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十三夜  作者: 由来
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愛と悩み

 俺は、俺含め、誰からも愛されなかった。

「愛されたかった」

少し涼しい風の吹く、鈍色の踏切で呟いたその声は、振動にかき消されてしまった。


 俺は貧しい家に産まれた。貧しいが、決して不幸せな家ではなかった。長期休みには映画を観せてくれたり、遊びに連れて行ってくれたし、誕生日になると、俺の欲しがった図鑑だってくれた。積み重ねて遊ぶブロックのおもちゃもくれた。

 だが俺は、そんな両親との想い出は幼少期のものしか無い。


 小学生の頃から、俺は周りに馴染めなくなった。(保育園の頃から馴染めていなかったのかもしれないが、覚えていないので小学生になってからという事にしよう)

 俺は人見知りで、友達が少ない。人と話す事自体は嫌いではないし、むしろ好きなのだが、どうしようもなく人が苦手だ。それは、初対面の人は何を考えているのか分からないからなんだと、俺は考える。ニコニコして上辺だけ取り繕っていても、腹の底では罵詈雑言が木霊しているやもしれない。そう思うと、どうにも手放しで人と関わる事ができない。それは昔からずっと変わらなかった。

 そして、俺の両親は、それを良しとしなかった。俺は一人っ子で、経済的にも二人目は望めない。両親は一人息子である俺に「普通」に、周りの子達と同じように、生きてほしかったのだろう。そうなれなかった俺は、段々と両親から期待されなくなった。それからの両親の目を思い出すと、冷たい刃で胸を貫かれるような思いをしてしまう。それを避けるために、多分、俺は両親との想い出を捨てたのだと思う。


 何故周りと違い友達ができないのか。そう悩んだ事もある。早生まれで周りと比べ発達が遅いから?いや違う。クラスで人気者だったあの子も早生まれだった筈だ。俺だけが馴染めていなかったのだ。俺が奇天烈な言動をしているのか?これも違う。テレビで人気の芸人は、奇天烈な事をするが親しまれている。それに、個性の無い人間なんてもの、この世にいない筈だ。

 今思うと、ただ、頭が堅かったのだ。俺は、机に座ったり、道路で横並びになって歩くのを良く思わなかった。決して真面目だった訳ではない。ズル休みだってしたし、勉強だって、全くしない訳ではないが、机に向かうのも少ない時間だけだし、サボる日だってあった。その上、俺は、人が苦手だと理由をつけては、人と関わろうとする努力というものを、中学に上がるまで一切していなかった。そもそも俺は努力というものが苦手で、今まで努力した事なんて片手で数えられる程度しかない。

 俺は努力が如何しようもなく怖い。もし報われなかったら、そう考えるだけでも身震いがする。報われなかったら、その、努力に費やした時間はどこへ消える?努力が報われたとして、本当に俺が望む結果になるのか?望む結果にならないのならまだしも、望まない結果になってしまったら?努力をしようとすればする程そう考えてしまう。ならばいっその事、辛酸を嘗めてまでする努力を止めようと、そう思ってしまった。

 そんな、変に堅く、自ら関わろうともしない俺と友達になろうなんていう好事家はなかなかおらず、俺には疎外感という感情が芽生えた。実際に皆から仲間外れにされていたとは言わない。ただ、スイミーが他の魚とは違うように、自分だけが周りから浮いているような、そんな疎外感を覚えた。スイミーと違う所は、他に必要とされているか否かだけだろう。


 小学生は精神が未熟だし、中学に上がる頃には馴染めるようになると、周りと同じようになると、俺の両親は考えていたのだろう。だが現実はそうならなかった。それどころか、ますます弾き出されるようになってしまった。

 段々と両親からの期待を感じなくなったのはこの頃からだったと思う。しっかりご飯も作ってくれたし、教育費も出してくれた。多分、期待を止めたのは無意識だったのだろう。

 小学校低学年の頃こそ、俺に友達を作ろうと頑張ってくれていた。地域のスポーツクラブの体験へと連れて行ってくれたり、母、俺、母の友達、その子供の四人で遊園地へ遊びに出かけたりもした。しかしこの頃の俺は(今も大して変わらないが)酷く人が苦手で、サッカーをしても人が集まっているのが怖くてボールを取りに行けないし、遊園地に行っても母の陰に隠れてしまって、人と話す事をしなかった。何回、何十回頑張っても成果の出ないものに力を注ぎ続ける訳もなく、心が折れてしまったのだろう。段々と、俺に期待の目を向けなくなっていった。

