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22+:光の御子

 それは光の御子と呼ばれた。


 彼は魔法使いの天敵と言われた。


 彼の人は真王の再来と噂された。


 陽のただ中にあれば自ら光を放つと錯覚させるほどの金糸、黄金の長髪は絢爛たる美しさを、肌は新雪のごとき白さ、四肢や指は容易く手折れそうなほどに儚く、長くあり、その面差しは見る者を忘我へと蕩けさせる。

 長き耳は筆舌に尽くしがたい至高の曲線、長さ、奇蹟の如く狂おしいまでのその美しさは燦然と、それはライトエルフ相手には理不尽たる魅了の魔法すら伴っていた。

 宿す瞳は多元なる虹色、魔を断じ封滅する浄眼、先天的固有魔法を内包する天の目。

 白を基調としたドレスは精緻で美しいが、彼が着ればたとえ布きれでも天上の衣に見えるだろう。

 人界をあまねく睥睨して絶世と称する事に差し支えない美貌の一角。

 齢は八十を半ばにして、エルフとして成熟のただ中。

 降り注ぐ光彩の如き威容。

 神代の古代言語にして『光』を意味する名を持ち、その美しさ故に、傾国、『戦呼び』などと畏怖される存在。

 極彩色たる宝玉の眼を持つ白き黄金の華。

 

 コウ・ラグナ・レンフィル

 

 彼の人が自室のバルコニー、円卓上にあるティーカップを静かに口元へと運ぶ。

 青花が描かれた白磁のティーカップには香り高い茶、微震に揺れる茶の湯が花びらの如き唇へ、口内へ、喉を伝わり、潤し嚥下されていく。

 ただの日常動作、なんという事のないありふれた所作である。

 だがそれすらも貴人として洗練された賜か、個の持つ華か、完成された絵画に似た調和と静謐さ、美が溢れ鑑賞する者を惹きつけてやまない。

 「……不味い」

 凜と響く清涼な声。

 コウは眉を顰め、一口だけ口をつけたカップを置く。

 「お気に召しませんか?」

 向かいの席から女がしわがれた声をかける。

 エルフ、真王直系ラグナ姓を持つコウ・ラグナに対して許しも得ずに言葉を投げかける事自体が許されない事であるが場には警護、護衛衛士、メイドや執事の類も一切いなければ室内を見回しても在るべき従僕すら一人もいない。

