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16:老人と金の娘

 まず人目を惹くのはその両側、頭にまとめられた二つの尾、髪、ツインテールだろう。


 陽の光を浴びて煌めくそれは、さながら金糸の様で流麗。

 その金色の眼、瞳は星の如く明るく、強く、勝ち気で、荒い気性を持つ猫科の獣を連想させる。


 これが年相応ならば格好もついていただろうが、年の頃は人間換算で十に届くかどうか、エルフとして二〇そこそこの齢ではまだまだ胸も膨らまぬ、毛の生えぬガキであって、剣呑に辺りを睥睨した所で子猫が粋がってるようにしかみえないのが滑稽である。


 白き肌と金の髪と目。

 純然たるライトエルフ、その特徴を強く有する白エルフ。

 ダークエルフ文明圏ではまずお目にかかる事が稀な、珍しい類の人種である。

 通りがかる人々の好奇の視線を一身に受ける。

 白の子供、いずこかの来訪した要人の縁者か同行の者であろうが、供の者も連れず黒肌の人々が住まう街を、往来を野放図に、無頼の輩のように歩く姿は一種異様であった。

 何よりもその異様さに拍車をかけるのは剥き出しの、抜き身の魔力。

 隠す事もせず、かといってただ自然に治めるでもなく、意図的に、むせかえるような高圧に練られた魔力を使う事もなく散らし放ち、それは所構わずに喧嘩をうる狂犬の様相。

 事実、喧嘩を周りに売っているのだ。

 その身に内包され露出している魔力量は尋常ならざるものであり凶相すら含む。

 そのなりこそ子猫の粋がりと侮る事は出来るが、こうも凄まじいものを見せつけられては常人としては遠目にも迂闊には笑う事が出来ない。

 その姿、仕立てこそ単純であるが良質な生地を用いて作られたシャツと折り目も正しいズボンに靴、金細工も素晴らしい指輪、腕輪などの装身具をつけ、一見した所でご大層な商家か貴族の放蕩娘という図式が出来る。

 子供とはいえ魔力も、おそらく権力も十分な相手。

 そんな相手に対し通りの人々は海が割れるように道を空け、馬車ですら道を譲る始末。

 およそ九人。

 このような無頼を続けて金の娘に挑みかかってきた人数であるが、それらの悉くが返り討ちにあい地に頭をこすりつける事となった。

 

 そして十人目。


 吹き荒ぶ炎と風が身にまとわりつく、振り払おうと足を止めればそこに火の矢が撃ち込まれる。

 が、防護の壁に阻まれ矢は散るも壁を一つ失われる。

 急いで新たな壁を展開する。

 金の娘が対峙するは赤の娘、褐色の肌にクセのある赤毛をなびかせ火と風を巧みに操る。

 両者にさほど年の違いはない。

 いくつもの通りが交わり、開けた、広場でそれは行なわれる。

 飛ぶ火弾に複数に展開され追尾する火の矢、風の鈍器と刃。

 金の娘からは指先から走る雷光。

 野次馬達は我先にと逃げだし、命知らずの馬鹿者も遠目から眺めるのが精一杯だ。


 明確な害意の意志を持って放たれる縦横無尽に疾駆する雷に赤の娘は避けるそぶりもみせず、煩わしそうに手を振る。

 ただそれだけで六条にも分離、疾り襲った雷が霧散した。

 魔法が消失したわけではない、身に流れる魔力の流れや気流を読み、強く巧みな風の魔法と障壁によって誘い込み潰した。

 純粋な魔力量ならばやや金の娘が上回るだろう。

 だが技術という分野では赤の娘が勝る。

 魔力の多寡はパアル世界において絶対の力の指針ではあるが、闘争において必ずしも腕力の強い者が常勝するわけではないのもまた常。

 力を効率的に使う技の巧みさ、発動の速さ、精度、間合いの外し方、ただの行儀作法程度に習うものではない実地でのそれを想定した魔法教育。


 昨今、規格外の灰色エルフに遅れをとったものの武門の家柄、ヘラ・ルナウ・ヴァランディスは子供離れして十二分に強いのだ。

 

