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25:魔神の幼子

 色に優劣はない。

 

 鈍い者には解りがたいだろうが生物が宿す“魔力”には個々の色がある。

 赤、緑、青、白に黒など。

 魔力色、その影響は身体にまで及ぶほどで、パアル世界では――たとえば赤色の魔力を持つ者は赤毛や赤い目として生まれ出てくる。

 複数の色を持つ者もいるが多くて二色か三色、片手の指で足りるという具合だ。

 

 色に勝ち負けはない。


 黒が白に勝る事もないし青が赤に劣るという事はない。

 複数の色を持ったとしても優位な事は特にない。

 また赤色の魔力を持つからといって炎の魔法が得意であるなどという事もない(それはかつてあった、今でも一部信じられてる迷信だ)。

 そもそも優れた火の使い手とは熱操作や制御に慣れ親しんでいるわけで冷気の魔法も得意な場合が多い。

 言うなれば魔力の色とは、とるに足らない特徴の一つ程度ほどの価値しかない。

 迷信のごとき性格診断や酒席で話のネタに使われるぐらいだろう。


 しかし、物事には例外というものが往々にして存在する。

 

 虹だけは別。

 虹色、それは神の色。

 全てを内在する色。

 魔神の色。

 膨大な魔を内包した者だけが持ち得る至高の色。


 太古、かつていたとされる魔神は四柱。

 時代の節目に現れ、消え行く者達。


 原初の一柱、星の海より来訪せし絢爛たる虹色の髪を持つ者、女神『パアル』


 次代に現れたるは美しき虹色の瞳を持つハイエルフ、真王『ラグナ』


 真王なき後に顕現するは輝く虹色の爪を持つ竜王『バルバロッサ』


 地上から竜去りし時代に来るは妖しき虹色の血を持つ星海から零れ墜ちし異形、魔王『シャット』


 魔の王は生命を変質させ自身に類する眷属、病む事も老いる事もない理に反する化け物、魔族を次々と生み出し、世界を呪った。

 竜の王は浮遊する大地を創造し世界を回遊する一族の楽園を築いた。

 真たる王は気象すら意のままにした。

 来訪者、女神は星すら砕いたという。

 

 虹、それは神聖で魔なる色。

 だからこそ虹の瞳を持つコウ・ラグナ・レンフィルは真王の再来とされるのだ。



 「とはいえ、そんな大層なモノじゃないのよね」

 コウはため息をつき独り愚痴る。

 走る馬車の窓に映る自身の瞳は濡れたような虹色をしている。

 美しい瞳だと思う。

 だがそれだけの事。

 魔を討つ浄眼と言えば聞こえはいいが真祖様のように気象を意のままになど出来ないし神話の如き偉大な力を備えているわけではない。

 魔法を壊す、驚異ではあるがそれにしたところで一般に秘匿されているものの限界はある。

 火に対し水をぶつけるようなもので、強大な火、魔力をくべられた魔法に対しては正に焼け石に水。

 最もそれほどの存在をコウはアルファくらいの魔人しか知らない。

 一〇〇〇になる精兵の魔法を壊しきるくらいなら造作もない。


 アルファが異常なのだ。

 生まれながらに人外へ片足を踏み外してる。

 エルフ、人類の、魔法使いとしての一つの極点と言える。

 コウ・ラグナは虹の瞳を持つが魔神でも魔人でもない、どちらにも至れない成り損ない。

 偉大な真祖のちょっとした先祖返りにすぎない、コウは自身をそう評価する。

 

 「――十分大したモノだと思いますが」

 自室に比べれば狭すぎる、駆ける馬車内にコウ以外に一人の男がいる。

 コウと向かい合うように座り、白肌、オレンジに彩られた肩までかかる髪は場を照らすような陽気さがある。

 絶える事のない柔和な笑みと視線は語らずとも彼の穏やかな性格を表している。

 コウ専属の侍従。

 その装いは頭上から足先まで見て殊勝なメイドと言って差し支えない。

 エプロンドレス、ホワイトブリム、ロングスカート。

 肌の露出も最低限、服装は落ち着いた白、紺色ながらもそこに使われている生地の良質さ、ボタンなどの小物の上等さは仕える主の力を控えめながら十分に誇示している。

 「殿下が大した事ないのであれば世の人々は虫以下ではないでしょうか」

 笑みを絶やさず。

 「なら、虫以下なんでしょう」

 「左様で」

 相応になる付き合いの長さもあり傲慢な言葉にも慣れたもの、フルウ・レド・ランチェスの笑みが崩れる事はない。

 車内にしばしの静寂が訪れ土を蹴る一角馬と車輪の廻る音だけがこだまする。

 「レクティアまでまだかかるのかしら」

 聖ラーナ、ライトエルフの国を出立してもうそれなりの日数が経過している。

 「――いい加減あきてきたのよフルウ」

 唇をとがらせ不満を口にする。

 変わり映えのしない景色と窮屈な部屋に雲上の御方は不服のようだ。


 「……殿下はあの虹の光をどうお考えですか」

 ダークの国まで、王都レクティアまではまだかかる。

 不満を紛らわせる為に話題を振る。

 またフルウとしても一年ほど前に起こった異常現象をはかりかねていたし主の考えというものを知っておきたいという好奇心があった。

 それに今回ダークの国に赴くのはあの光が原因ともいえる、この場に的外れな話題でもないだろう。

 

