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20+:虐殺黒姫と虹

 純然たる、理不尽な暴力がやってくる。


 陽炎の如く揺らめく強大無比な力を率いて万軍に値する闇の魔法使いがやってくる。


 戦場に立てば正に鬼。

 立ちはだかる敵に死と絶望、友軍に勇気と希望を。

 生まれ持った他を圧倒する魔力は並び立つ者なき至上。


 火に風、水、土系統魔法、自然を手繰り助けを請う術など弱者の技と言わんばかりの純然たる力の行使。

 光、闇の系統はより根源的な、直接的な干渉、力を操る事にある。

 この属性系統の分類は曖昧で、議論の分かれる所ではあるが、治癒や防護など人に利する術が光、害するものは闇という(いい加減な)仕分けが一般的だろうか。

 ただ専門家に言わせればこの二つは表裏であり、明確な分けは不可能と言う。

 魔法による行使される、身を守る念動の防護壁とは逆に転ずれば相対者を手酷く打ち据えるハンマーともなりえる。

 魔力という万能の力を操り、反復練習の果てに意図した物理、自然現象を単発的に起こすのではなく、恒常的に、その意思と力を練り上げ超常そのものの力を行使し続ける。

 汎用性高いものの、常時使用するにはおそろしく燃費が悪い魔力の運用。

 彼女だから出来る、桁外れの魔力の才富める者だから可能なる力の行使。

 女の体から陽炎の如き空気の揺らめき、不可視の領域、感覚範囲が伸びる。

 女の周囲には空気を歪める程の、陽炎の如き力場が形成され、それは使い手の意のままに操られる絶対の領域。

 貪欲に、縦に、横に広がりを続け、それは意思のある単細胞生物のようにも感じられた。


 褐色の肌、その身に刻まれたおびただしい数の紋様、彫り物、入れ墨。

 自らの祖霊を祀り、信ずる偉大な存在を奉じるための御印。

 豊満な胸が窮屈そうに薄布のシャツを押し上げる。

 均整の取れた、それでいてただ魔法に驕ることなく、鍛え絞られた長身の肉体。

 強すぎるほどの覇気を宿す黒眼、闇色の長き髪。


 絶対的強者、無慈悲な死を戯れに下す凶獣を見る者に連想させる。


 練達した魔法使いは輝ける宝石と形容される。

 これは輝ける一等の宝玉。

 玉座にすら座る事を許される。


 アルファ・ラグナ・アーゲント


 それが彼女、ダークエルフの次代王、エルフ種を未曾有の戦禍に陥らせた大戦において黒姫として名を馳せた者の名。

 単騎で万軍を撃退し全ての魔法使いの天敵たる異能『戦呼び』を打ち倒した英傑の御名。

 彼女がいなければ今のようにダークの国は存続していない。



 構え!!


 怒声とも轟音とも言える声が広大な練兵場に響き渡る。

 アルファの前にはダークエルフの精鋭からなる大隊。

 杖を掲げ、遠距離射程の魔法を得意とする精兵達。

 全ては眼前の黒姫を相手にする為。


 撃て!!!!


 魔法が放たれた。

 火弾、風弾、風刃、土弾もあれば氷柱が降ってきたりもする。

 彩り豊かな魔法、それは加減なしの死の凶弾。

 避ける素振りもないアルファに着弾。

 爆風、衝撃、耳に痛いくらいの音。

 隊は第一波の着弾確認を待たず、土煙の収まらぬ間に二波の準備に入る。


 撃て!!!!!!


 容赦なく号される命令。

 全力で放たれる容赦なき魔法の群れ。

 命を蹂躙する為の暴力が易々と生まれ炸裂する。


 第二波着弾。


 一波よりも激しい音と衝撃。

 彼我の距離は遠く、立ちこめる煙の中にあってはその深奥は窺い知る事は困難。

 三波を加えるべきか?

 司令は副官と共に論じる。

 これでどうにかなったとは思わない。


 だが、ただの『軽い運動』でつまらん怪我をされても事である。


 相手はかの英雄であり王女、下らない事で御身を傷つける事は不味い。

 そう思っての間、判断だ。

 加えて言えば大戦より五〇年、平和な世を謳歌するようになりライトエルフとの国交も正常化の道へと辿ろうとしている昨今。

 何かと放蕩かつ豪放なお人であるが大戦で共に戦った者達からすれば姫は随分と丸くなられた、必要もなくなり昔のように魔法を、その御手、領域を振るわれる事もなくなられた。

 もし技術、勘が鈍っていたならば傷を負われたりしているかもしれない。

 「まさかとは思いますが、し……」

 迂闊な事を言おうとする部下の一人を副官がたしなめる。

 油断、慢心、それらは魔法使いを殺す最大の毒だ。

 王女とて人の子、ないとは言い切れない。

 それを除いてもあれから五〇年、精鋭の中にはかつての大戦を知らぬ若い者もいる。

 不安に駆られるのも無理からぬ事かもしれない


 司令、将軍サラ・マイト・ステッグは思い出す。


 彼の人の偉大さ、強大さを。


 その理不尽さを


 悠々と何でもない事のように無傷の女が歩く。

 「嘘でしょ…」

 黒姫を伝説でしか知らぬ者には無理からぬ相談か、そう零してしまうのは仕方ない。

 サラは思わず笑みが漏れる。

 

 構え!!!!


