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「……うん、クロー?仲良くしてほしい」
その日、俺は天使に出会った。
銀の月を溶かし込んだような、しかし日を浴びると薄く金に輝く髪。
北の極寒の地で採れるという青い宝石のような瞳。
恥ずかしそうに、微笑みながら差し出される手。
「もちろんです、殿下」
握手に応じると安堵した様子で微笑む天使。
それが、どうして、こうなった。
ギギイーラ 四八七年 土月 十七の日。
床に頭を擦り付ける俺。
「私を煩わせるなと言っているだろう」
あの天使はもう居ない。
昔はあんなに可愛かった、第二王子のリフィ殿下。
それが!それが!
あんなに可愛かったのに、すっかり恐怖の大魔王野郎になってしまった。
「大変、お忙しいご様子だったので……」
「で?」
「お耳に入れるのも……かなぁ……と」
「ふざけているのか?」
そう言う殿下に髪を引っ張らられて、強制的に面を上げさせられた。
「もう少し早い段階で、貴様が私に相談していれば、もっと話は単純だっただろうが」
不機嫌さは隠そうともせず、しかし淡々と話す殿下。
昔と違ってあまり表情の変化もない。怖い。
あの天使はもう居ない。居ないんだ……
「それを、どうして、解決が面倒くさくなった頃合いに。泣きつくのだ?答えてみろ。ん?」
「い、いや、殿下を煩わせる程のことでは……ないかな~?と」
「お前は自己評価が高いのか?それとも、世の中を舐めているのか?」
ここで余計なことを言うと殺される。
いや、本当に殺したりはしないだろうが、怖くて心臓止まってもおかしくはない。
今、多分、立てない。こ、腰が。
「お前のような親もそこそこ、継ぐ爵位もない、三男坊が大層な自信だな」
ぐぅ!
実家は伯爵家だけども……堅実だが目立った功績がなく発言権が少ない。
堅実だからこそ、リフィ殿下の側に居るのを許されているのだが。
それでもやっぱり侮られているのだ。目立つ功績がないのはちょっとな。
悪名は無名にってやつだ。
伯爵家とかいう高位貴族に区分されていても。そこそことしか評価しようがない。
「まあいい。お前の変な意地で、今より悪い状態で知るよりはマシだ。次はない」
実はこの次はない。という、お言葉は問題起こす度に聞いている。
殿下は何だかんだで優しい。死ぬほど怖いけど。
「は、ははっ!お許しいただき」
「そういうのは良い。いつまでそうしている?見苦しい」
立てないんだよ!殿下が!怖すぎて!
「まったく。お前も、残り少ない学園生活楽しみたいだろうに……どうして問題を大きくして自分の首を絞めるかな」
先程までと違いぽつりとつぶやく。
俺から離れて椅子に座る殿下。
「それは、その通りで……」
「とにかく、一週間もすればなんとかなるだろう。お前は大人しく学園生活を楽しんでいれば良い」
「はい、大人しくしています」
「それにしても卒業まで約二ヶ月。予兆があった時期は半年前だったか?卒業年度によくもまぁ問題を起こしたものだ。感心する」
殿下が茶器を二組用意してお茶を入れ始める。
俺の分だろう。早くこっちに来い、と視線を感じるがやっぱり立てない。
「そ、卒業前に焦ったのではないでしょうか」
「それは予想できるがな、くだらん喧嘩で問題を起こすほどか?」
いや~驚いたよね。
派閥の関係で代々因縁のある家で、ずっと派閥で小競り合いはあったけど。
当家って認識されてたんだ?と驚いたもんだ。
ここに来て大乱闘だ。こっちは嫌味を受け流してたってのにさぁ。
「俺の女に手を出したな!」
とか言われてさぁ。ねぇよ。
何で他所の嫡男の婚約者に手を出す平民予定の馬鹿?認定されてんの俺。
平民になるのに。実家より格上の高位貴族に喧嘩売ったら死ぬっしょ。
それに、平民予定の俺に靡く婚約者とかヤバくない?
俺、流石にそんな貴族の嫁さん養えんよ?婿入りならまぁ……
卒業して、そういう人間関係が進む前にいっちょやりますか!って感じなんだろうけど。
そういうやる気を出さないでほしかった。
というかですね、俺は殿下のお世話で忙しいの。
その俺の女ってどちら様って感じだし。
婿入り先なんて贅沢は言わないので、可愛い娘との出会いが欲しい。
「そ、それは」
「この後は平民。縁者がとばっちりを受ける程度。故に、お前が問題を起こすのはわからんでもないが」
事実だが!もう、ちょっと、言い方ありませんかねぇ!
というか、殿下もちょっとした爵位貰って、僻地に飛ばされる予定じゃないですか。
ちょっとした爵位がまず無理だと思うけど。どうなるんですかねぇ?
いい加減予定教えてよ。俺も付いて行くんだからさあ。
「私は実家に迷惑かかる時点で、問題起こしませんよ?」
「問題に巻き込まれている時点で、迷惑がかかっていると知れ」
はい、そうでございますね……俺の家名ばっちり皆知ってるもんね……
「……はい、申し訳ありません」
「流石にこれで最後だろうまったく……卒業後の領地計画を考えるのに忙しいというのに」
嘘だぁ。俺が泣きつくまで楽しそうに(ほぼ無表情で)術式の図面描いてたじゃないか。
「おい、今考えていることを」
「い、いやぁ、領地に行くのたのしみですねぇ~」
平民になる俺は殿下に付いて行く予定だ。
王都で文官になる気がないなら、殿下の領地(予定)の僻地よりマシな実家を手伝え。
と言われたが、天使に惚れた弱みだ。天使?行方不明になったけど。
惚れたと言ってもそういう意味じゃない。主としてだ。
殿下は意外と面倒見が良いし、怖いけど危うさもあって、何だかんだで放っておけないんだよなぁ。
殿下の取り巻きは全員付いて行く予定だ。
爵位継げる奴もいるが、それでも殿下に付いて行くらしい。
「話は終わりだ。それを飲んだら部屋で大人しくしていろ」
殿下は自分の分の茶を持って奥の寝室(研究室)に行ってしまわれた。
これ以上問題を起こして、あの中に突入する自体は避けないと。
何とか這いずって、慌ててお茶を飲み落ち着く。
椅子を支えに立ち上がる。よし。
茶器は下手に触ると怒られる。いつも通りこのまま放置でいいだろう。
さっさと自室に戻って、今日は大人しくする。明日問題が起きないと良いなぁ。
結論として問題は起きなかった。
俺に喧嘩をふっかけてきたお坊ちゃんは、なんか居なくなってた。
結構な騒ぎになっていたはずだが、誰もそんな騒ぎがなかったように過ごしていた。
怖いので考えないことにする。