 向かい合う女以外の存在は不要とコウ自身がわがままを押し通し人払いを済ませている為だが、廊下では王国騎士に魔導師がさぞやきもきしながら立っている事だろう。

 「やはりわたくしには西方の茶はどうも……」

 興味本位で淹れてみたものの、やはり合わない、言外に含まれた言葉。

 それは茶に対する言葉か、目の前の者に対する皮肉かと思うのは深読みのしすぎだろうか。

 「左様で」

 女は静かに、微笑さえ浮かべ自分の手元の茶を一口飲む。

 「ふむ、確かに不味い」

 茶は香りこそ良いが酸味、渋みが強く、人を選ぶ味だった。

 「でしょう?」

 コウのはにかむような声音。

 「とはいえ、これもまた西方の風味でしょう」

 女の慇懃な言葉、態度。

 「この渋さもまた味わいの一つ、王に連なる者として飲み干す器というのも必要かと」

 「まるで母様のような事を言う」

 女の言葉にコウは何かを言う事もなく笑みさえ含み、会話は続く。

 「今生のラーナ陛下と同じなどなんとも畏れ多く、殿下には知った風な口を」

 「――良い。ここには誰もおらぬ」

 コウの長い耳が僅かに動く。

 「盗み聞きしているような輩もいない」

 渋い茶を一口。

 コウは先天的固有魔法を持つ、先天的に魔法を身に宿す者は特異な強力な魔法を振るえるが代償ともいうべき不便を負う。

 通常の魔法を扱えず、部屋に対し盗み見、盗聴の類を調べるような術を走査させる事は出来ない。

 が、彼は魔法を使えないというハンデを生来のエルフの感知を磨く事によって補っていた。

 恐るべき事に通常の肉体能力のみで、城内における生物の足音、気配、匂いすら感知、判別出来るらしい。

 「魔法を用いず……よい耳をお持ちです」

 「良い耳は男の器量よ。それに魔法使いは魔法を気安く使えるが為、普段から楽をしすぎ…もっと自分の体を使えばよい」

 にべもない。

 「耳が痛いですな」

 女は、クロウリー・セベスタは魔導師である。

 褐色の肌はダークエルフである証左。

 髪と瞳は鈍く光るような黄土色、首から足先まで緑暗色のローブに身を包んだ老婆。

 二〇〇歳は優に過ぎ、その体躯は細く、四肢は枯れ枝のようで、その身には深い年輪の如く皺が刻まれている。

 幾多の魔法術式、系統を修め、その幾つかを発展、究めたる生きた宝石。

 幼子や素人では到達する事の出来ない練られた出力、規模の魔法を無意識的に行使する事さえ出来る。

 魔導師の上に『大』とつけても誰もが異論を挟む事は出来ない一人。

 その身に攻撃を仕掛ければ肉体の反射作用の如く、自動的、虚をついた一撃であろうとも庇うように防壁は展開され、傷つこうものなら治癒魔法が即時の、無意識発動が行なわれる。