 「…もういいかしら、白エルフのくだらない戯れに付き合うのも疲れる」

 身についた埃をはたきながらヘラは金の娘に傲然と投げかける。

 道を歩いてた絡まれた、こっちを睨んだだの何だのと、いい迷惑だ。

 ダークエルフの王都にやってきたライトエルフでこういう跳ね返りは頻繁にある事でもないが、そう珍しい事でもない。

 逆もまた然り、ダーク側としてもあまり強く言える事でもないが。

 かつては一つだったというエルフ種、民族統一は悲願なれどどちらが上か下かとつまらない張り合いを催す内は夢のまた夢であろう。

 ただ国家が分かれているというだけではない、人類種で肌の色が違う、民族が違うという事で対立しているのはエルフくらいなものだ。

 その一因は他人類種を凌ぐ、多き魔力、魔法の資質、それらが生み出す社会的な余裕であるからだろう。

 白だの黒だのと根本的な所、同じ種族内で別れ争っていたのでは他の知性人類種のよい餌になるのが常というものだが、持てる強い力が在り、別れ争った所で他種に拮抗できる故に同族でいがみ合う。

 人の不合理、馬鹿さ加減もいいところである。


 食物連鎖、人類種の上に『竜』という空を回遊する浮遊の大陸や島々に住む文字通りの天上の存在がいるが彼女らは例外を除けば下界にさほどの興味を抱かない。

 神の如き存在のあれらが一言でもたしなめれば、その暴力を眼前で見せつければエルフの宿願である統一など簡単であろう。

 そもそも竜が大陸に覇を唱え、統一すれば諸々の諸問題などあっという間に解決するのだろうが、君臨すれども統治せず。

 雲上の存在の思考を理解しようと思わぬ方がよい、そういうものだと人々は納得するしかないのが現状だ。


 コアは遠目の野次馬に混じり事の顛末を見守っている。

 頭にある感想は

 おっかない鬼女ばかりの世界じゃな

 これに尽きる。

 火の矢を雨あられと降らせ、雷光を放つ。

 特に雷など喰らえば致命を負わずとも体は痺れ、強張り地面に突っ伏す事になる。

 避けようにも文字通りの光速で向かってくる。

 初見、対処法がないゼロではまず当たり終わる。

 いや、ゼロでなくとも並みの魔法使いでも結果は変わらないか。

 絶大ではあるが雷光を操る魔法は制御が困難、ひとつ誤れば火以上に自身を害する諸刃。

 あんなものを常時使う、杖など介さずに指先から放つというのは何かの拘りか、ただの馬鹿なのか。

 

 「……妾がこんな者にッ!」

 しかし、絶大たる雷光の魔法を使う金の娘が地に膝をつき抗する。

 遠目には解りがたいが風の重圧がのし掛かり巨人の手の如く潰さんと力が蠢いている。

 身を守る障壁をまた一つまた一つと砕かれる。

 展開する壁は十にも及び、それを形成、維持するのは呆れた魔力量であるが、それ以上に力場の圧は強い。

 純粋な魔力量はなるほど金の娘が勝る、だが溜められた器から、その身から瞬発的に汲み出す魔力の出力、パスの太さはヘラが圧倒的に勝っている。

 天賦の才などではない、自身を把握し、磨き、高みを目指した結果にある努力の結実である。

 「どこの誰か知らないけど……身の程を知りなさい」

 怜悧な声、手をかざし意識を向け、ヘラの行使する重圧が更に増す。

 儚いガラス細工のように防護が砕け、残数は五をきる。

 潰すなら徹底的に、ヴァランディスの教えに中途半端はない。

 

 そこでヘラがふと視線を上げたのは何の事はない。

 ただの偶然、ほんの気まぐれ、これから起こるであろう風の圧が周囲に被害を出さないよう、せめて衆人に及ばぬよう、周囲を最終確認的に見回したにすぎなかっただろう。

 

 「コア!?」

 ヘラは遠くの野次馬の中にこの場では見かける事がまずないであろう人物を見つける。

 目が合った。

 コアは思わず視線を逸らす。

 それは天敵に見つけられた獲物のようで、なんともいえぬ偏執的な視線が体を這うのをコアは自覚する。

 以前にヨハンと共に茶をたかって以来、ヘラは、ヘラとの関係性が変質してしまったと思う。

 なんというか、地球世界で言えば思春期の少年に言い寄られまくる少女の気分といえばいいのだろうか。

 あれこれと主導権を握れていたのは数回くらいで後になればなるほどに慣れか天賦か、貴族の教育にはそういうものもあるのか、勉強でもしたか、詳細は把握も出来ないがコアやヨハンが対応に困る事態になる事も多い。