 日を経る毎に両親から失望される、その感覚は、嫌にはっきりと覚えている。心にぽっかり穴が空いているようだと言うとありきたりだが、煙草を吸うと肺が煙に侵されるように、心という臓器が、何か、冷たく不快なものに侵されていくような、そんな感触があった。それを感じてしまうのが嫌で仕方なくて、俺は、頑張りたくなくなってしまった。頑張って上手くいかなかったら、俺の存在価値はどこにも無いのではないか。そう考えてしまったからだ。だったらいっその事、努力を止めてしまおう。そう思った。


 中学一年生の俺は、友達を作ろうと躍起になっていた。兎に角、一人でも友達が欲しかった。誰でも良いから、俺に興味を向けてほしかった。

 俺の両親は、俺に期待するのを止めて興味も失っていっていた。それを見て俺は、両親はいつか俺を愛さなくなるのではないかと、そんな考えに支配されてしまった。それが実現すると、俺は独りになってしまう。その世界は俺にはとても耐えられない。だから、そうなる前に、俺に興味を抱き、欲を言えば愛してくれる希望を探そうと思った。


 まず、席が隣の人に話しかけてみた。その人とは会ったら挨拶はするし、少し話もするようになったが、その会話は大して続かず、友達と言えるような関係にはなれなかった。

 次に、部活動に参加してみた。これは、すぐに行かなくなってしまった。趣味程度の事柄に本気で打ち込む(それが悪いとは言わないが)その空気感がどうも苦手だった。例えば、テレビゲームが趣味だったとして、それを部活にすれば、きっと「そんな遊びを学校に持って行ってまでやるなんて、なんてだらしないんだろう」だとか、「そんな事をしている暇があるなら勉強をしろ」と言われてしまうだろう。だが俺は、部活動にできるものとできないもの、その二つの違いを感じられなかった。趣味なら貴重な学生時代を捧げなくとも、社会に出てからでも嗜めるし、そもそも、俺は辛い思いをしてまで趣味にのめり込むタイプではなかった。楽しくやるからこそ、趣味は趣味であるのではないか?そう思ってしまって、俺は部活動に行けなくなってしまった。


 そんな中でも、俺には一人の友人ができた。A君としよう。何故本名ではないのか。それは、俺がA君の名前も顔も覚えていないからだ。いや、思い出したくないと言った方が適当だろう。思い出してしまうと、俺は、今思うと幸せだったあの頃を羨んでしまうから。街中でA君の顔を見た時に呼び止める事ができてしまうから。

 A君は朱に交われば赤くなるような奴で、苦労せずとも周りに馴染めるが、積極的に人に声をかけるような柄ではなく、俺と同じで友達が少なかった。多分、友達は一人いれば良かったのだろう。


 中学二年生になってすぐ、俺とA君は仲良くなった。一緒に勉強したり、ポイ捨てしようとするA君を俺が咎めたり、逆に、学校をサボった時には俺の家にA君がプリントを届けに来てくれ「明日こそは来いよ」と、俺の肩を軽く小突きながら言ってくる事もあった。学校から見て、A君と俺の家は真逆にあるのに、態々引き受けてくれたのだろう。それが嬉しくて嬉しくて、俺は、A君が自転車を漕いで家へ帰るのを、姿が消えるまで見送っていた。

 この頃になると俺も親からの愛を諦めていて、学校から一度帰るなんて事はせず、学校からそのまま遊びに行っていた。夜遅くに帰っても、かけてくれる言葉はたった一言「遅くなるなら連絡してよ」だけで、どうせ、それ以上怒られる事は無い。

 俺は流行りのゲーム機などは持っておらず、A君と遊ぶ時は彼の家へ遊びに行く事が殆どだった。A君の家には様々なゲームがあった。シューティングゲームや箱庭ゲーム、レースゲームもあったし、A君のやらなそうなパズルゲームまであった。しかし、これ程多くのゲームがあるのに何故かソロ専用のゲームは無かった。理由を訊くとA君はテレビに向けた視線を逸らす事なくこう言った。