 あの奇妙な光の柱について巷ではいくつもの噂がある。

 なんらか未知の魔法、儀式の失敗、暴走。

 未発見の遺跡をドジを踏んで灰燼に帰した。

 ダークエルフの企み。

 森の奥深く棲む魔族の細工。

 墜ちた竜の仕業、悪戯。

 

 中でも現状、魔族の仕業を疑う者は多い。

 ライトとダーク、両者が歩み寄る事を良しとしないのは昔からの森側の変わらぬ姿勢だ。

 二国が協調すれば挟撃の憂き目にあう。

 事実、今までに幾度も二国が同盟、一つにまとまりかける歴史はささやかながらにもあった。

 その度に互いの疑心暗鬼を促す策謀がいずこかよりもたらされる。

 エルフは長命だ。

 しかし永遠ではない。

 永久な生を求め、信奉を魔に捧げる薄汚い裏切り者は内外にいる。


 「――あぁ、それなら話は単純かも」

 「と言われますと」

 目の前の聡明な主には何事かわかるらしい。

 「魔神が生まれたとか?」

 何気ない、今日の天気でも語るような気安さで爆弾が投下される。

 「そんな! それでは殿下は」

 殿下こそが当代の魔神ではないのか。

 「わたくしは神様なんかじゃない、前からそう言ってるのに誰も本気にしないから困る」

 フルウの笑みがここに来て僅かに曇る。



 虹は特別。

 しかし、色を偽装する事は可能だ。

 幾人もの色とりどりの魔力を然るべき配分で合わせればよい。

 魔法とは絵を描くに似ている。

 理論と知識を学び、突き詰めた最終には理と知を感覚に落とし込み、思い描く風景を、自身に都合の良い現実を、奇跡をより良く描くのだ。

 カンバスの色を混ぜるかの如く、あくまでもそれっぽくではあるが、外面上だけとはいえ虹色を見せる事はそう難しい事ではないとコウは考える。


 魔神は時代の変革期に現れる突出した存在。

 現れ出て、君臨し、何処かへと消え行く時に世界は“黄昏”を迎えるとされている。

 それは明確な滅び、地上のありとあらゆる文明をゼロに退行させる。

 世界は、パアル大陸は何度も滅びと再生、その繰り返しの歴史を、残酷な天の摂理を歩む。

 数々の、かろうじて残る前史の遺跡、遺物の記述からそれは厳然とした事実として読み取れる。


 唯一の例外は魔王だ、あれは人間達に、命を賭した勇者に討たれたが故だろうか。

 歴史的に見て魔神は与する種に多大な繁栄を約束する。

 その反面、去りゆく時に負債を世界へおしつける厄神とも捉えられる。

 魔王亡き後、人類は魔神という存在に対して崇めるべきか討つべきかを問われる事になった。


 人は神を討つ、討てる事も出来るという選択肢を知った。


 滅びと対の繁栄を謳歌するか。

 賭けをもって討ち、現状維持に努めるか。


 もしかしたら黄昏は魔神など関係なく起こり得るのではないか、滅びは回避出来ないのではないか?

 魔王なき後に一〇〇〇年、人類は天が墜ちるのを怯えながら暮らしていたとも言える。


 コウ・ラグナはその身体的特徴故に真王の、魔神の再来だと噂された。

 黄昏は起きる事なく、次の魔神が生まれたのではないか?

 となれば人類の恒久的な平和、安寧の為には殺すべきではないのか?

 多くの議論が巻き起こった。

 結果、ライトエルフ種のとった行動はといえばコウを崇め、この世界より去らぬように尽力し、諸国に向かってはただの先天的固有魔法の使い手、外見だけの先祖返りという論を突き通す事。

 事実、魔法を壊すその力は驚異的であるが伝説にあるような魔神の、望外のものではないと言える。

 おまけに『男』。

 歴代の魔神は皆『女』であったのも幸いだったのだろう。

 “驚異”ではあるが“脅威”と最終的に人類世界からみなされなかった。


 決定的であったのは大戦末期においてアルファに敗北を喫したという事実もあるだろう。

 ライトエルフの重鎮らはコウを途上であると見ている節もあるが買い被りすぎだ。


 「そう恐れる事はない、魔神など所詮はおとぎ話よ。人は進歩している、魔神と言えど血は出る、傷もつく、討つ事だって出来た。……それともそんなに衝撃的? わたくしが神様でないのが」