 眩しいものを見た時に瞬きするように、ふいに熱した物を触れてしまった時のように、魔法という技が日常動作の一つ、反射のレベルにまで至った練達した魔法使い。

 「コウ殿下からすれば魔法そのものが児戯のようなものでしょう」

 戦呼びが『視る』

 それだけでクロウリーの纏う発現未満の自動防壁が唐突、薄氷を砕くように根底から壊された。

 陶器を割り砕くような、甲高い音を響かせ魔法が他愛なく、脆く、蹂躙される。

 如何な魔道師であろうと、余るほどの魔力を保有していようとも魔法そのものの存在を覆すこの異能に勝つ事は出来ない。


 魔法使いの天敵。


 敵軍においては刺し向けられる魔を殺す絶対の槍、友軍においては敵の魔法を防ぐ絶対の盾。

 視るだけで相手の魔法をことごとく潰し、友軍はその火力を存分に叩き込める、悪夢のような力。

 その生命活動を魔法に依存した魔法生物、魔族の域に達する者達からすれば死神にも等しい。


 「二〇〇年研鑽を積んだ技がまるで無いかのように、まことにおそろしい」

 クロウリーは言葉とは裏腹に、なんでもない事のように声を紡ぐ。

 自身を丸裸にされてなお余裕すら見えるのは年経た老練さ。

 手には茶請けの焼き菓子を一つ、甘いそれは口に運ばれ彼女の舌を楽しませる。

 「よくそう思われるが口にだして言う者は珍しいわ」

 「殿下に面と向かって言うのは憚られましょう」

 「貴方は遠慮がないようだけど?」

 「儂はこのとおりダークでありますから、ライトの事情など」

 知ったことか。と

 「全く、ダークの女というのは皆そうなのかしら? まるで遠慮というものがない」

 「遠慮ですか?」

 「もしかしたら思慮なのかしら?」

 「くふっ、これはまた耳が痛い」

 風が吹きぬける。

 優しく頬を撫でる風は二人の間を吹き抜け室内を駆ける。

 夏の陽射し、気持ちの良い優しい風は浴びる者を柔らかい気持ちにさせる。

 「美しいものですな」

 クロウリーの言。

 陽光に照らし出されたライトエルフの国、ラーナ聖王国、その王都ラシェル。

 白亜の城の造りもさる事ながら乳白色に統一された城下の街並みはキラキラと輝く宝石箱のようで鮮麗だ。

 「わたくしの自慢の庭よ」

 コウが応える。

 街も人も物も、そこに在るモノ全てが自分の物であると憚らないその態度や言葉は傲慢そのものであるが彼が言うならば誰も差し挟めない気配、華がある。

 「あぁそうだった、あなたが相手でも招聘、協力の件はお断りするわ」

 コウが静かに、音色のように呟く。

 「……」

 クロウリーは応えない。

 静寂だけが二人の間に。

 樹海での虹光の発生から戦呼び、ライト側には何度となく使者を送り出し協力、協調を申し出ているもののあれこれと追い返され続けている。

 それもコウ自身の面談で今のように幾人もの文官、武官がばっさりとだ。

 故にクロウリーのような大魔道師といえど隠居した年寄りすら使われる事になっている。

 「理由をお聞きしても?」

 注がれた茶が冷える程の時を経てクロウリーが言葉を紡ぐ。

 齢を経て隠遁した老骨の身であれど何の成果もなく、理由すらわからず本国に帰る訳にはいかない。

 「あの女に会うのは嫌」

 冗談のような台詞。

 笑みさえ浮かべたその顔は、台詞さえ違えば眩しいものであっただろう。

 「それに我々は大樹海での光は竜の仕業などと思ってはいない、意図不明だけれど氷大公、魔王の仕業か――」

 「自作自演と?」

 コウは肩をすくめる。

 そこから先はあえて言葉にする程の事ではないという風に。

 「ライトとダークはあくまでも対等、呼ばれたからといって馳せ参じるようでは従僕の如き」

 「――と、古老方が苦言を…という所ですかな」

 「理解が早くて助かるわ。こちらの言い分で謳うならダークが、黒姫がこちらに出向いてくれる、協力だといいのだけれど?」

 「……これは参りましたな」

 それを言うならダークが、黒姫が白の国に参じるのは如何にも不味い。

 ましてや黒姫はダークエルフの、個でありながら最大の戦力、おいそれと動かす事、自国外に出すのは憚られる。

 「利益、メンツに加えて疑心暗鬼と、至極くだらないものよね」

 くすくすと微笑するコウの姿は童のようで悪戯めいた雰囲気すらある。

 「……儂が言うのもなんですがどれも相応に大事でしょう、人の世を生きていくに、ましてや王族ともなれば」

 「――わたくしがくだらないと思うのは自由でしょう」

 有無を言わさぬ。

 凝った身体をほぐすかのように伸びをするコウ。

 美しい容貌は何をしても絵になる、その言葉がどれほど驕慢であろうとも調和してしまう不可思議さ、これほどまでにそれが似合う光景もない。


 「さあ、ここからよ大魔導師」


 コウ・ラグナ・レンフィルが、光の子が魔女を見据え、唱える。

 その眼は虹、他に類を見ない魔眼。

 その耳は聴境の高みに達した白宝。

 些細な挙動も、魔力の流れを見逃さず、見切り、心音の変化すら捉える。

 それらは全ての嘘を見抜き、看破するだろう。

 凶つ眼光は慈悲なく影すら残さず灼く。

 「貴方はきっと私の欲しいものを持っている。微かに匂いが、そして貴方の音には覚えがある」

 凪いだ水面のような静かで通る声、光の御子は手札をきる。

 「取引をしましょう」

 コウ・ラグナ・レンフィルは優しく語りかける。


 「コーデリアを知っていますか?」


 余人からすれば意味不明の言葉、問い、符丁。


 クロウリーは一切、表情を動かす事はなかった。

 そこに何の落ち度も、失敗はない。

 だが跳ね上がった心音、揺らいだ魔力、わずかに乱れた呼気を、外からの刺激による生理的な反応を抑える事がどうしても出来なかった。

 しかし、それは誤差といえる。

 常人が相手なら気づきもしない、見逃す程の些末な一瞬。

 光の御子、桃色の花片の如き唇から艶やかな吐息が漏れ出る。

 華が獰猛に笑う。

 凄絶な笑みは見る者を恐怖に近い感情を呼び起こす。


 相対するは常人ではない。


 「言い方を変えましょうか、わたくしの子を返しなさい」


 汗が噴き出す。

 虹の魔眼は魔を殺し如何なる企みも許さない。

 その双眸に宿るは純然たる怒り。

 王族にあるまじき剥き出しの感情、その発露。

 「まことにおそろしい」

 クロウリーの声を聞いた凶華が喜悦の嗤いを上げる。


 在るべき者を在るべき所に、生まれ、奪われた宝をこの手に再び抱くのだ。

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