「俺、誰かに誘われなきゃゲームやらないから」

 周りを良く見て、周りに合わせ行動する、そんなA君らしい返答だ。当時はそう思っていたが、今考えてみると、毎回、興味の無いゲームに付き合っていてくれたのだろう。


 三年生の初夏。ある日、A君が本を勧めてきた。太宰治の『人間失格』だ。感想を言い合いたいから読んでくれ。と。

 学年が変わって、俺達は偶々同じクラスになれたものの、席は隣同士じゃなくなってしまった。それでもA君との交流は続いていた。休み時間になると、雛鳥が親鳥に着いて行くようにA君の下へ話しかけに行く。そんな日常だった。

 この頃の俺には、他に友好関係を広げようなどという気は一切無かった。A君が友達でいてくれたら、それで良いと思っていた。


 借りた『人間失格』を持ち帰り「ただいま」と言う。すると「おかえり」そう返ってくる。だが、その言葉はどこか冷淡で、俺の覚えている声とは違う。そんな声にももう慣れてしまっていた。

 夕食は好きではない。記憶とは見違えた父母と同じ机を囲み、二人が話しているのを俺は聞いているだけ。最初の頃は必死で、学校での事やテレビで見た事を話していた。返事はあったが、それはやはりどこか関心が無さげで「冗長だ」と、そう思っているのではないかとどうしても考えてしまう。そうすると、また、心を侵食されていくような感覚が襲ってくる。それを押し込めながら、通り辛い喉に無理矢理ご飯を流し込む。そんな食卓が苦手であった。

 夕食後に『人間失格』を読むと、俺の脳味噌には霹靂が走った。俺は、俺が人に合わせてものを言えないから馴染めないのだと思っていた。しかし、主人公である大庭葉蔵は本音に蓋をして上手く立ち回っているにも関わらず、俺よりも大きな疎外感を抱えていた。俺のこの悩みは、俺が思うよりもずっとずっと凡庸で、皆も抱えているものだったのだ。俺は今まで、これは俺だけが抱えていて、誰にも理解してもらえないものだと、そう思っていた。それが、そうではないと、この悩みは普遍的で、お前は普通の、どこにでもいる一人の中学生なのだと突き付けられた訳だ。俺の心はヘリウムガスの入った風船のように軽くなった。

 大庭葉蔵と同じように周りに気を遣うA君ならば、俺のこの悩みもきっと理解してくれるに違いないと、そう思った。だが翌日、気の向くまま浮かんでいた俺の風船は言葉の棘によって割られ、地の底まで落ちてしまった。


 この日、俺はA君に会いに行き、心踊りながらも考えてきた感想を述べた。朧気だが「どこか疎外感を感じてしまう悩みは俺だけが抱えているものではなかった。それに安心した」そのような事を言ったと思う。

「皆そんな悩み無いよ。てかさ、主人公名前何だっけ?まあいいや。あいつメンヘラすぎてキモくね?」

A君はそうに言った。確かに言った。大庭葉蔵は、俺の、この患ったばかりでまだ小さな悩みの代弁者だった。火元も大きさも違ったが、燻っているその煙は、確かに俺と同じ色であった。それをA君は、自分より格の低い同類を苛める猿のように、はしゃぎ、嘲ったのだ。

 俺は、A君を避けるようになった。嫌いになったとか、悪意を持った嫌がらせを受けたとか、そんな大層な理由ではない。ただ、彼が大庭葉蔵に対して放った言葉が、大庭葉蔵を通して俺まで否定しているかのような、そのような感じがしてしまった。


 俺がA君を避けるようになって数週間後。俺は久しぶりに登校した。行かなければ、普通の人間との差が余計に開く事など俺だって分かっていた。それでも、あの言葉を思うと、行く事ができなかった。

 外に出ると雨が降っており、憂鬱な気分が更に重くなった。文鎮になった足で一歩を踏みしめ、体感では数時間程歩いて学校に着く。学校に着いたら、また、体感では数時間かけて教室へ向かい、ドアを開ける。皆、一瞬だけこっちを見るが、すぐ元の姿勢に戻る。俺は硬く手を握りながら、A君の席へと近付き、声をかけようとした。久しぶりに見るA君は、クラスメイトと楽しそうに喋っていた。

 A君は苦労せずとも周りと馴染める。所詮、A君にとって俺は、偶々席が隣だっただけの存在だったのだ。いなくなっても替えのきく、そんな存在だったのだ。

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