 朗々と練兵場に第三波の準備が整えられる。

 彼我の距離は徐々に近づきつつある。

 アルファがこちらに到達すれば負け、逆に彼女の防御を突き抜け、止まらせれのがこちらの勝利条件。

 いや大きく違う、彼女を感心させ立ち止まらせれば勝ちだ、突き抜けるなどおこがましい。


 全力、精鋭の魔法を、魔力を枯渇させるまでぶつけるのみ。


 「火を使う!!」

 詠唱開始、数多の魔法使いが一つの統制された群れの如く、火の魔法を唱え、放つ。

 一波や二波の無計画にすぎる混成ではない。

 同系統、規格に沿った同魔法という条件こそあれど複数の魔法を一個の強力無比な魔法として練り上げぶつける手法。

 大隊精鋭からなる火の合成魔法。

 


 撃て!!!!!!



 太陽が墜ちた。



 そう形容されても仕方のない凄惨な光景。

 即座に前列の者達が大楯を構え、更に熱遮断の防壁を展開する。

 たとえその熱量で焼かれずとも空気は焼き尽くされ、酸素はなく生物が生きる事の叶わない死の空間が着弾地点に出来上がる。

 

 構え!!!!

 

 長大な詠唱の開始、次は風の系統。

 現状結果は見ない。

 手を変え、品を変えただ撃ち続けるのみ。


 それは勝つ為の布石ではない、彼の人を飽きさせないようにだ。


 若い兵士達が恐慌状態に陥る。

 視線の先に人の形をした怪物を見る。

 女が灼熱の大地を平然と、歩みをいささかも止める事なく来る。

 それはこの世ならざる者、幽鬼を容易く思わせる悪夢的な光景。

 アルファは決して手を出してはこない。

 精兵といえど一〇〇〇やそこらでは元より勝負になどならぬ。

 それを除いても我らは仲間、同胞、傷つけるなどもってのほかである。

 これは王女殿下の運動に兵の訓練を兼ねたものであるが、アルファにしてみれば遊びの範疇を抜けるものではない。

 ふいに強大な死を孕む力、領域が前線兵士に到達し、不可視の手が彼女らを撫でた。

 それはアルファからすれば注意して視た程度の軽い感覚だったのかもしれない、あるいは自身に対し強烈かつ協力なる練度の魔法を与えた事に対しての褒め。

 大人が幼い子供がはじめて魔法を成功させた時に頭を撫でるようなものか。


 もはやここは凶獣の手の中。

 いまだ広がり続ける間合いもさる事ながらそこに送り込められ続けている上等な魔力は容易く兵の心を折る。

 決して噛まないと言われても自身の命を容易に狩り取る凶獣が首に鼻先をつきつけても平静でいられる者はそう多くない。


 完全な信頼があるなら別だろう。

 初見、胆力だけで乗り切るには酷か。

 大戦を経験し彼の人の強靱さを知り、足先から頭の先まで王国に、王女に捧げた古株は微笑さえ浮かべる。

 小娘どもが。

 あれが我らの王よ。

 かの人こそ、黄昏により傷つき楽土へとお隠れになった真王の再来よ。

 杖を捧げるに足る者よ。

 強い、それだけで尊敬を一身に集めて良い存在。

 幾多の街と村が、土地が、同胞が彼の人に救われたか。

 口さがない連中の中には虐殺黒姫と呼ぶ者もいる。

 だが救われた者からすれば彼女は正に救国の英雄そのもの。

 

 手を振り上げ、声を張り、次弾展開を指揮しようとした矢先。

 「……」

 唐突にアルファの足が止まった。

 なにかの異常か、思わずサラは撃つ事を停止させる。

 ただ足を止めたのなら気にもかけなかっただろう。

 しかし、視線の先にあるアルファ王女の視線は先程と違いこちらを向いていない。

 その瞳は西の空、遠方を一心に見つめる。


 その様子に尋常ならざるものを覚えたのか、大隊の多くは兵長など上役に視線を投げかける者、何事かと口に出す者、魔法の中断をする者、おなじく空を見つめる者と様々。

 どれほどそうしていただろうか。

 おそらく時間はさほどたっていない。

 

 来るぞ

 