 まず体をさりげなく触ってくる、手や肩くらいならまだしも腰くらいになるとちょっと嫌だ。

 やたらと長耳を触ろうとしてくるし擦り合せようとする。

 長耳、唇や胸や太ももに向ける視線が怖い、いや若干気持ち悪い。

 地球世界で「男のチラ見は女にとってガン見」という言葉があるが……。

 コアとしては好意を向けられるのは嫌でもないが、求められる、までいくと困る。

 

 正直、曾孫くらいの子供に好きと求められても苦笑と困惑しかない。

 そういう趣味もない。

 

 ヘラが視線を外し、かつ意識を逸らしたのはほんの数瞬。

 だが、その数瞬で反撃は可能。


 「「あっ」」

 ヘラとコアの声が重なったのは偶然か。

 地を奔る電撃が一閃、足下からヘラを余さず貫いた。

 なんという無様さ

 雷に射貫かれたヘラは地面に奇妙なオブジェの様相で突っ伏してしまう。

 周囲の衆人観衆からも「うわぁ……」と言葉がこぼれる格好悪さである。

 

 これ…もしかしてわしのせいになるのか……。


 闘いの最中に全くの他事に気を取られ不覚をとるなど、その者が自身で責を負うべき問題ではあるが、あそこからの逆転劇となると少しばかりコアの良心も傷む。

 なんといってもそこまでの質を子供に求めるのも酷というもの。と老婆心ながら感じるところである。

 


 「…勝ったのか?」

 敵である金の娘すら困惑。

 唐突に出来た隙、一筋の望みを託しすがったもが、なんらかの罠かと思えばそうでもなく、ごく普通に、なんでもない事のように終わってしまった。

 地に、無様に突っ伏した相手を油断なく、一定の距離をもって警戒するが動く気配はなし。

 まさか本当にこれで終わりなのか。

 いやこれも何らかの罠、策の内ではないか?

 ……嘘か真か、いずれにしても追撃をかければわかる事。

 「顕現するは光芒の槍」

 右手の先に雷光まとう棒状の光、槍が出現する。

 避けるか防ぐかしなければ致命となる一撃、無詠唱で魔法を行使できる者がわざわざ詠唱動作を経て使う魔法の威力、精度は推して知るべし。

 「さすがにそれは死ぬから駄目じゃ」

 コアが金の娘に音もなく死角から忍び寄り、その手に触れる。


 同調、消失命令。

 

 が、槍は消失しない。

 一瞬、槍は薄くかすれるが詠唱動作を含んでの魔法の発動を阻害する程ではない。

 物は試しと行なったが、これは想定内。

 では、手を捻り、槍の穂先を直上に向けさせ


 発動。


 消失こそ出来なくとも任意で投擲させる、魔法の行使を後押しするくらいなら出来る。

 「なっ!?」

 これに驚いたのは金の娘だ。

 自身が全く想定しない現象、指が手が腕が勝手に行動したに等しい違和感。

 死角から音もなく忍び寄られたのも想定外なら、個の意識、魔法行動に介入されるというのも想像の埒外。


 こんな事があり得るのか?

 催眠術の類ならば可能だろうか、しかしあれは前もっての入念な準備があってこその術。

 そんなものを仕掛けられた覚えもないし目の前の人物にまるで面識もない。

 黒い髪、黒目でライトエルフの如き白肌。

 目を奪われた。

 容貌の特徴から灰色エルフという事は推察できる。

 ライトとダークのハーフ、稀にだが白と黒が混じり合う事なく灰色とならずに白肌や金髪、金目などの特徴を強めに有する者が生まれる事はある。

 それにしたところで傷んだ金色やライトと比べて浅黒い白肌となるのが常だ。

 逆、ダークとしての特徴が出た場合も然り。

 ではこの灰色はなんだ?

 その肌は純粋なライトエルフと比べ遜色なく、その髪や瞳の色は闇のように深くライトにはあり得ない。

 灰色ではなく白黒エルフと称したい。

 しかし、そんなものは些細な特徴だ。

 特筆すべき、見るべき所はなんといってもその抜きん出た美しさ。

 どんな絵画も表した事のない未踏の境地。

 完全な黄金律、比をもって成された奇跡。

 全てのライトエルフが望んでやまない美、全ての白エルフが魅了される麗しさ。

 いつまでも眺めていても飽きる事などないだろう。

 見つめ続けたい、触りたい、擦り合せたい、舐めたい、甘噛みたい。

 その甘美な誘惑に耐えられる者などいるのだろうか。


 「なんて美しい長耳ッ!!」


 場の空気が一瞬にして凍った。

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