それだけで
コンラードが部屋に案内され、ベッドへ寝転がっていると、ユーリがあらわれて部屋の入り口でもじもじしていた。
「この部屋もホコリくせえナー」
「コンちゃん、入っていい?」
「コンちゃん!? 生意気な小僧め、俺をコンちゃんだと!?」
コンは起き上がると、ユーリをきつく抱きしめた。
「キスしちゃうぞ」
この日は、ユーリが初めて男というものを知ったときだ。
ガウディが自分と接するときは、どこかで距離を見せていた。
しかしコンラードは、あくまでも積極的に、直接的に迫ってくる。
そこらの違いに、ユーリは気づいてしまい、コンラードに恐怖感を抱く。
「やめて、こわい。ボク、それに小僧じゃないよ」
「じゃあ、小娘か」
ユーリは足元においていたウサギのぬいぐるみを抱いて、コンのほうに背中をむけて座り、コンは頬杖をついて腹ばい、ユーリの背中を見つめていた。
「ボクがユングヴィ様から逃げて隠れ住む理由、聞かないんだね」
さみしそうにユーリはつぶやく。
「興味ないからなぁ。他人事だし」
コンは仰向けに寝転がった。
窓の外から月の光がさしているので、コンはまぶしそうに空を見あげていた。
「ユングヴィはね・・・・・・ボクに女の子の服装をしろっていうんだ。そういうの嫌いだって言うと、悲しそうな顔をする。だから、胸が痛くなるんだよ」
「見ていたくない、ってか。それなら、結婚してやれよ。俺よりフレイのほうが、お前を気に入っているんだろ」
「でも、わからないよ。フレイ様を好きか嫌いかなんて・・・・・・。好きじゃないのに結婚したら、もっとフレイ様、悲しむと想う」
なるほどユーリは貴族の男の子の服装を好んでいた。緑色のシルクのシャツとズボン。
それだけで逆になまめかしさも漂わせていることを、ユーリは知っているのだろうか。
コンラードは生唾を飲んだが、理性を働かせて何とかこういった。
「お前が女だったと、てんで気づかなかった。しかしなんだってお姫様らしくしないんだい」
「ガウディがね、言ったんだ。ドレスは身体を冷やすから着ないほうがいいって。晩餐会に呼ばれることもないだろうし、ボクはこの、絹のズボンだけで充分なんだ」
「俺がもし・・・・・・」
コンは横目でちらちらとユーリを盗み見、
「俺がもし、お前のこと、どうかしちゃったら、どうする?」
「どうかって?」
「キスしたり、・・・・・・いろいろ」
ユーリにもそれで、言っている意味がわかったようだ。
彼女の頬の色が真っ赤に燃え上がる。
「ねえ、夫婦ってどうすれば夫婦になれるの」
じつは昔、ユーリはユングヴィにも同じことを質問していた。
「そうだな。最初はあまり感じないかもしれないが、俺がお前を大事に想ったり、お前が俺を愛しいと想い、メシを作って、俺の帰りを待っててくれること。それだけじゃないか? 難しいことはワカランがな」
コンの穏やかな微笑が、あの日のユングヴィと重なって見えた・・・・・・。
「私はユーリアが大好きだよ」
暖炉の中で燃えカスがはじけて、飛んだ。
ユングヴィの部屋は高級なじゅうたんが敷き詰められており、ユーリは髪を結って、絹の上等なドレスを着せられ、ユングヴィの前にひざまずく格好でちょこんと座らされていた。
「ねえ、どうすれば夫婦は、夫婦になれるのかなぁ」
ユングヴィは驚いた表情になるが、次第に微笑み、ユーリの頭に手をのせた。
「私は、ユーリが幸せでいてくれたら、それで満足なんだよ。私がユーリを愛しいと想うように、できればなんだけど、ユーリにも私を愛してほしい・・・・・・。私が戦争に行ったら、傷ついて戻った私を笑顔で迎えておくれ」
「それだけでいいの?」
「それだけで、いいよ」
「・・・・・・どうした? ユーリ」
ぼんやりと呆けた顔をするユーリの頬を、コンがはたいた。
「なんでもない、おやすみ」
ユーリはウサギのぬいぐるみを引っ張って、部屋に戻ってしまった。
「変なガキ」
肩をすくめ、コンはすぐにいびきをかいて寝入ってしまう。
ユングヴィ、何でか、いい人になってやがる・・・・・・。
わがままな性格はどうした!? どこいったんだ!