「君を愛する事が出来ない」と初夜で言った夫に部屋を出て30秒で溺愛される話。
タイトルを長いモノに挑戦。
ご都合・ゆるふわ設定です。
矛盾点ありありですが、深く追求せずにお読みください。
「すまない……私は君を愛する事が出来無い」
結婚した当日、初夜を迎えた二人。
しかし、夫である男は妻となった女にそう告げた。
「……………聞きたい事も言いたい事も沢山あるのですが……とりあえず今夜はお互い疲れておりますし、今後の話は明日でも宜しいですか?」
呼吸を整え、なんとかそう返した自分を褒めて欲しいと女は思う。まだ十八になったばかりで、紛う事無き政略結婚の上、婚約してから顔を合わせたのが今日が初めて。そんな相手にこの言われよう。その口に『馬鹿な事を言うオクチはここかな〜?』と、熱々のロールキャベツをブチ込んでやりたい気持ちを抑え込む。
「……では、私は別の部屋で休みますね。おやすみなさい」
「……ああ」
断る必要も挨拶も必要無かったが、つい習慣でそう言った女は静かに部屋を出た。夫婦の寝室はお互いの個人の部屋に繋がっている。女は後ろ手で扉を閉じると、力の入らなくなった身体を支える為、背を扉に預けた。
期待していた訳じゃない。
最初から徹底した態度だったから、勘違いする気も起きなかった。
ただ、自分が勝手に傷付いただけ。
悔しさか、自分への呆れでか、涙が滲む。
泣くもんかと気丈に耐える女だが、突然物凄い勢いで扉が引かれ、支えが無くなった不安定な身体は強い力で部屋の中に引きずり込まれ、羽交い締めにされた。
「っ、ひっ、やっ!!だれ、」
「―――ヒルデ」
だが、名を呼ばれた事で、侵入者かと思われた者が賊ではなく先程まで会話していた夫だと気付く。大声をあげなくて良かった、と安堵するが、拘束する力は緩む事無く少し息苦しい位だ。何のつもりかと顔だけ捻って背後の男をみれば、夫は涙を垂れ流し、震えるように「ヒルデ…ヒルデ…」と呟いている。
「あの、ジーン様。離していただけませんか?ちょっと苦し」
「嫌だ!」
「え。い、嫌ってなん」
「違う!僕は君を愛してる!世界中の誰よりも、一番、君を愛してるんだ!!だから、捨てないで…っ!」
「は?」
一体何の話だ、とヒルデは思った。
そもそも愛さないと言ったのはそっちだろうと、ヒルデは流石にイラッとする。相手の家の方が格上であった故、断れない縁談だったのだ。それならば最初から選ばないでもらいたかった。
「ジーン様、苦しいのです。腕を外して下さい」
「駄目だ。そうしたら君は逃げてしまう。そんなのは耐えられない」
埒が明かない。
というかこの男。
流してしまったが自分を愛している、と言わなかったか?
ついさっきまで冷たい目で突き放してきたこの男が?
部屋を出て戻って来るまで1分もたっていない。
30秒?