 フルウに静かに問いかけるコウ。

 その言葉はどこか試すような、嬲るような嗜虐的な音色を持つ。


 「いえ、衝撃というか……神様についていけば安泰だと思ってた私の人生設計が狂うなと」

 「……」

 「………」


 気まずい沈黙がそこにあった。


 「あっ、でも性格の悪さとか扱いにくさは神様級うううううううううう」

 最後まで言わさぬ。

 コウはフルウに俊足で忍び寄ると脇に手を差し込み、熟練の手つきで寝転ばし即座、スカートの乱れも気にすることなく腕を極める。

 陶器の割れるような音が響く、コウの魔眼、フルウの抗う強化魔法を打ち崩す破壊音。

 「殿下、でんか、腕はそんなに曲がらない!」

 「…………」


 あぁいけない、この御方は気位が高く沸点が低い、それも異常に。

 わかっていた事ではあるが迂闊すぎた、見誤った。

 これは折られるッ!!

 

 瞬間、地を混ぜ返すような揺れが起こる。

 その衝撃は床に転ばされたフルウやコウが浮く程で馬車共々、周囲の並走していた護衛騎士は即応して馬を止める。

 地震は止まる事を知らぬよう、駄々子のように揺れ続ける。

 幸い最初ほどの凄まじい揺れなく微震といえる程にすぐ収まり被害らしい被害もない。

 強いて言えばフルウがとっさにコウを庇い頭をしたたかに打った程度。

 「……大丈夫ですか殿下」

 「ん、何ともないわ」

 コウを助け起こす。

 至極、当たり前の事のためかコウから礼を述べる事もない、またそれをフルウが気にする素振りもない。


 妖精の悪戯か、なんらかの未知なる力によってフルウの片腕、手首、肘、肩、三箇所の関節が外れているがそれについてフルウは言及せず静かに、無言で痛みに耐え嵌め込む。


 「……最近は地震が多いですね」

 揺れは以前として僅かにある。

 エルフの文明圏、北部で地震は珍しいほどではないが昨今はとみに多い。

 「ふん、魔神でも暴れてるんじゃないの」

 コウは視線を外に向け呟く。

 「左様で」


 やがて揺れも止み。

 時刻は丁度よく茶を楽しむ頃合い。

 もしかしたら魔神も茶を嗜むのかもしれない。


 「フルウ、用意を」

 「はい、ただいま」

 王都まではもう少し、焦って動く事はない。


 私たちも茶を楽しむとしよう。




 ■■■




 圧倒的。


 以前と比べる事もおこがましい。

 手も足も出ない。

 鋼よりも硬い骨があっけなく砕かれる。

 魔法を、技を、小細工を弄しようとも真正面から難なく突破される。

 

 「実戦に勝る練習なし、本気で来い」


 手を抜いてなどない、本気で来いと請われたのだ、全力で向かった。


 その強さ、歓喜で身が震える。

 喜びで血が沸く。

 悦びで骨が軋む。

 

 クラウは傷ついた体を奮い立たせ怪物の前に立つ。


 怪物は確かに強い。

 だが無駄が多い。

 一撃、また一撃とクラウの身を裂き、砕く程に洗練されてゆくがまだまだ“先代”には程遠い。

 怪物は自身の力を持て余し、使うではなく使われている、振り回されている。

 圧倒的な力を御しきれず地に墜ちた圧が大地の震えとなって世界を揺らす。

 無駄が多い。

 先代陛下を直接見てきた者として、自分のような弱者でも教えられる事はごまんとある。

 教えねばならぬ。

 鍛え、学ばせなければいけない。


 もう二度と人間達に遅れを、その命を散らさせてはいけない。

 

 怪物が自身の矮躯なる身を超すほどの大剣を悠々と持ち歩んでくる。

 その身が持つ存在感が圧力となってクラウに押し寄せる。

 なんの対策もなく高波の前に立った幼子のような不安な、どうしようもない恐怖の気持ちを喚起させる。

 

 怪物の髪、瞳、爪は絢爛たる虹色。

 きっとその肌を破けば虹色の血を流すだろう。


 大魔王はいまだ赤子。

 その伸びしろは大きいが如何せんまだ生まれたばかりなのだ。

 物を知らぬ、世界を知らぬ。

 天と地の龍を飲み干し顕現する稀なる怪物は秘匿しなければならない。

 世界の誰もが手を出せぬ程に育つまで隠し通し、魔へと誘うのだ。

 いまはまだ幼子、魔にも人にもどちらにも転びうる。

 慎重に、計画し、育ててゆかねばならぬ。


 よろこびに震える。

 母たる経験などないが、これこそがそうなのだと思う。

 この手で育み、成長させる。

 誰にも渡さぬ。

 これは私だけのもの。


 私の王であり神だ。



 王の腹が鳴る。

 「うん、すまんが休憩だ。茶にしよう」

 「――えぇ、ご一緒しましょう」

 いまだ人の殻を破らぬ人の理の中で生きるコア王。

 しかし、焦る事はない。

 時間はたっぷりとある。

 

 

 今はただ茶を楽しめばいい。

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