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23:老人と姉弟子

 すこぶる調子が悪い。

 

 ほぼ三日たっても倦怠感に苛まされ、頭痛は我慢の限度を超えつつある。

 原因の見当はついている。

 要訣を掴めば天龍は地龍ほどに荒く、御し難いものでないものの地と同じく人の身には負荷の大きい、強すぎる力。


 おそらく外法は寿命を削る。


 予測の範囲を越えない、確かな理由や理屈もないが、そう信じさせるに十分な反動、辛さ。

 エルフ種が長命とはいえ、この力を濫用すれば人間よりも短い生しか送る事は出来ないかもしれない。

 ドーピングのようなものだろう。

 代償なく、そうそう都合の良いものなどない。

 所詮、正道と程遠い邪法。

 あの望外の、凶悪ともいえる強力な力も命を削り、炉にくべていると考えれば至極納得の出来る事のように思える。


 「強い切り札、奥の手というものはそうそうに使えんというのは相場じゃな」

 コアは寝返りをうって声を紡ぐ。

 部屋に応える者は誰もおらず独白は虚空に吸い込まれていく。


 森の中にあつらえた魔女の家は巨大な大樹の幹に飲み込まれるかのように在り、隠され、作られている。

 よくもまあ、こんな場所に、こんな風に見事に家を造れるものだと感心するものだが魔女の手によれば魔法によってあっという間、そして解体し引っ越しする際もまたいつも通りあっという間に終わる。

 魔法は便利だ。

 ひとえにコアの魔法に対する憧憬は魔女のせいもあるし大きい。


 地球にいる時にサイキックの類を扱う者と接した事もあるし闘った事も幾度かあるがこれほどに汎用性のある物ではなく、パアル世界でいうところの先天的固有魔法がそれに近い。

 もしかしたら魔法使いとはサイキック使いの進化なのかもしれない。


 育ての親、魔女クーは魔法を使えないというハンデを背負う故か様々な事をコアに教え、教育に力をいれた。

 読み書き、算術の類、魔法知識、歴史や伝承、礼儀作法等と多岐に渡り雑多。

 昔はそれなりに良い家、相応の教育を受けた所の出身ではないかとコアは思っている。

 この世界、一般的な民衆の教育水準は高くない。

 人に物を、体系だって教えられるのはそういう教育を十分に受けてきた証左だろう。

 どこかのの裕福だった商家や、没落貴族の一人ではなかろうか。

 これもまた予測、想像の域を出ないが。


 「――うぅ、頭いたい」

 ベッドの毛布をはね除けて頭を押さえるもそんな事で痛みはひいてくれない。

 内息を巡らせ神経を意図的に鈍化、頭痛を和らげようとするものの、そもそもの肉体が絶不調ゆえか、経絡神経の精緻な制御もままならない状況。

 打つ手のないひどい二日酔いに苛まされているに等しい。

 他物の魔力は毒とはよく言ったもので、同調しきり、事後も速やかに排出してなおこの苦しさは正に劇薬に相応しい。

 重度の魔力中毒。

 常人なら死ぬ。

 事実、他者に自己の魔力を流し込み殺傷せしめる魔法というのも存在するらしい。

 

 「うぅ……苦しい」

 あまりの苦しさに泣き言が出るのも仕方ない。

 どんなに齢を重ねた所で痛いものは痛いし苦しいものは苦しい。


 

 「だからアレは使うなと、ばあー……と、先生から言われただろうが」

 

 女だ。

 女がいる。

 そう広くない魔女の家から魔女ではない、老婆以外の女性がいる。

 隣室からコアの寝室を伺い声をかけたダークエルフの女。

 「……男には色々あるんじゃよ」

 「――馬鹿。あとその先生みたいな口調はやめろ。年相応の『男』らしい言葉遣いだ!」

 有無を言わさぬ迫力を秘めた女の言葉。

 「えー、と、家の中というか、身内にはこれで」

 「言葉遣い」

 静かな声音、だが迫力が一段と増す。

 コアは上半身をベッドからよろよろと起こし女を見つめ

 「男には色々とあるんですよ、姉様」

 「よろしい」

 女が寝室に入ってくる。

 木製トレイの上に木椀、中には麦や野菜を煮込んだスープ、木造のスプーンが添えられ手製の病人食というところだろう。

 ベッド近くの椅子をたぐり寄せ、座り、差し出す。

 なんとも乱雑の所作、食えという事らしい。

 「頭が痛くて、食欲が…」

 コアの言葉に女はわずかばかり逡巡する、トレイをベッドの脇に備え付けられた机に静かに置く。

 「…仕方ない」

 女の手がコアの頭に、耳に優しく、壊れ物を扱うように触れる。

 頭部を両手で包む。

 「あまりこういうのは良くないが……」

 褐色の手が淡い白光に包まれ、コアの頭部、体へと伝播する。

 思わずコアの唇から吐息が漏れる。

 痛みや気だるさが嘘のように消えていくのだ。

 「痛みを鈍らせ強制的に体の淀みを、調子を良く感じさせているだけだからな、根本的な解決になっていない偽物の快調さ、それに俺が遠くへ離れたり魔法を止めればすぐにぶり返すぞ」