手のひら返しだとしても早すぎないだろうか。
グスグスと啜り泣き、縋り付くジーンの腕はヒルデに巻かれたまま。正直、ヒルデも疲れていてもう何も考えたく無かった。
「わかりました。ではこのままベッドで休ませて下さい」
「うん。え?」
半ば無理やり引き摺るように夫婦の寝室のベッドに寝転がる。
「おやすみなさい」
「う、うん?おやすみ……?」
ヒルデは会話する事も考える事も放棄した。
今話しあったところで妙案が出る訳でもない。
疲れて頭が回らない中で話し合うより、身体を休めてすっきりしてからの方が建設的だ。例え自分の体に巻き付いて離れない男が初夜の夜に『君を愛する事はない』と言ったその口で『世界で一番愛してる』と言い放ったとしても。いや、言われたからこそ休みたい。全て夢であって欲しい。
一縷の望みをかけて彼女は眠った。
翌日、この判断が多大な後悔を生むとも知らず。
「う、うーん……」
何だか熱くて少し苦しい、そんな気分で目覚めたヒルデは目の前に広がる肌色に息を呑む。
「えっ!?」
慌てて離れようとするがガッチリ拘束、いや、抱きしめられて余計に窮屈となった。
「おはよう、ヒルデ。よく眠っていたね。もうお昼に近いよ」
声に顔を上げると、極上の笑みで微笑みかける夫―――ジーンがいた。声も表情も蕩けるような甘さで一瞬ぐらりと心を持っていかれそうになり、慌てて気を引き締める。いや、これは相手が悪い。声も顔も良すぎる。ヒルデは面食いでは無いが、圧倒的顔面偏差値の高い男を前に流石に赤面した。だがそれも一瞬。
「ん?」
抱きしめられている感触がやけに生々しい、と視線を向けた先は一糸纏わぬ己の身体。生まれたままの姿、というやつだ。
「いやっ、ちょっと待って、何では、はだ、裸っ」
寝ている間に何が起こったのか。
まさか寝惚けて?
だが今までそんな粗相は犯した事はない。
ジーンという布団(?)が暑すぎて無意識に脱いでしまったのだろうか。いや、そんなばかな。
ヒルデの頭の中は答えを探すのに忙しかったのもあるが、単純に冷静さを欠いていた。そして、恥ずかしさから、ジーンに背を向け掛け物を頭からすっぽりかぶって一層身を縮こまらせる。
「どうしたの?ヒルデ。寒いの?」
恐らく元凶であるジーンが後ろで能天気に言う。
相手が格上の家格で三つ程年上な夫だとしても、流石にもう大人しく従順な妻ではいられなかった。
「……こンのぉ、変態が―――っっ!!」
ヒルデは叫ぶと同時に、背後の夫に向けて思いっきり頭突きを喰らわせた。彼女の後頭部がジーンの額に見事にヒットし、痛みに呻く彼の腕から抜け出す。布団カバーとなっていた布を引っ張り、素早く身体に巻き付けて逃げようと走り出した。が。
ビタン、と何かに足を引っ張られて盛大にすっ転んだ。
「〜〜〜ったああぁい!!はな、鼻うったぁ!」
泣きっ面に蜂、というべきか。
散々だ、とヒルデは半泣きになって鼻を押さえる。
「ヒルデ、大丈夫?怪我してない?!血は?あぁ、ほらこんなに赤くなって可哀想に…よしよし、泣かないで。ね、いい子いい子」
慌てて駆けつけたジーンの顔色は悪かったが、ヒルデの顔を見て大きな怪我が無いと分かると、安心したように頬が赤くなり、涙ぐむヒルデを優しく抱きしめて背をトントンと叩く。
まるで子供扱いだが、肌に触れる温もりとその優しさに何だかポーッとなって身を任せてしまう。そうしてあれよあれよのうちに再びベッドへ戻されるヒルデ。昨日の話し合いの続きをするのかな、と能天気に考えていた彼女は大変流されやすい性格だった。
「あ、の。昨日の(話の)続きを…」
「うん。続き、しよっか」
にこにこにこ。
ジーンの笑顔に、底の見えない沼に引きずり込まれるような、そんな感覚を覚える。なにか、開けてはいけない扉を開けたような、そんな得体の知れない恐ろしさに、ベッドの上でも距離を取ろうとするヒルデ。じり、と後退すると、カチャリと硬質な音が足元から聞こえた。
「え…まって、これ」
