもこういう状況になる事自体、稚拙であるとさえ言える。

 反省する事しきりだ。

 

 なによりもコアの視線の先にある群衆。

 その一人にコアの目が止まる。

 

 「えらくめかし込んで、可愛いな! コア!!」

 

 周囲の視線など全く意に介しない、気にせず、ものともせず歩み寄る者。


 ――あぁ、そういえばこの近くに住んでいるとか聞いたな以前。


 無遠慮に近づく者、少女に黒服二人が警戒し前に出る。

 

 有無を言わさぬ一瞬の雷光。

 地に伏す護衛。


 「あーあー、やってしもうたな」

 「うむ、怪しかったので思わず手が出た!!」

 

 今日も今日とてディアナ・ディーヴァ・ホワイトリングは絶好調だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ディアナのやりたい放題が行きすぎている言動行動に不快感しかない
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