 「はぁーほんと、魔法って便利じゃな」

 「言葉」

 「……魔法って凄いですね姉様」

 痛みと気怠さが拭われ笑顔を浮かべて謝辞を述べるコア。

 「まぁよろしい。元々は手の施しようのない奴を楽にする為だとか文字通り粉みじんになるまで闘わせる為の魔法で、これを戦争の時に…………は、すまん、くだらん話だな」

 一瞬、女の顔に痛ましい表情が現れる。

 女の齢は一〇〇を超える。

 大戦にも参加している。

 コアは想う。


 死神に魅入られた、死にたくないと思う者に施した事があるのだろうか。

 闘えない程の欠損を負った者に施し無理矢理にでも死地へと送ったのだろうか。

 友に、同胞に、処置し見送ったのだろうか。

 

 想像は容易く出来る。

 が、その苦しみや痛みや想いを想像する事は出来ても実感として感じる事は出来ない。

 出来るとも言わないし言えない。

 嘘でも言う事はない。

 

 「……お前はいい子だなぁ」

 コアの心情を読んだのか気安い態度で女がコアの長耳を触り揉む。

 むにゅむにゅと感触が良いのか手が止まらない。

 「いい耳」

 「……むぅ、それは良いこと?」

 コアはくすぐったそうに身をよじる。

 「ライトの故事で『耳の良さは男の器量』と言うぞ? 奴らの文化はよくわからんが十年もすれば相当な『女』泣かせになるなコアは、あと良い匂いがする」

 顔を近づけられ嗅がれる。

 だが不思議と嫌な感じはない。

 知らぬ仲ではない。

 

 女の名は『アル』という。

 ダークエルフ、チョコレート色の肌は滑らか、背にかかる黒髪を乱雑に一束に後ろでまとめているのは単純な性格がうかがえるもその粗暴な仕草、姿が欠点ではなく奇妙に合っている。

 闇色の瞳は暗く深い、どこか得体の知れなさと獣を前にしたような怖さ、隠しきれない剣呑さが同居している。

 身につけたシャツは黒く、使い込まれた革ズボンやブーツも暗色で夜を纏うような錯覚を見る者に与える。

 装飾品の類は嫌いで身につけていない。

 長身、引き締まった体躯はしなやかで俊足の美獣を人の形に押し込めればこういう者になるだろうか。

 ただ人の目をひくのはその肌に刻まれた彫り物だろう。

 手足、開いたシャツから覗く胸元、首筋から這い上がるようにある紋様はおびただしい密度量であり、ともすれば下品になりそうなものだがその雑然さもどこか彼女に似合っていた。

 稀なる凶獣の毛皮模様にすら思える。

 

 アルはその昔、魔女クーに魔法の教えを受けた一人、東域にある裕福な商家の末子で家業を継ぐ事もなく昔から今に至っても放蕩しているという。

 コアとの面識はそれこそ物心ついた時からだ。

 コアは魔法を使えないが魔女の教えを受けた姉弟子という事か、顔見せにふらっとやって来てはコアに昔から姉の如く振る舞っている。

 前世を含めてもアルの方が年嵩もあり、姉弟子とはそんなもんかとすんなりコアも納得している。

 彼女には良くしてもらっている、可愛がられているというか弄られているというか


 なによりも

 「姉様こそ男泣かせでしょう」

 アルにいつの間にか抱きすくめられ、その豊満な胸に顔が押しつぶされたままに声を張る。

 「俺はもてないなー」

 軽い口調でコアの言葉を一蹴するアル。

 

 通常、パアル世界において『女』の胸なんてのはほぼ価値がない。

 地球世界において男の胸のようなもので、その程度のものだ。

 たとえば暑い夏の日、海や川遊びなどで男女共に胸を覆う水着を着用するものだが、女性のそれは長い髪がうざったいので縛っておくか、止めておくか。

 育った胸に対してもその程度に近い。

 人によっては上をつけずに泳ぎ、遊んでいる者もいるくらいで、そしてそれを誰も気にしない。


 とかく『女』の胸とはその程度である。


 コアが思わず笑い声をあげる。

 その価値のない物に価値を見出す、変わり者がここにある。

 見て良し、眼福であるのにそれが押しつけられ抱きすくめられる。

 これが子供の役得!

 病み上がりもあるのだろうかコアのテンションが妙な具合に沸騰する。

 

 落ち着け、まだ慌てるようなななななな、時間じゃない。


 「姉様、好みすぎる!!」

 感情の暴発。

 思わず出たコアの言葉が彼女に届く。

 「おっ、結婚するかぁ?」

 からかうようなアルの言葉。


 年上、大人で、豊かに育った胸、どこか物騒さすら秘めた上手く隠しても身体を密着して伝わってくる魔力の多寡その片鱗、それに裏打ちされたような溢れる覇気。

 

 正直、大好物です。

 好みの真ん中です。

 本当にありがとうございました。


 通常からは有り得ない熱に浮かされた高揚。

 病んでる故か、魔法により神経を干渉されている故か。

 コア自身にもわからない。

 ただアルといると奇妙な安堵感と興奮を覚えるのは確か。

 「結婚してもいいなぁ」

 呟くコアの声もまんざらでもなし。

 「!?」

 一拍おいて今度はアルの哄笑が室内に響く。

 「そうかそうか、『女』を見る目があるなコアは、ほんと可愛いなーお前は」

 ぎゅうぎゅうに抱きしめられてベッドに転がる阿呆が二人。

 喜びと幸せの坩堝。



 しばらく後、幸せのただ中でひそかにコアは窒息していた。

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