文字の読めないとうさん
むかしむかし、伯耆の国のある村に、若い夫婦と一人息子が住んでおりました。
一人息子は七歳。寺小屋で漢字を習いはじめたばかりで、そのことを自慢したがります。
「おとう! この字、読めるかやぁ?」
父は寺小屋に通ったことがなく、文字が読めません。
でも息子に負けるのはしゃくなので、針仕事をしている嫁のほうを、助けを求めるように見ました。
嫁が口の動きで教えます。
『や・ま』
父はニヤッと笑うと、息子に答えました。
「これかぁ……。この字はなぁ、『山』って読むだわや」
正解した父を、息子が尊敬するように笑って見つめます。
そして次の漢字を見せてきました。
「これも読んでや。読んでみそ〜」
父はもちろん読めないので、また嫁のほうを見ました。
嫁は可笑しそうに笑いながら、口の動きでまた教えます。
『か・わ』
父はまたニヤリと笑うと、息子に答えました。
「これかぁ……。これはなぁ、『かわ』って読むんだでぇ〜」
流れる川なのか、動物の皮なのかはわかりませんでしたが、正解は正解です。
息子は大喜びです。物知りな父を尊敬し、覚えたての漢字のおもしろさに熱中し、次の漢字をまた見せてきました。
『酒』と書かれた紙を見せながら、息子が父に聞きます。
「これはぁ〜? 読めっかやぁ〜?」
父は嫁のほうを見ました。
嫁が何やら困っています。
頬を赤らめて、言いにくそうにしています。
やがて意を決したように、口を動かしました。
『あ・ん・た・の・好・き・な・も・の!』
それを読み取って、父の顔も赤くなりました。
でも答えないのはしゃくだったので、頭に浮かんだ通りのことばを口にしました。
「これかやぁ……。これはなぁ、『おっかァのめんちょ』って文字だぁ」
検索しないように