 領域が空気を振るわせ、アルファの意思を余すことなく場に伝える。


 瞬間


 耳をつんざく雷鳴の如き轟音、地響きと共に光柱が彼方に出現した。

 虹の柱とでも表現すればいいのか極彩色の光は遥か彼方にそびえる北の峰、大山脈の一部を飲み込み、削り取るとゆっくりと持ち上がるようにして屹立する。

 うるさいほどの重音と肌を震わせる衝撃が人々を包みこむ。

 地鳴り地響き、空気を裂く轟音と衝撃、まばゆいまでの光。

 

 今この瞬間においては、王都のみならず遥か遠方に住まう多種多様な人類種全てが一点を見つめ、その異端なる光を注視していた。

 エルフがドワーフが人間が獣人が妖精人が、亜人や野の獣ですらその異常な光景、虹の柱に魅入られていた。

 なんと美しく、果てなき強大さを秘めた地から天へと昇る力の激流。

 ある者は何か不吉な前触れかと地に膝をつき天に祈り請うた。

 ある者は吉兆の兆しかと呆けたように見つめ続けた。

 


 竜が墜ちたのかもしれない


 

 轟音の最中にあってアルファのその声は練兵場によく通った。

 竜が墜ちた。

 天上の世より放逐された、降りてきた竜が人の世界に悪を働くのは稀にある事であり、最悪の天災、災厄の前触れである。

 話の通じる相手ならばまだいい、話し合い、交渉の余地もある。

 が、人を塵芥にしか思わないような相手なら何としてでも殺しきらねばならない。

 しかし、これは殺しきれるか?

 あの不可思議な光が竜のブレスとして、山を、地を砕き天を裂く、全てを呑み込まんとするこの圧倒的な魔力の奔流は場にいる者達が生涯において感じた事のない圧力。

 おそらくは爵位級、その中でも高位に属する種別の竜になるだろうか。

 伯爵、もしかしたら公爵級……おとぎ話の世界だ、ゾッとする。

 文字通りの人外の力、これを前に人がどう抗えるというのか。

 

 「殿下…」

 人を掻き分け将軍はアルファに駆け寄る。

 目の前の状況に対し、サラは平静を装い、気丈に振る舞うが、あれを発する存在と相対、討伐となれば多くの者が虫けらの如く死ぬ。

 そしてあれを前にするには前提として王女殿下の強大な力もまた必要不可欠。

 「陛下に連絡を、災厄かどうかまだ決まったわけではない、今は少しでも情報が欲しい。慎重に人を動かせ……あちらは大樹海か」

 「……はい」

 アルファの舌打ち。

 レクティア大樹海、国境をまたぐ自然の要害、軍を動かすにしてもこれほどに動き辛い場所もなく魔獣、魔物の巣。

 竜にとっては何でもない自然物、魔物も人の身ではやっかいにすぎる障害でしかない。

 「勝てるのでしょうか……」

 「勝つ、そう心配するな。アズスラ防衛戦、あの地獄に比べればこんな事は危機の内にも入らん、だろ?」

 英雄が笑う。

 その笑みを見てサラも無理矢理に口角を上げる。

 「えぇ、あれは地獄でしたな」

 胸をはり、目を細め、想いを馳せる。

 敵が自分らに向かって津波の如く押し寄せる、万を超える命のぶつかり合い。

 あの大戦の趨勢を決定づけた『戦呼び』と『虐殺黒姫』の決戦。

 全てが、今は懐かしい時の向こう。

 二人ともあの地獄を抜けてきた。

 今回も切り抜ける、黒姫はそう宣言した。

 なればただついて行くのみ。

 「しかし、あの時とは状況も違う、迷わしの森は両国を跨ぐ、災厄であるならライトも対岸の火事ではない」

 「ライトに救援、いや…同盟を?」

 「共闘だな、もし竜で爵位級の相手となると余の手にもあまる、それはあちらも同様、なれば――」


 そこから先の言葉は過去の諍いを知る者からすれば考えられぬ事


 「――戦呼び、コウ・ラグナ・レンフィルを招聘、協力を求める」


 その言葉に場は息を呑んだ。

 

 

 

 








 ■■■





 「し、死ぬかと思った」

 樹海の奥地。

 木々は薙ぎ倒され、爆裂の魔法でも行使したのか辺り一帯が草木の存在しない焦土と化し、地面はあちこちで隆起さえしていた。

 その中心部でコアは膝と手を地につき肩で息をする。

 額や頬に伝う脂汗が珠のように煌めく。

 「……を御するにはまだ早すぎた、それよりも」

 上半身を覆う服は無残に裂け、剥き出しの肌には擦り切れた後、火傷、泥土で汚れにまみれている。

 その右手には光に無残に呑みこまれ蒸発した、もはや刀身の存在しない神剣の柄が握り込まれていた。

 「おっそろしいものを渡しよって…!!」

 この場にいないディアナに思わず悪態をつく。


 もしディアナがここにいれば悪態など聞き流し、得意満面でこう言っただろう。


 正に地を砕き、天を裂く奇跡の顕現であったろう?と。

 

 「ばーか、ばーか」


 あまりの疲労にコアは妄想の中のディアナを罵った。

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