良く見れば足には輪が付けられていて、頑丈そうな鎖が繋がっている。先程盛大に転んだのはこれが原因らしい。特殊な製法なのか、重さは感じないので気付かなかった。
「えええ?!なに?これ何なの?!拘そ、いや、監禁!?」
結婚生活1日目にして監禁生活とは。
しかもおそらく拘束したのはこの男。
愛さない妻の存在を隠しておきたかったのか。
いやそれなら無理に婚姻関係を続けなくても、離縁したらいい話だ。愛せないと言っていたのだし。いや、でもその直後に愛してると言われたので、じゃあ何だと言う話だが。
「ヒルデが逃げるから……」
「え?!私のせいですか?!!!大体、愛せないとか言っといてこんな真似して……まさか、私を部屋から出せなくして、愛人をこの家に連」
「愛人なんていない!!僕が愛してるのはヒルデだけだっ!」
ヒルデを監禁して愛人を妻のように扱うのかと思いきや、全力で否定され、愛の告白までされた。
「あ……そ、う…ですか」
「そうだよ!」
いや、あなた誰。
プンプン、と擬音語を背負って見えるのは疲れゆえの幻視か。昨日の愛さない発言の夫は幻覚だったんだろうかそれとも目の前の夫は顔が同じだけの別人なのか。混乱するヒルデを余所に、夫―――ジーンは言った。
「混乱させてごめん。僕は1年後の世界から来ただけの、ジーン・マクガイア本人だ。今頃この時代の僕は、1年後の世界にいるはずだよ」
なんてことの無い様に告げられたが、事実だとするととんでもない事である。何故目の前の男は呑気に微笑んでいるのか。ヒルデの怒りは消化不良を起こしそうだ。
「あの、もう少し分かりやすく……」
「ごめんね、一応国家機密的なやつだから詳しくは言えないんだ」
「はあ……」
ヒルデには原理は分からないが、この世界に魔法科学というものがあって、それが日々の生活を豊かにしている事は知っている。国家機密という事は、それに関係した何かなのだろう。夫はそんな仕事についていたのかと今更ながら知った。
「というか、今の話が本当だとして……何故ジーン様は初夜で私に冷たくなさっておいて、急にこんな、あ、愛してるなどと……もしや、薬か何かを盛られたのでは」
1年後の彼だと言うのも信じられないが、この態度の変わりようはもっと信じられない。そう考えると、夫は仕事関係で何かおかしな実験に巻き込まれたのだろうか。
「イヤだな、薬もお酒も飲んでないよ。まぁ理由なんて些細な事さ。君はこれから僕にトロトロに甘やかされ、ドロドロに愛されて生きて行くんだから」
益々意味不明の発言だが、穏やかでない内容にヒルデの表情が引き攣る。
「ここにいた僕は1年間、1年後の君と共に生活し―――そして」
「そして…?」
「今の僕が出来上がる」
そんな訳あるか―――っっ!!!
ヒルデにとって、夫の変化は『鶏の卵が孵化したら猫だった』という位の変わりよう。どの口が言うか、と心の中で目の前の夫みたいな男をこれでもかと罵るが、ジーンには勿論聞こえていないので、彼はニコニコとこちらを見つめたままだった。
「僕が1年後に飛ばされた時に君が涙ながら語ってくれたんだけどさ。どうも、こっちに来た僕……今の僕の事だね、その僕に大変な目に遭わされた、って、入れ替わった事に嬉し涙浮かべてたみたいで」
本当に、どんな目に遭ったんだろう。
過去の本人にそれを言ってしまうほどだったのか、というのと、結局その語られたあの「君を愛することが出来ない(キリッ)」男も1年後には目の前の男になってしまう未来に気絶したくなる。
「1年間宜しくね、ヒルデ」
にっこりと、いやねっとりとと言うべきか。
笑顔の夫は、執着じみた発言と、その不気味さをもってしても余りある美貌。
それは希望か絶望か。
いや、希望なんて無いのだが、今のヒルデにはまともに考える思考もなく、ただ、己の、麗しく微笑む夫を見つめ返すことしか出来なかった―――
書き溜めてたものからの放出。
ホントは何作か書いて「初夜で『君を愛する事が出来ない』といわれたシリーズ」として連載にしたかったけど、2作で止まってしまったので(笑)短編で。




