ばかむすこ
むかしむかし、伯耆の国の山あいの村に、年老いた母とばかむすこが住んでおりました。
寒い冬のある日、火鉢に入れる木炭がそろそろなくなりそうだったので、母が息子に言いつけました。
「この金で木炭を買えるだけ買って来てごしなはい。けっして他のものを買ってはいけんよ?」
息子はとにかくばかなので、念入りにそのことを言っておいたのです。
ばかむすこが木炭を買いに、町まで降りる山道を歩いていると、うどん屋がありました。
「おや、こがァなとこにうどん屋が……」
寒いし、おなかも減っていたので、入ってみることにしました。
お金はたんまりもっています。うどんを一杯食べるぐらい、どうってことはないだろうと思ったのです。
中へ入ると、店主はポルトガル人でした。
「どうも、マリオといいます。いらっしゃい」
ポルトガル人のうどん屋さんなんて珍しい! ばかむすこは楽しい気分になって、かけうどんを一杯注文しました。
「どうぞ。よろしければこれをかけてみてください」
店主がそう言って添えてきたものを見て、ばかむすこは不思議がりました。
小鉢の中に、見たこともない、赤い粉末が入っているのでした。
「これは何だらかぁ?」
ばかむすこが聞くと、店主は陽気に答えます。
「これは『トウガラシ』というものです。体があったまりますよ」
そしてサービスでごぼうのテンプラもつけてくれました。
うどんにトウガラシを入れて食べてみて、ばかむすこはびっくり仰天しました。
体の芯までポカポカと温まる!
汗とはなみずが止まらなくなるほどに!
それは冬の寒さが吹き飛んでしまう、魔法の粉だと思いました。
帰ってきたばかむすこを見て、母は驚きました。
「もう帰って来た!? 木炭は買って来てごしたかや!?」
ばかむすこは得意げに笑いました。
「木炭よりいいもんあったけん、買って来たわ」
そして布袋を開け、持たされたお金すべてを使って買ったトウガラシを母に見せました。